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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第六章「神女と聖女」
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第六章 第三話(1)『灰巫衆』

 自分達の感知せぬ間に、陸号獣隊ビースツゼクス主席官エアスター次席官ツヴァイターの両名が、密かに暗闘をしていたなどとは露知らず、イーリオ達はいよいよ、ウンタースベルク山へと差し掛かっていた。山の周辺には十五を超える黒母教の修道院が建ち、いくつかの修道院周りには、小さな村落が出来ていた。山に入る者のほとんどが、それらの村落で最後の準備をした後、入山していく事となる。

 イーリオ達も、村落の一つにガルー・キャリッジ(鎧獣ガルー運搬用馬車)を預け、早朝を待って登山をはじめようとしていた。

 馬車を預ける宿屋から出た一同だったが、ドグのみ、険しい目つきをしている。


「何? ドグ?」


 気付いたイーリオが訝しげに尋ねると、ドグはクリスティオ王子の付き人、ミケーラに目をやった。


「あんたは気付いたんだろう?」


 眼鏡の奥にある表情の読めない瞳で、ミケーラは「ええ」と首肯した。


「どういう事?」


 イーリオの問いに、ドグが傍らの己の鎧獣ガルー〝カプルス〟の首を撫でながら答えた。


「さっきの宿の親父……親父じゃねえんだよ」

「は?」

「どう見てもオッサンにしか見えないように化けてるが、ありゃあ女だ」

「ええ?」

「多分、陸号獣隊ビースツゼクスのネエちゃん達が言ってた例の〝灰巫衆〟ってやつだろう。というか、この村そのものに、奴らの息がかかってるみてえだぜ。ここに来るまではわざとらしいぐらい見張ってます、って感じを出してたのが、急になくなりやがった。そのくせ、俺のここ(・・)にはピリピリきやがる」


 そう言って、己のうなじをさするドグ。


「じゃあもう――」

「とっくに奴らの領域テリトリーってわけだ。一応、俺とカプルスがいりゃあ不意打ちでやられるって事はねえけど。でも――気をつけろよ」


 少し前のドグも、元々持っていた盗賊としての技術や、愛獣・大山猫リンクスのカプルスとの、長年の経験によって培われた鋭い勘働きを折りに付け見せていたが、久々に旅を共にする彼は、以前にも増して頼もしさが違っていた。


 イーリオ達と別に旅をして、弐号獣隊ビースツツヴァイのリッキーから直々に修行をつけてもらったというが、その成果であろうか。まるで野生の猛獣そのもののような鋭敏さが備わり、それはクリスティオ王子などとも異なる種類のものだった。ミケーラのみが、ドグと同じ感覚を持っているのかもしれず、彼の反応に、一人同調出来ているようであった。


「ほう。愚民にしてはなかなか鋭いな。うちのミケーラ並みの感覚を持ってるとは。お前、多少は役に立ちそうじゃないか」


 相変わらずの態度をとるクリスティオに、ドグは小さく舌打ちで返すのみ。それをこの〝放蕩王子〟は、鼻で笑って返した。


「フフン。そういった態度は下賎の者らしい反応だな。いくら腕があろうと出自までは変わらぬか。ま、それも仕方あるまい」


 言い様があまりにひどいので、イーリオまでがそれはちょっと、と言いそうになるが、ドグは冷静に王子を見ただけだった。別に大人な対応をしたわけではない。クリスティオの発言が、かつての自分と重なるようであったからだ。


 ――出自は変わらない。所詮自分は意地汚い盗賊あがり。


 旅の空の下。

 そんな事を言う度に、リッキーの叱責が飛んだものだった。



※※※



 少し前。

 モンセブールから離れ、港町プットガルデンへ向かう道行きの事。

 いつものようにドグに鍛錬をつけながらの旅だった。


 リッキーの鋭い当たりがドグの体勢を崩し、思わず地面に座り込んでしまう。何度やっても、リッキーには一撃も当てられない。それはドグの動きが直上的だからだとリッキーは言った。

 そんなはずはない。自分は変則的な動きに自信があるんだと主張すると、リッキーは「お前のはただ動きが速いだけ。すばしっこいだけ。肝心の思考が読めるから、単純な攻撃になってしまう」と、実演を交えて再び練習用の剣を取り、ドグを打ち据える。


「ちょ、ちょっと休憩。休ませて……」


 再びその場にへたり込むドグに、今度は拳骨でポカリとお見舞いをされてしまう。


「うっせー。ンなぐれェで休むな。ンなこっちゃ、いつまでたっても上達しねーぞ。オラ、立った立った」


「痛っぇなぁ。そんな兄貴やイーリオみてぇに俺ぁ才能ねぇんだ。所詮ただの盗賊あがりなんだから、手加減してくれっつうの」


 口を尖らせて講義をするドグに、再びリッキーは拳骨で応じた。

 単純な軍隊式体罰ではあるが、リッキーのそれは手加減をしないものだから、目から火花が飛びそうな痛みがあった。


「オメー、またそれを言うか。全く……オメーはどーしよーもねー、大盛りのバカだな」

「何だよ。大盛りのって。わけわかんねえよ」

「大盛りのバカは大盛りのバカだ。いちいち口答えすんじゃねェ」

「バカバカ繰り返すなよ……。んな事、自分が一番よくわかってんだから。さっき言ったじゃねえか。俺はただの盗賊あがりのガキなんだ。学もなけりゃあ親もねえんだから、頭良くねえのは自分が一番よく知ってんだからよ」


 再び拳骨が襲ってくると身構えるが、今度は頭上に、飛んではこなかった。

 代わりに、リッキーが屈んで凝とこちらを睨んでいる。


「な、何だよ……」

「いちいち卑屈ぶるな。オメーなぁ、そうやっていつまで自分から目を逸らしてんだ?」


 声の響きも違う。急に態度が変わった事に、思わず狼狽えてしまった。


「は? 何それ」

「盗賊あがりなんざカンケーねーよ。オメーはもう、ンな事ぁとっくに過ぎてんだ」

「えっと……?」

「だから、自分をいちいち言い訳にすんなつってんだ」


 言い訳――。そんなつもりではない。そう思っても言い返せない。


「つまり兄貴は……俺の過去は関係ねえって言いたいのか?」


「応よ」


 思わずドグは噴き出した。


「ハッ、何かと思えば。そりゃあねぇよ、兄貴。人間、生まれ持った根っこの部分は、いくら年をとろうと身分を変えようと、そいつは変わんねぇんだ。てめえの本質は一生変わんねぇ」


 そこまで言った時、気付けばリッキーは、心なしか憐れむような瞳で、こちらを見ているのに気付いた。



※※※



「出自は変わんねえか。確かにそうだな。けどな、王子さんよ。心が卑しいのは、そうやって他人を見下してるてめぇ自身だって気付いてるか?」

「……何だと?」

「言ってもわかんねえか」


 興味が失せたようにそっぽを向くドグに、イーリオはハラハラとするが、一方でクリスティオも、それ以上火に油を注ぐような真似はしなかった。


諧謔かいぎゃくも解さんとはな。だから愚民というのだ」


 一言、余計な台詞は残したが。

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