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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第六章「神女と聖女」
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第六章 第二話(3)『陽動作戦』

 話を聞き、イーリオは自分が予想していた内容と大きな違いがない事に得心した。だが同時に、レレケのおかれている現状や、彼女の語る内容は予想以上に厄介であるとも感じていた。


「色々と疑問の残る部分はあります。けれど、これは我々、陸号獣隊(ビースツゼクス) が追っていた情報とも一致する内容であり、我々はこれは信用してよい手紙だと判断しました。元より、クラウス主席官の無実が晴らされるとあっては、放っておくわけには参りません」


 レレケこと、レナーテから来た手紙の中には、これ以外にもまだ書いてある内容があったのだが、今は伏せておこうとヴィクトリアは判断した。今は何よりも、彼女の救出こそが最優先だと考えての事だった。


「無論、私たちは表立って行動するわけには参りません。レナーテ様も、それを見越してのご連絡だったのでしょう。彼ら灰堂騎士団ヘクサニアが浮き足立っている今ならば、とお考えになったのです。そこで、お伝えしたいのは、レナーテ様を救出する、その方法です」


 イーリオは生唾を呑み込んだ。

 確かに、いくらクリスティオがいて心強くなったとはいえ、この面々だけで、敵の本拠地からレレケを助け出すなんて、いくらなんでも無茶だろうと思っていたのだが――。


 この二人が協力してくれるなら――。


「時間もありませんし、レナーテ様の救出自体は、私たち二人に任せて欲しいと思います」

「え? 二人だけでやるっていうの?」

「はい」


 長い睫毛を伏せるように頷くヴィクトリアに、不敵に微笑むマルガ。

 不審がるのはイーリオ達だ。


「任せておきな。アタシ達、陸号獣隊(ビースツゼクス) は、こういう事(・・・・・)に関しちゃ右に出る者はいないからさ。そこの盗賊のキミよりも、ね」


 マルガが指したのは、ドグの事だ。

 プライドが傷つけられたと考えた彼は、剣呑な目つきでマルガを睨んだが、何か勘付くものがあったのだろう。言葉に出しては何も口にしなかった。


「とはいえ、メギスティ黒灰院に侵入するのは容易ではありません。そこで、貴方がたには、陽動を行ってもらいたいのです」


「陽動?」


「はい。寺院の中に入る前、出来れば鎧獣ガルーと別々にされる前に、騒ぎのようなものを――自然な形で、大きな騒ぎを起こして欲しいのです。大きければ大きいほど、周囲の注意はそちらに向きます。その間に、我々二人がレナーテ様をお救いする、という段取りです」

「待て。助ける事に成功したとして、逃げる際にはどうするつもりだ? あんた方二人はともかく、俺達は自力で何とかしろとでも?」


 尋ねたのはクリスティオだ。


「王子の〝ヴァナルガンド〟ならそれも可能でしょう?」

「俺はな。だが、こいつらは?」


 クリスティオが横柄な素振りでイーリオとドグを指差した。


「イーリオ殿も大丈夫でしょう? 貴方の獣能フィーツァーなら、敵を撹乱するには有効なはず。違いますか? ドグ殿も、逃亡には自信がおありでしょう?」

「ああ」


 ドグは鼻息も荒く即答したが、クリスティオは呆れたように溜め息をついた。


「随分と横着な計画だな」


 それに対し、ヴィクトリアは優雅な笑みを浮かべつつ、答えた。


「ご安心を。無論、それ以外にも手は打っております」

「余裕だな。しかし、一個腑に落ちんのだが、何故、貴公ら陸号獣隊ビースツゼクス は、今になるまでこの事態を放っておいた? 俺達の陽動ごときで侵入が可能になるというのは、納得のいかん説明だぞ? 無論、俺達では役不足だなどとも思わん。だが、そっちの貴女がさっき言ったように、こういう事(・・・・・)に関しては、よっぽど上手く立ち回れるはず。それを諜報活動などとは無縁の我らに、協力を仰ぐというのはどういう理由だ? ま、この俺が起こす陽動だからな。それだけで敵の本拠地とやらを潰してしまいかねんほど派手に暴れて、注目を集めてもらえる、と言うのなら分からんでもないがな」


 ええ、確かに――と、馬鹿にするのでも追従するのでもなく、優しい姉が利かん坊の弟を見守るような目でヴィクトリアが微笑んだ後、彼女は続けてこう言った。


「陽動が貴方がただから――というのも勿論あります。こういう事は、慣れてらっしゃらない方のほうが、上手くいくものなのですよ。それにもう一つ。何より重要なのはこの時期だったから、なのです」

「この時期?」


「さっきも申しました、黒母教の〝遷宮〟です」

「遷宮……」


「レナーテ様の手紙にもありましたよね。黒母教の者達が、メギスティから別の地に移ろうとしている、と。今、かつてないほどに、黒母教のあらゆる信徒達は、浮き足立っております。百年以上ぶりに、本貫地に拠点を移そうとしているのですから、それもそのはず。ですから、救出作戦を行うには、まさに絶好の機会なのですよ」


 ――作戦。


 その響きに、俄に身が引き締まる思いのイーリオ。

 別に気が緩んでいたわけではない。長い旅路の間中、ずっと気を張っていたとも言わないが、これから向かうのは敵地、それもアジトとも言うべき場所だ。充分に緊張感は持っていたが、それでも面々が面々だけに、危険を顧みずに冒険をするような思いが、どこかにあったのかもしれない。

 だがそれもここまで。

 ヴィクトリアとマルガの二人は穏やかな物腰だが、この場の誰よりも隙がない。彼女らの齎した〝風〟は、イーリオ達全員の目を覚まさせるようであった。


「分かりました。僕達は騒ぎを起こして目を引きます。その間、シャルロッタとミケーラさんは、ドグに任せていち早く離脱してもらいます。いいよね? ドグ」


「ああ。任せとけ」


 今までシャルロッタと共に何一つ口を挟まなかったミケーラがだったが、ここで短く、主人に耳打ちをした。


「若様」

「うん?」


 美形の女従者に向き、クリスティオは、何かを察したような顔になる。


「よい。お前は――」


 何かを言いかけて、首を左右に振る長身の王子。


「トレントからここまで、私でしたら間に合いますが……」

「よせと言ってるだろう。俺がいる」


 主人の言葉に、そのまま引き下がるミケーラ。「何の話?」と尋ねるイーリオに、何でもないとにべもなくクリスティオが返したが、ヴィクトリアとマルガは、何かを推し量るような目で、そのやりとりを凝と見ていた。



「では、時間です。そろそろ霧も晴れるでしょう。私たちはこれにて失礼致します」


 一礼をするヴィクトリアに、慌ててイーリオが声をかけた。


「あ、待って下さい。連絡は? どうやって貴方達二人と連絡すれば? それに、合図とか、そう言った決め事は――?」

「大丈夫です。必要な時に、私たちは表れます。連絡や合図も不要。貴方達の機に合わせて、私たちも事を起こしますので――」


 最後の言葉が消え入るのと同じに、二人の女性は霧に溶けるようにして、そのまま姿を消した。まるで奇術か手品でも見ているような、自然さだ。

 呆然となる一同だったが、示し合わせたように、霧まで徐々に晴れていくと、尚の事、驚くしかなかった。




 三階建ての宿屋の屋根、その上に立つ二人の女性が、動き出す馬車を眺めていた。

 一瞬、ミケーラだけがこちらに一瞥を投げたのに気付き、ヴィクトリアは微笑んだ。


「何だったんです?」


 笑みを浮かべる主席官に、マルガが眉根をしかめる。


「隠形は私以上かもしれませんが、まだまだ修練が足りませんね……」

「へ?」

「後で隊員に招集を。高速伝令を使いますよ」

「はぁ……。分かりました。それよりあの子達、狐に摘まれたような顔してましたね。突然消えちゃったもんだから、今頃、アタシ達の事をお化けか妖怪じゃないか、なんて言ってるのかも」


 声を殺して笑うマルガだが、言った後、ふわりと感じた空気に、全身が凍り付いた。


「何ですって……?」


 ヴィクトリアの声が違った。慌てて首を振るマルガ。


「あ、いえ……お、お、おば、お馬鹿なやっちゃなぁ〜って……言ったんですよ。ア、アハハ」


 冷たい目で睨むヴィクトリアに、生唾を呑み込む。

 迂闊にも〝禁忌タブー〟を犯したが、どうにか誤摩化せますように……。

 ヴィクトリアの視線が冷たい。暫く無言の後――


「そんな事、言うものではありませんよ。人を簡単に馬鹿だなど」

「そ、そうですよね……。エ、エヘヘ……」


 深い溜め息をついて胸を撫で下ろす。

 危ない危ない。

 話を取り繕うように、急いでマルガは話題を変えた。


「ところで、あのミケーラって人、あれで良かったんですか? 折角力を貸そうかなんて言ってくれたのに」

「ですから、それがさっきの(・・・・)ですよ」

「へ? ――あ、ああ」


 やっと得心がいった己の部下を見て、やれやれと言った風に、ヴィクトリアが小さく溜め息をついた。


「まぁ、本来は他国の方ですから、私どもがどうこうするのはいただけませんがね。彼女だけでなく、あの方の主にも事情はあるでしょうし。それを我らがとやかく言うものではありませんよ。それに――」

「それに?」

「彼女は彼女で、〝手〟を打っているようですし」


 マルガは読唇術が苦手なので、主席官の説明に、ただ頷くしかなかった。そのたび、高く盛り上げた赤毛めいた金髪が、ファサファサと揺れる。


「それより主席エアスター、坊や達にあの事、言わなくて良かったんですかね?」

「言ったところでどうなるものでもありません。何も知らずに事を起こしてくれた方が、そちらに〝引き寄せ〟られもするでしょう。むしろ私たちに向かってしまう事の方が厄介です」

「……犠牲、ですか?」


 上品で穏やかな笑みを絶やさないまま、貴婦人の顔で、ヴィクトリアはこれに答えた。


「そうなるかどうかは、本人達次第でしょう」


 笑顔のままで、冷酷な一言をさらりと告げる。相変わらず恐ろしい主席官だ――と、マルガは背筋がうそ寒くなるようであった。

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