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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第六章「神女と聖女」
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第六章 第一話(終)『埋火』

 修繕もほぼ済んだ建物の一角は、灰堂騎士団ヘクサニアのために用意されたものになっていた。

 建物の中には鎧獣ガルー厩舎もあり、規模で言えば、メルヴィグの王都にある、覇獣騎士団ジークビースツの騎士団堂を超える設備がある。

 この大寺院は、宗教施設というより、むしろ軍事要塞というに相応しいと言えた。

 実際、数多い灰堂騎士団ヘクサニアの団員達が、あちらこちらで忙しく立ち働いている。


 ファウストらも自身の鎧獣ガルーを厩舎に預けると、建物上階にある総長の居室へと向かった。


 報告を受けた灰堂騎士団ヘクサニア総長ゴーダン・オラルは、満足げに頷くと、ジョヴァンナとモニカの両名を退出させ、ファウストのみを残るように言った。


 二人が去り、ファウストはすぐさまゴーダン総長を問いつめる。


「これは罰ですか。失態続きの私に対する」


 ゴーダンは椅子にかけるようファウストに促すと、己もソファーに腰を下ろした。一人用とは思えぬ、無駄に長いソファーである。


「罰ではない。確かにお主は、重要な場面で失敗を犯した。大狼ダイアウルフ孺子こぞうの件はともかく、漆号獣隊ビースツジーベン のカイ王子の件は、看過できぬ手落ちよな」

「ならばこれは、その償いですか。信徒の反乱に手を貸して、あちこちで連戦させるなど……、わざわざ十三使徒が出向く事ではありますまい。平の団員で充分事足りるはず。それを三名も使徒を向かわせるとは。分かっているのです。ジョヴァンナとモニカは、私の〝お目付け役〟でしょう?」


 喉の奥を鳴らす声で、くつくつと笑うゴーダン。それが尚の事、ファウストの神経を逆撫でした。まるで愚弄されているようだ。いくら総長と言えども、メルヴィグの正統な王であるこの自分を嘲笑うなど、彼の誇りが許すはずもない。

 だが、ゴーダンはそれも分かった上で、長い足を投げ出すように組み、優雅で尊大に振る舞う。


「〝お目付け〟とはな。違うよ、ファウスト。これは示威だ。我らの権威を広めるための、地道な活動よ」


「示威? 権威? 何の事です?」

「お前が戦場で助けたオグール人信徒は、これで三回目だ。知っているか? 今、ノイズヘッグが何と呼ばれているかを」

「……?」


「女神オプスの御使い、〝黒獣の救世主〟だそうだ。今や灰堂騎士団ヘクサニアは、民間の虐げられし者達の、救い手となりつつあるという事よ」


 パンノニア平原を舞台にした、オグール人の反乱。トゥールーズ国内で起こっていたこの運動が、近年激化しつつあるのは、今まで反乱しようにも、正規軍と騎士団という圧倒的な武力の前に為す術なく鎮圧させられていたのが、灰堂騎士団ヘクサニアの協力によって、撃退しつつあったからだ。


 それをファウストとノイズヘッグが、圧倒的な〝力〟で見せつける。


 ジョヴァンナらはあくまでただのお飾りでしかない。まだまだ〝力〟はいるんだぞと敵味方関係なく誇示するために連れているようなものだ。


「お前は我ら灰堂騎士団ヘクサニアの〝顔〟になってもらわねばならん。メルヴィグ王家というのも、その一つだ。まぁ、カイ王子の離反は上手く運ばなんだが、これは大司教の手落ちもある。何も貴公一人に責を負わせる気はない」

「顔……? それは一体?」

「言ったろう? お前の望みは我らの悲願と同じくする、と。お前はいずれ、偉大な道を歩むのだ。その時が来れば、この私も含め、お前が皆を先導する事になるだろうよ」


 ゴーダン総長の語る内容が何を意味してるのか。自分はこの灰堂騎士団ヘクサニアを、ナーデ教団も黒母教でさえも利用している――つもりだったが……


 ――利用されているのは、俺の方……なのか?


 不気味とも言えるゴーダンの尊大な挙動に、嫌な汗が背中を伝うのを、自覚せずにはいられないファウストだった。


「ときにファウストよ。お前はこのまま、ここで〝示威〟に携わってもらう」

「は?」

「〝遷宮〟に伴う神女様の護衛は、ガエタノ、モニカの両名に行ってもらう。デヴリムには、引き続き南の調整があるしな」


 ファウストが不安と軽い驚きを声にした。


「護衛を使徒二人、ですか? いくらアンドレアまで失ったとはいえ、それは手薄すぎでは? ギレットやラウラは? それに私の示威行動など、他の者でも務まるでしょう」

「いや、そうもいかん。本計画は、カイ王子の帰順はあくまで〝ついで〟。ここからが真の始まりで、お前には重要な役割を担ってもらわねばならん」


 カイの離反がただの〝ついで〟? それが自分の役目だったのではないのか? そのように信じていたファウストは、ゴーダンの言う計画が、どのような内容か、聞かされていない事実に改めて呆然とならざるを得なかった。


「しかし総長、計画とはいえ、神女様の護衛が使徒二人は、あまりに危険ではありませぬか? 何かあっては遅すぎます。やはり、あともう三名ほどはメギスティに向かわせるべきでは」


「案ずるな。それに関してはもう既に手は打ってある」


「――?」

「神女様に万一の事があってはならぬ。それは私も承知している。ましてや例を見ない大移動だ。念には念を置くべきだからな。……だから、万全の準備を施した。文字通り〝万全〟の、な」


 その後のゴーダンの説明に、ファウストは更に唖然とならざるを得なかった。


 確かに〝万全〟ではあるが……。




 ここはトゥールーズ公国首都ゼムンのはずれにある小高い丘。その上に建つ巨大な寺院。

 かつてガリアン大帝国が滅びた後の混乱期に燃やされ、破棄せざるを得なかった黒母教の本貫地である。

 今はその荘厳で威圧的な姿を取り戻し、五〇〇年以上前の威容を備えつつあった。

 尋ねる信徒の数も増え、首都以上の賑わいを見せつつある。

 その名を――



 ヒランダル大聖院。



 メギスティとヒランダル。


 新たなる胎動がここで芽生え、最後の策謀が、古き寺院で蠢動する。


 何もないと言った大陸歴一〇九三年。


 それはくすぶりの年。

 火種は埋み火となり、既に燎原を燃え広がりつつあったのだ。

 だが、誰も気付いていないだけ。

 分かっていると自負する者。策を弄し、己こそが争乱の渦の中心だと考える者。陰火がこれ以上にならぬように食い止めようとする者。その誰もが、本当の意味で巻上がる劫火の火勢と、その結果を理解してはいなかった。



 それは、きたるべき動乱への予兆を孕んだ、大いなる先触れであった。

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