第一章 第六話(終)『仲間』
「それは――」
返答に窮する。
ザイロウを調べる。この道化師のような女が。
果たして信用して良いものだろうか。
そもそも、帝国の放った間諜や、回し者であるという可能性がなくなったわけではない。ここまで手の内を明かしても、逆に手の内を明かす事で懐に潜り込むなんて事もあり得る。
だがしかし、この状況でレレケと名乗る女性の力は、とても魅力的だ。それに、イーリオ自身、ザイロウと鎧化出来なかったという事実もある。上手く鎧化出来ればいいが、出来ない場合、どういう手立てを講じれば良いかわからない。更に言えば、ザイロウを調べるというのも、イーリオたちの旅の目的の一つでもある。敵方かもしれない女だが、情報だけ聞き出す事も出来るし、第一、こちらはシャルロッタとザイロウが、そもそも何故、帝国騎士団に狙われているのかも知らないのだ。そういう意味では、ザイロウの事を調べて分かるのなら、別にホーラーという人物でなくとも良いと言える。
頭の中であれやこれやと考えているイーリオに、芝居がかった仕草で笑みを返すレレケ。
――けど、胡散臭い。
一番懸念しているのは、この女が帝国の回し者かどうかというよりも、このヘンな女にザイロウを見てもらって、本当に大丈夫だろうか? という事なのかもしれない。技術は確かかもしれないが、ザイロウを変にいじくりまわされても困る。
そんなイーリオの心を見透かしたのか、レレケは黙っているイーリオにこう言った。
「調べさせてくださいと言っても、貴方の鎧獣に害を及ぼしたりはしません。あくまで、純粋な興味です」
「興味、ですか」
「私も錬獣術師として、多くの鎧獣を見てきました。私が制作した鎧獣も少なくありません。けれど、貴方の鎧獣は、見た事がない! 大狼というだけでも特筆すべきなのに、この鎧獣は、全てが規格外。おそらく、潜在能力で言えば、上級鎧獣以上、特級鎧獣なのは間違いないでしょう」
「特級……! そんな…………」
「いえ、私の見立てに間違いはありません。希少価値でいっても相当なもの。これに比肩するのは、〝氷の貴公子〟ティンガル・ザ・コーネか、〝覇王獣〟リングヴルム、はたまた〝黒騎士〟といったところではないでしょうか」
イーリオは、伝説級ともいえる鎧獣とザイロウが同格だと言われ、ますます自分の手に余る話だという気がしてきた。
――本当に?
それを確かめる意味でも、この女の技と知識は、必要なのかもしれない。
「ひとつ聞きたいんだけど――」
「何でしょう?」
「調べる、って具体的に何をするの?」
「なに、基本は観察です。どうやら貴方自身、この鎧獣について、詳しくは分かっていらっしゃらないようですし。でしたら、最初はじっくり観察させていただきます。そうすれば、戦う姿もつぶさに見れるでしょうし、この鎧獣を解ぼ――もとい、詳細を探るにあたって、どこを調べればいいか、手がかりが掴めるでしょう」
――おいおい、今、〝解剖〟って言いかけなかったか?
ますます怪しい女だが、どこか憎めない風でもある。
「観察って言ったって、僕らは旅をしてるんだ。貴方に付き合って立ち止まったり出来ないんだけど……」
「ええ。ですから、私も貴方と旅を共にいたしましょう」
「え?」
「ですから、貴方達の旅に同行させていただき、私は貴方の鎧獣を観察し、調べさてもらう。貴方がたには、必要に応じて私の力をお貸しする。如何でしょうか?」
突然の申し出に、目を丸くするイーリオ。
この女を、信用すべきか、否か――。
少しの躊躇いの後、やがて答えは出た。
「……わかった。貴女の申し出を受けよう。こちらも仲間がいた方が、心強いし」
満面に喜びの色を浮かべようとするレレケ。
「けど、一つだけ条件があります」
「何でしょう?」
「僕にはもう一人、旅の連れがいる。山賊団の所に行くのも、その旅の仲間を助けに行くからですが、この仲間には、何があっても危害を加えないでください。それが僕からの条件です」
「――? 貴方のお仲間に、私が? 貴方の仲間って……鎧獣か何かなのですか?」
「鎧獣だったら危害を加えるんですか?」
「いえいえ、そういう意味では……。ただ、人間そのものに私は興味がありませんからねぇ。私が興味があるのは、あくまで貴方のその鎧獣ですから。……まぁ、いいでしょう。その条件、確かに承りました」
イーリオは安堵する。
やはりこの女、帝国の差し金ではないようだ。帝国からの人間なら、シャルロッタの事も知っている筈だし、あの山賊団のように、彼女を狙ってくるだろう。どうやらレレケという得体の知れない男装風の女は、単に胡散臭い風体をしているだけのようだ。
「それじゃあ、……えっと、レレケさん。早速、山賊のアジトに行きましょう」
「レレケで良いですよ。私は、貴方を何と御呼びすれば?」
「僕はイーリオ・ヴェクセルバルグです。僕の事もイーリオで結構ですよ」
その名を聞き、少し小首を傾げるレレケ。その仕草まで芝居じみているが、見ているうちに何となく、胡散臭さよりも滑稽さが勝ってきたような気がしてきた。
――やっぱり、ヘンな人だ。
「ヴェクセルバルグ……」
わざわざ反芻するあたりも、妙にわざとらしい。
「ひょっとして貴方、ムスタ・ヴェクセルバルグ卿の血縁ですか?」
「え? 父を知ってるんですか?」
「貴方、ご子息でしたか。成る程、道理で錬獣術に通じていらっしゃるわけね……。とすると、まさか、この狼の鎧獣はムスタ卿の作ですか?」
「――いえ! この……ザイロウは、父が手がけたものではありません。それよりもレレケ、父を知っているんですか?」
「錬獣術師で、ムスタ卿の名前を知らぬ者は、モグリですよ。ゴート帝国のムスタ卿と言えば、熊系の鎧獣を作れば右に出る者はいないと言われた名人じゃないですか」
――そうだったんだ。
自分の父がそんな有名な人だったとは知らなかったイーリオは、純粋に驚き、少しだが誇らしげな気持ちになった。いつも山師のようなむさ苦しい格好の父しか知らない彼にとっては、単純に腕の良い錬獣術師なだけだと思っていた。
「まさかこんな所で、ムスタ卿のご子息と知り合え、しかも共に旅を出来るとは! これも縁というものでしょう! ささ、それではいざ、目的の魔窟へと向かいましょう!」
「え、ええ……、ところでレレケ、貴女はそれが素なんですか……?」
「素……?」
「あ、いえ……、何でもないです」
どうもいまいち調子が狂う感じだが、とにもかくにも、今はシャルロッタ救出が先決だ。
イーリオが馬に乗ろうとすると、レレケもそれに続く。レレケは己の馬に乗る前に、じぃっと、ザイロウを見つめ、ニコリ、と微笑んだ。
思わず目があったザイロウは、何だか嘘寒くなるような気がして、両耳を伏せ、ぶるっと身震いする。
何だかこの女、苦手だ。
どうやら自分たちについてくるみたいで、少しだけ嫌な気持ちになったザイロウであった。
――何でえ、妙な雲行きになったな。
イーリオがレレケと会ったその少し後、フロイエン山の山道を登る、二人の姿があった。
それを樹木の上から、遠巻きに見ている四つの目。目の内二つは、ドグ。もう二つはドグの鎧獣、カプルス。
シャルロッタを〝山の牙団〟頭目のゲーザにかすめ取られ、どのようにして取り返すか考えていたドグは、彼女の連れであった、イーリオとかいう狼の鎧獣の騎士に、協力を仰ごうかと考えついた。
そうとなれば話は早い。すぐさまホルテの町にとんぼ返りするため、山道を引き返していたら、こちらに向かってくるイーリオを発見した。
どうやら山賊のアジトに乗り込もうと考えているらしい。あんな狼ごときで立ち向かえると思っているのかと呆れはしたものの、逆に好都合だと考え直し、いつ声をかけるべきか姿を隠して様子を伺っていたら、今度は道化師のような変な風体の女が表れた。
二人は何か話し込んでいると思ったら、どうやら同行するらしい。
気付けば、声をかける機会を完全に逸した雰囲気になっていた。
いつもの自分なら躊躇いなどしないのだが、連れを攫った張本人が、いきなり目の前に表れたらどうなるか。さすがにそこまで想像力のないドグではなかった。
――こうなったら、アイツらを利用してやるか。
けれども、彼らがどう動くか分からないと、こちらも対応に遅れを取りかねない。
――やはり、さっきシャルロッタを攫った事は謝って、アイツらと合流すべきか?
だけど、どう謝る?
さっきは俺の勘違いだった。……いやいや、何をどう勘違いして、人を攫う? そうか、人違いだった、とか? いや、それは無理があるだろう。大体、山の牙の連中がゲロっちまえば、すぐにバレる嘘だ。だったらどうする? もういっその事、正直にぶちまけちまうとか? いや、それこそないない。それはない。
――ああ、もう! 考えるのは向いてねえ!
思考の袋小路に入っていたドグは、しばらくたって、考えるのを諦めた。
元々、考えるよりも体が先に動く、直感で行動するタイプだ。こんな事で悩むのも、自分が人に惚れてしまったからだという事に、彼自身は気付いていない。いくらか逡巡した挙げ句、結局、イーリオらの動向次第と、その場の判断で行動するという、いつもの自分のやり方に戻っていった。
こうして、山賊の砦を目指し、銀狼の鎧獣騎士の少年と、〝魔術師〟と嘯く獣使師の女、それに大山猫の鎧獣騎士の少年盗賊の三人が、それぞれの思惑を胸に、呉越同舟の戦場へと向かっていった。
胸に秘めた思いは別だが、目的はただ一つ。
銀髪の少女を助ける事。
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