第五章 幕間〈エピローグ〉
連続投稿になります。
ロワール城は、慌ただしくなっていた。
イーリオとカイゼルンが戻った時には、主席官のカイ=アレクサンドル王子をはじめ、漆号獣隊 の出立の用意で、あちこちに人が行き交っている。
忙しなく動き続ける人を横目に、二人は城の中庭に来ていた。昨夜の戦闘の痕はそのままだが、死体は既に片付けられている。
「目的、果たせましたね」
メルヴィグ国王レオポルトから依頼された任務もこれにて終了。イーリオとしては、まだまだカイゼルンから修行を受けたいところなので、しばらくは同行したいと思っていたが、クリスティオからの資金援助は、期日が終わりに近付きつつある。
どうしたものかと思案に暮れていると、カイゼルンから「せっかくだから、もうちょっと見てやるよ」と修行の継続を言ってくれた。喜ばしい事この上ないが、さて、合流したドグやリッキー達はどうするかと確認しようと思ったが、城の喧噪で、なかなか姿が見つからない。
そこへ、別行動をとっていたクリスティオ王子と従者のミケーラがやってきた。
「上手くいったみたいですな」
カイゼルンにそう言うと、自分達もこの数日で、面白いものを見たと報告した。
「カディス王国の軍船ですよ。乗っていたのは、何と彼の国の宰相マヌエルです。あそこは今、北部のリンヴルフ家と揉めてますからね。あと、どうにも目についたのが、アンカラ帝国の商船だな。武装商船もちらほらと。どうにもキナ臭い話です」
「どうしてそんな事を?」と、イーリオが問うと、クリスティオは相変わらず馬鹿にしたような口振りで、
「相変わらず、君は愚かだな。カイゼルン師は、どこが戦場になるかを知りたがってるんだ。傭兵にとっては大事なことだからな」
憮然となるイーリオだったが、クリティオの言う通り、まだまだ自分は分からない事が多すぎる。
そんな事を言ってる内に、リッキー、ドグ、シャルロッタの三名が、向こうの方からこちらを見つけてくれた。
リッキーはカイ王子に同行して王都に帰還すると言い、カイゼルンもまたレオ坊に会うか、と言って、同行する事にした。灰堂騎士団の連中と姿を消したレレケの安否も気になるし、となれば、イーリオらもそれに随伴すると必然的に決まったようなものだった。
クリスティオはどうするか。それを尋ねた時だった。
彼が口を開こうとするより先に、リッキーとドグが何かを察知し、振り返って誰何した。カイゼルンも気付いていたようだが、彼からすればそれは些事に感じたので、放っておいただけだった。
黒い影が、音もなく伸びた。
周りの喧噪が、急激に遠のいたように感じる。
黒灰色のローブ。
一目で分かる、黒母教。
「イーリオ・ヴェクセルバルグ殿」
男の声がした。
リッキー達が身構える。
昨夜の事があったばかりだ。むしろ、城中に堂々と侵入してきた手並みの方を驚くべきだろう。
男がフードを外すと、金属製の眼鏡のような、目隠しで覆った、顔が露になった。目隠しの中央には、大きな一つ目の絵が描かれているが、それで視界が確保されているのか、異様にしか見えない姿である。
「てめェ、灰堂騎士団のヤローかァ?」
リッキーの威嚇に、男がローブから片手を突き出す。
「お待ちを。私は危害を加えに来たのではありません。イーリオ殿、貴方をお呼びしに参った者です」
「僕を……?」
「私の名はデヴリム・ソラックと申します。お察しの通り、灰堂騎士団の者。十三使徒の一人。我ら黒母教の元におります、貴方のご朋友、レナーテ・フォッケンシュタイナー様のご依頼により、罷り越しました」
「レレケの……?!」
思わずドグ、シャルロッタと顔を見合わす。レナーテ・フォッケンシュタイナーとは、レレケの本名だ。
「我らが寺院、メギスティオ黒灰院にレナーテ様はおります。イーリオ殿、レナーテ様のお召しにより、メギスティオにお越し下さい」
「黒母教の……?! 僕が? レレケは? レレケはどうなってるんですか?!」
「お父上と共に、お元気にしておられます」
「父? レレケのお父さんは、亡くなったはず――?」
「それも、お越しになればわかます」
突如表れたデヴリムなる灰堂騎士団十三使徒の男。
これは魔境への誘いか、それとも真実へのきざはしか――。
それを知る者は、誰一人いなかった。
この話で、第五章が終わります。
次章は、第一部の最終章「神女と聖女」になります。




