第五章 第七話(終)『遭遇』
イーリオは、早速姿を消したシャルロッタを探していた。
やっと目的のプットガルデンに着いたというのに、来て早々、ちょっと目を離した隙にいなくなるものだから、必然的にイーリオが彼女の捜索をする羽目になった。
カイゼルンらは「先に行くぞ」と言って、さっさとロワール城に向かってしまったが、後から城に行って、カイゼルンの同行じゃないのに入城させてもらえるんだろうかと、はなはだ心配になるイーリオだった。
まぁそれでも、シャルロッタの行きそうな所なら、嫌というほど目星はついている。
雑踏をすり抜け、香ばしい香りのする方へと歩みを進めると、予想を裏切らず、銀髪のほっそりとした後ろ姿が、食い入るように立ち尽くしている。どうやら店の人間も、彼女の扱いに困っているようだ。
「ははは……」
一人で乾いた笑いを出すと、イーリオはすぐさま彼女に近付き、「探したよ」と声に出す。シャルロッタは振り向きもせず、「お腹すいた」と指をくわえて店頭を眺めていた。
なるほど、目の前には網に乗せられた魚介の串焼きが並んでいる。
しかし、これだけ様々な事物が溢れかえっている街中で、よくもまぁ迷いもせず真っ直ぐに、食い物屋を嗅ぎ当てたのだから、彼女の食べ物への執念(?)は、相当なものだ。
「そこの逞しい感じの兄ちゃん。そうそう、アンタだよ、アンタ」
自分が呼ばれたのだと気付かず、思わず己を指差したイーリオ。串焼き屋の店員は構わず続けた。
「悪いんだけど、買ってくれんのか? 買ってくれるんなら、早くしてくれねえかな。店先でそのお嬢ちゃんにふせがれちゃあ、商売あがったりだぜ」
後ろを振り返ると、果たして店員の言う通り、シャルロッタが道を塞ぐ形で人が連なっている。慌ててイーリオは「買います買います」と告げ、急いで串焼きをエサに、シャルロッタをそこから引き剥がした。
溜め息をつき、イーリオはシャルロッタを引きずるように、ロワール城へと向かう。
確かにこの数ヶ月で、イーリオの背は伸びていた。背だけではない。彼本人は気付いていないが、体つきも、一層引き締まって、少年期特有の柔さが影を潜めつつある。単純に成長期というだけではなく、鎧獣騎士の武術、獣騎術の師匠である百獣王カイゼルンの手ほどきの賜物である事は間違いなかった。
自分がどこまで成長出来たかなどは、本人に実感が出来るはずもない。何せ一緒に稽古をした相手が、アクティウム王国の筆頭騎士の一人にして、第三王子のクリスティオ・フェルディナンドなのだから。
それでも、自分の力量が底上げされたような気にはなってるし、身も知らない他人から「逞しい」などと言われると、多少なりとも面映いものがあるのも事実だった。
気分を良くしたイーリオは、ロワール城に着いて身分を明かすと、門兵は敬礼をして彼に答えた。
「イーリオ・ヴェクセルバルグ様と、シャルロッタ様ですね。どうぞ、お入り下さいッ」
城は広いので、カイゼルンが既に尋ねているというカイ王子の居室まで行こうにも、初めて訪れる二人では道に迷ってしまう。説明を聞いてはいたものの、案の定、どうにも違う道を進んでいる事に気付き、二人は途方に暮れた。
しかしシャルロッタは、無邪気にも「こっちだよ」と無根拠な台詞を言った挙げ句、制止するイーリオの言葉も聞かずに、どんどん城内を進んで行く。
「ちょっと、シャルロッタ、ちょっと待って!」
やがて、何の確信もなく進んでいた事が、すぐに露呈する事となった。
「あれ? こっちじゃないのかなぁ……」などと暢気な口調で、廊下の真ん中で立ち止まるシャルロッタ。
「全く……いい加減にしなよ」
呆れて怒る気にもなれないが、それよりもこんな所を誰かに見咎められたら大事だ。
するとそこで、イーリオの耳に誰かの話し声が聞こえてきた。
通路の向こう、扉が少し開いた部屋に、誰かがいるらしい。
――しめた。
もしカイゼルンかクリスティオ達だったら幸運だし、そうでなくとも、先に謝罪をした後で、名乗りでさえすれば、カイゼルン達の元へと案内してくれるかもしれない。
そう考えて、ゆっくりとイーリオは部屋を覗き込もうとした。
そこへ――
「誰だ!」
思わず全身をビクリと弾ませる。
部屋の方から、イーリオとシャルロッタを誰何する声が響いたのだ。
気配を消したつもりだったが、部屋に居るのはよほど勘のいい人物らしい。しかも、声からして、カイゼルン達でない事だけは確かなようだった。
おずおずと、イーリオは扉を開けて、部屋に足を踏み入れる。
「いや……その……立ち聞きするつもりはなかったんです。お城の中で道に迷っちゃって……」
そこまで言って、イーリオはただならぬ気配に、顔を上げれなくなってしまった。何故だろう? 空気が張りつめている。
ヤバい。とんだとこに居合わせたのか?
視線だけ、ゆっくりと上目遣いに動かすと――
「キミは……!」
「お前は……!」
互いに、表情と言葉を失った。
部屋にいたのは、メイド姿の初老の女性――サリと――。
「ゴートの……氷の皇太子……!」
「イーリオ・ヴェクセルバルグ……!」
両者はそのまま、何を言い出すべきか、頭の中が真っ白になってしまった。
数瞬後、サリが「どちら様ですか?」と言い出すまで、二人はそのまま、氷漬けになった魚のように、無言で立ち尽くす事になってしまう。




