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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第五章「黄金と白銀」
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第五章 第七話(3)『養母』

久々に戦闘シーンのない回です。



 海沿いであるためか、それとも季節外れの北風がぶり返したのか、最初にハーラルら一行を港町プットガルデンで迎え入れたのは、その肌寒い風であった。

 寒さに弱いリッキーは、思わず両肩を抱いて、大仰に身を震わせる。


「あそこに見える塔が、聖ニコラウスの教会だ。そんで、その向こうに見えるのが、東方の海上要塞ロワール城。オレ達は早速あそこに行くが、オメーらはどーする?」


 リッキーのみ、己の鎧獣ガルー、ジャガーの〝ジャックロック〟を連れているが、残りは全員、街に入る前に市門で獣屋に預けられている。当然とはいえ、オーロックスやホワイトタイガーなどは、一目で不審がられても仕方ないのだが、覇獣騎士団ジークビースツ次席官ツヴァイターが保証してくれたお蔭で、何の取り調べもなく預けられる事が出来た。もし次席官ツヴァイターのリッキーがいなかったらと思うと、彼と旅を共に出来た事はこの上ない幸運であると言えた。

 そして、リッキーのみ、鎧獣ガルーを街中で同行させていても、咎められないのは、この国の国家騎士団、覇獣騎士団ジークビースツであるからであった。


「俺はしばらく、街をブラブラさせてもらおう。戦闘ならともかく、母子おやこの対面に、俺が役に立つとも思えんからな」


 ロドリゴが答えると、ハーラルも頷いた。


「私は出来れば、ロワール城に同行したい。あそこに養母のサリが働いていると聞いている。構わないか?」


 リッキーは気にしないという風に頷く。

 落ち合う場所だけ定め、リッキー、ドグ、ハーラルの三名はロワール城へ。ロドリゴのみ別行動をとる事となった。




 街はさすがに、活気づいていた。

 どこか肌寒さはあるものの、初夏の日射しが射せば、たちまち港は陽気に包まれる。陸揚げされた魚介類が港のあちこちで運ばれ、交易品を運んだ帆船が、新大陸由来の奇妙な荷物を運んでいる。

 まるで獣市であるかのように、骨材商や認可を受けた結石商いしやが露店を開き、騎士紛いの者や、流しの錬獣術師アルゴールンが店先を覗いていた。


 それらの中に何か引っかかるものを見た気がして、ハーラルは奇異な思いに後ろ髪を引かれたが、それよりも今は目的の方が大事だと、頭から疑念を追い払った。やがて、それらを横目にしていると、リッキーに連れられた一行は、ロワール城まで辿り着いていた。


 ――やっとか……。


 ゴート帝国の帝都を出て、はや半年近い月日が経っていた。自分を亡き者にしようと、不死騎隊カスチェリスなる暗殺部隊の襲撃をはじめとした、予想だにせぬ災難や厄介事にも多々見舞われたが、それでも何とか、ここまで来る事が出来た。



 城の門前でリッキーが来意を告げると、挨拶もそこそこに、三名はすぐさま城内へと招き入れられた。その際、リッキーはこの城にサリという婦人が働いていないかと聞いてくれた。


「サリ……? ああ、でしたら、カイ王子の召使いにいましたね。……その人が何か?」


 三人を案内する城仕えの騎士が、怪訝そうに尋ねる。

 連れが、そのサリの知り合いらしくて、久々に会いたいんだそうだ。手が空きそうなら連れて来てくれというような内容をリッキーが告げると、三人の客間にお連れしますねと、騎士は返答した。

 城の主を尋ねた、国家騎士団の団員、それも席官の頼みである。しかも語っている内容に、何一つ嘘偽りはない。何の疑いもなく、快く城の者は応じてくれた。



 客間に入る前に、どうやらイーリオらはまだここに到着していないという事を聞きつけ、では先に、ここの家宰であるバルタザール老人に挨拶に行こうとリッキーは提案した。

 母子の対面を、ハーラル一人だけにしてやろうという、リッキーのはからいである。

 その気遣いに礼を言い、静かにハーラルは、サリの訪れを待った。

 待っている間、養母と別れてからの日々が様々に脳裏に浮かんでは消える。何から聞くべきか、何から切り出そうか――。

 やがて扉を叩く音と共に、待ち人はやって来た。


「失礼致します」


 ハーラルは振り返り、何か言おうと口を開きかけた――が、声が喉を通ってこない。喘ぐような息だけが漏れ、それを不審げに、メイド姿の初老の女性は見つめていた。


「私の知り合い……ですか? 貴方は……?」


 警戒の色を滲ませて、女性は凝とハーラルに視線を送る。


 やがて徐々に、その顔が驚愕に引き攣っていった。


 ――気付いてくれた? もう?


 それはどういう意味であっても、やはりハーラルにとっては嬉しい反応であった。


「お久しぶりです。養母はは上」



※※※



 黒母教の辻説法が、世の不正を嘆いている。

 黒く塗られた石壁の周りには人だかりが出来ており、配られる膏薬とパンを、エサを待つ雛鳥のように天を仰いで待っていた。


 人は信仰で満たされるんじゃない。食い物に釣られて信仰を受け容れるだけだと、吐き捨てるようにロドリゴは思った。


 黒母教の寺院へと入った彼は、人気のない堂を進み、奥にある部屋へと足を踏み入れた。

 部屋には禿頭をした外套と、長髪の外套、二名の男性が、彼を待っていた。


「おひさ、ロドリゴさん」


 見た目にそぐわない、女の話し言葉で、禿頭の大男が語りかける。


「どうなんだ? そっちの方は?」


 ロドリゴが問うと、長髪の男が彼に向き直り、薄い微笑を浮かべて答えた。


「抜かりはない。間もなく、漆号獣隊ビースツジーベン は我らが手に落ちるだろうよ」

「さすがよね、ファウストちゃん。どんな手妻を使ったのか知らないけど、鉄の結束を誇る覇獣騎士団ジークビースツを内部分裂させるなんて。アタシなんかには、到底、出来っこないワ」


 禿頭の皮肉を無視して、ファウストは続ける。


「しかし、よもやロドリゴ殿までこの街に来るとは……。何やら因縁めいているような」

「因縁かどうかは知らんが、そんな事より、相手を見誤るなよ。向こうは、それでも覇獣騎士団ジークビースツなんだ。下手を打てば、こちらが足元をすくわれる。そうなれば、お前を買っている総長や神女様とて、庇いきれんだろうからな」

「わかっている」


 ファウストの固い物言いに、ロドリゴは小さく苦笑した。余裕のない者から脱落していくのが人生だぞ、と忠告してやろうと思ったが、それをする義理もないので、止めた。代わりに口にしたのは、禿頭の男への質問だった。


「あらましを聞こう、アンドレア」

「良いわよ」


 アンドレアは厳つい笑みをこぼした。


「ファウストちゃんは、今晩にでも、もう一度仕掛けるそうよ。出来ればそこでダメ押しして欲しいわね。ま、そうでなくても、証拠さえ残しておけばコッチの〝仕掛け〟は充分なんだけど。アタシはただの保険よね。本当はガエタノの爺さんの役回りだったんだけど、あの爺さん、〝遷宮〟の方に呼び出されちゃってさ」

「百獣王の一行は、誰が押さえている?」

「〝灰巫衆〟の報告はなしだと、さっき到着したらしいわ。ま、それもあったんで、ファウストちゃんには、アブない橋を渡ってもらったんだけど、上手くいったわよね。それより問題なのはそっちの方よ。邪魔立てしないでしょうね? ロドリゴさんトコの坊や達は?」

「さて……な」

「ちょっとちょっとォ。城の中に弐号獣隊ビースツツヴァイ のクソガキがいるだけでも穏当じゃないのに、下手なちょっかいを出されたら、計画が狂っちゃうわ」

「俺や総長とて、万能ではないと言う事だ。まさか皇太子を再起させる〝切っ掛け〟が、ファウストの目的である王子の城に居るとは……。女神オプスとて知りはすまい、というヤツだ。そんな事より百獣王だ。彼奴が着いたとあれば厄介だぞ。何せ、彼奴のところには今、我ら黒母教の大出資者(パトロン)、フェルディナンド家の王子がいると言うじゃないか。下手な手出しは出来んぞ」

「わかってるわヨ。だからファウストちゃんも、今晩仕掛けるんじゃない」

「当然だが、俺は手出しせんぞ。あくまで俺は、ハーラル皇子の護衛だ。仮に向かい合う事態になった場合は――分かっているな?」


 凄味のある眼差しで、ロドリゴはファウストとアンドレアの両名を睨む。

 ロドリゴは灰堂騎士団ヘクサニアの二番手、第二使徒。対してファウストは第四使徒、アンドレアは第八使徒だ。位階もさる事ながら、戦士として踏んできた場数も違う。ファウストはその視線を真っ向から受け止めたが、アンドレアは思わずたじろいだ。


「そうならぬ事を願っていよう」


 そう返したファウストの言葉は、両者の本心であったろう。


 部屋にこぼれる西陽が、三名の足元を強く照らした。

 が傾いている。それぞれに思う所はあれど、明日になれば決着カタはついているはずだ。

 夜の始まりは、風雲を告げる、彼らの策謀の総仕上げでもあった。

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