第五章 第六話(終)『合流』
気配は全て消えた。
油断せずに武装を解かないままのハーラル達だったが、敵の気配が完全に消えたのと、リッキーが何とか動けるようになったのを見計らって、彼らもまた鎧化を解除した。
満身創痍――。
ティンガル・ザ・コーネの体には、無数の刀傷があり、しかも、肩部分の肉が、ほんの少しだが抉られている。獣能で出来た掌を切り落とされた、その傷跡だった。
リッキーのジャックロックは言うに及ばず、ドグも大山猫のカプルスごと、かろうじて動けるほどの傷であった。
その一方で、ロドリゴのアウズンブラは、主人共々それほど傷は負っていない。最後に助けに来たからではない。一番、多くの敵と刃を交え、一番、激闘したのは、紛れもなく彼と彼の原牛なのだから。
「ロドリゴ殿、本当に助かった。礼の言葉もない」
「ハハ、よせよせ。俺は金の分だけ、きっちりと仕事をする。例えどんな大軍が相手だろうと、一度引き受けたからには、必ず戦い抜く。それが傭兵の信用ってもんだ。それに俺はなぁ、戦いが好きなんだ。戦馬鹿なのさ。だから傭兵なんていう、因果な商売をやってる。だから気にすんな。それより礼を言うなら、そっちの赤毛の兄ちゃんと、ターバンの坊主にだろう。どういう成り行きか知らんが、雇い主が死なずに済んで、心から礼を言う。ありがとうな」
ロドリゴは己の勇を自慢するでもなく、どこまでも屈託がない。
まだ、喉の傷跡が痛むが、ジャックロックの治癒機能で、かろうじて出血は止まったリッキーが、その様子を凝と見ていた。
「何だい、兄ちゃん」
「アンタもしかして、〝人牛無双のアウズンブラ〟か?」
「お、知ってるか。この皇子さんときたら、世間知らずで、俺の事、知らねえなんていうもんだからよ。知ってる人間に会えて嬉しいぜ」
武骨だが、邪気のない表情で破顔するロドリゴ。リッキーにハーラルが尋ねた。
「知っておられるか、リッキー殿」
「……もう何年もその名を聞いてなかったがな。噂じゃあ、どこぞの戦場でくたばったなんて聞いてたが……。まさかこんな所で会えるたァよ。〝人牛無双〟と言えば、アクティウム国王から、直々に鎧獣を下賜されたっつー凄腕の傭兵だ。確か、どこぞの傭兵騎士部隊にいたってハナシだが……」
ロドリゴは、目を細めて笑みを深くする。
「ま、俺の昔なんていいじゃねえか。それより、だ。敵もかなりの痛手を被ったがこっちも結構な被害だぜ。早くここから立ち去る方が良くねえか?」
もっともな意見であり、全員がそれを肯定した。
周囲は二〇人近い死体と、同数の、髑髏をまとった虎の死骸が、累々と横たわっている。まさに髑髏そのものと成り果てた虎達だったが、ひび割れた大地に、砕けた巨石。不自然に転がる数本の巨木と、数刻前のこの公路の面影など、微塵もなかった。まさに鎧獣騎士らしい戦場跡と言えばそうだが、それにしても凄まじい。
「ロドリゴ殿は、本当に強い。あの獣能も、圧倒的だった」
ハーラルが感嘆の言葉を述べると、照れくさそうに、ロドリゴは頭を掻く。
「ハッ、くすぐってえ事言うなよ。俺ぁただ、三度の飯より戦場が好きなだけよ。まして、あんな手強い部隊相手に本気出せるとあっちゃあ、やる気と殺る気が、どうにも止めらんねえ。傭兵稼業の冥利に尽きる。それだけよ」
「まったく……貴方という人は……」
「だがよ、俺だって、いざって時は逃げるぜ。どうしても勝てねえ、ただの無駄死になんて事がわかっちゃあ、そん時は傭兵の掟だって忘れちまう」
「そんな事が、貴方にあるので?」
傷付いたリッキーとドグを、原牛の背に乗せ、ハーラルとロドリゴが、徒歩で進む。次の街に着いたら、騎馬を購うつもりだが、今はこうするしかない。
「あるさ。俺だって絶対勝てねえと思える奴はいる。少なくとも、四人は確実にな」
「ほう。それは誰だ?」
「おい、話し言葉」
ロドリゴが注意すると、ハーラルはしまったとばかりに苦笑する。
「いかんな――いや、いけないな。どうにもすぐ……。で、その四人と言うのは?」
「一人は当然、百獣王。とくれば、もう一人は黒騎士だ。あの二人には、俺も敵わねえ。戦場で鉢合わせした事があるが、あれはもう、違いすぎる」
「では、三人目は〝獣帝〟か?」
「いや、アンカラの皇帝には会った事ねえからわからん。噂通りなら、五人目って事になるが……。三人目は、アンタんとこのマグヌス大将軍よ。あれも化け物だな」
確かに、と頷くハーラル。彼もマグヌス将軍の武勇は、その目で見知っているからだ。
「最後は?」
「四人目は、俺の親友。同じ傭兵さ。俺はそいつと同じ部隊にいたが、一度も勝てた事がねえ。いや、今でも勝てる気がしねえよ」
それほどの実力者がこの世にいるとは――。世界は広いと感心するハーラルであった。
一方で、ロドリゴ・デル・テスタは、その親友を脳裏に浮かべていた。
何とも美味い任を与えてくれたものだ。礼を言うぞ、ゴーダン総長と――。
不敵すぎる笑みを浮かべ、一行はロドリゴを先頭に、一路、港町、プットガルデンに向かった。
彼らはこの後、二ヶ月以上も襲撃を受ける事はなく、すっかり春も深まった頃、目的地に到着する事になる。




