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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第五章「黄金と白銀」
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第五章 第四話(4)『鬣狼』

 突如割って入った銀狼の人獣騎士に、ジョルトは警戒を強めた。

 金色の次は銀色かよ――。

 思わず悪態が口をつくが、声は掻き消されていた。

 この状況で、加勢かと思うと、状況は絶望的だ。だが自分にこんな知り合いはいないし、どう見ても他国の鎧獣騎士ガルーリッターだ。味方でない事だけは確かだった。

 であれば敵。

 観念するしかないのだろうかと思っていたら――、予想に反し、銀狼はこちらに背を向けた。そして、腰に吊るした曲刀をスラリと片手にする。


「何だ? どういうつもりだ?」


 声を出したのは、金毛のタテガミオオカミの鎧獣騎士ガルーリッター

 クリスティオ=ヴァナルガンドだ。

 意外というよりも、不愉快な、といった表現が合う低い声。実際、ほんの僅かにタテガミオオカミの両目が細められていた。

 しかし、イーリオはそれに答えず、ヴァナルガンドを見据えたままで、背後の人馬に声をかけた。


「名前は?」


 それが自分に向けられた問いだとは分かっていたが、急な成り行きに即答を忘れるジョルト。続けて同じ問いを重ねられると、ジョルトは唸るように名乗りを告げた。


「ジョルト……ジャルマトだ。あんたは?」

「僕の名前は、イーリオ。イーリオ・ヴェクセルバルグといいます。いきなりで何ですが、貴方を助けます!」


 見れば分かるが、一体誰なんだ、こいつは?


 それが口には出なかったが、いや、出そうになったのだが、先にイーリオがそのまま続けてこう言った。


「僕はこの人の、敵みたいなモノです」


 この人、とは金狼の事だろう。


「みたいな、って何だよ」

「知り合いですが、その、競争相手というか……。とにかく、貴方を助けます。その代わり、僕に着いて、百獣王の所に来てもらえませんか?」

「はぁ?」


 いきなり出て来た名前に、ジョルトは心底、理解不能の声を出した。


「その……悪いようには致しません。公も害意はないと思います。貴方を僕が助ける。その代わりに僕のお願いを聞いて下さい。お願いします!」


 切羽詰まった声に、緊迫の状況と態度。

 冗談でも悪ふざけでもないようだが、どういう事なのか、やはり呑み込めない。しかし――。


「わけが分かんねぇぞ。何言ってんだ、お前?」

「わけ分かんないのは分かってます。でも、お願いします!」


 言ってる事が支離滅裂だ。けれども、悪い奴ではなさそうだった。少なくともジョルトにとっては。


「聞けない、と俺が言ったら?」

「その時は……」

「敵に回るのか?」

「その、えと……。いえ、助けます。それでも貴方を助けます。その後で、貴方に力づくでも着いて来てもらいます」


 何とも馬鹿正直というか、あけすけな言葉だ。

 裏表のない、とは、イムレがジョルトによく言う言葉だが、自分のは裏表がないのではなく、裏がたまに表返るだけなのだと思う。それは裏表がないのとは違うだろう。

 だがこの銀狼の駆り手は、本物の馬鹿正直さを持っているようだった。

 ジョルトの口から失笑が漏れて出る。これも正直さではない。


「何ですか?」


 ジョルトの笑いに、イーリオが反応した。剣先を金狼に向け、余裕のない構えだ。

 それに反して、金狼はまるで自然な素振り。体格的には銀狼の方が圧倒的に勝っているが、滲み出る闘士としての〝格〟は、誰が見ても明らかだ。

 これで加勢ってんだから……。

 それでも、一対一よりは遥かにマシに思えた。何なら、コイツを囮にすれば、勝機も掴めるかもしれない。このままイムレの仇もとれず、むざむざとやられるよりは良い判断かもしれない。


「あんた……助けるって、何か手段はあんのか? この鎧獣騎士ガルーリッター、メチャクチャつえぇぞ」

「何とか……します」


 馬鹿正直というより、馬鹿なのかもしれない。それでも、こんな無謀さは嫌いではなかった。ジェジェン人好みというか、ジョルト好みの言葉だった。


「わかった。あんたと戦おう。ただし、百獣王の所に行くかは、あいつを倒してから決める。それでいいな?」


 イーリオが、ザイロウの頭部を少し傾け、人馬の騎士をチラリと見た。


「はい!」


 奇妙な共闘関係が成立するのを見届けると、クリスティオは太い溜め息をつく。

 多少の歯ごたえはあるかもしれないが、これがこの孺子こぞうの考えた〝策〟とは。

 愚作も愚作。極めて愚かな選択肢だ。


 だがそれも仕方あるまい――。


 自分という強者を前に、弱者が団結するのは今に始まった事ではない。それを圧倒的な実力差で踏みつけてきたのも、自分という人間だ。今回も、そうなる事は、決まりきっている。


 その一方で、イーリオはこの方法に突破口を見出すしかなかった。

 ザイロウと言えば、〝千疋狼タウゼントヴォルフ〟の獣能フィーツァー。これを発動させ、数の有利で金狼のヴァナルガンドを圧倒する。そして、隙を衝いて二人で相手を倒す、または逃げる。

 どちらかと言えば、後者の選択肢だろう。いくらタテガミオオカミが最速に近かろうが、体力では大狼ダイアウルフや馬に勝るものではない。相当の実力者である事が予測されるクリスティオ王子が相手ならば、無理に倒そうとするよりも、撒いてしまう方が確実に思えた。


「〝千疋狼タウゼントヴォルフ〟――騎士団リッター・オルデン


 曲刀ウルフバードを真っ直ぐに突き出し、イーリオは獣能フィーツァーを発動させる。

 全身から暗紫色の霧状が発生し、辺りを濃密に満たしていく。

 ジョルトは視界が奪われる事に警戒を強め、クリスティオは多少の驚きを浮かべる。

 霧状はゆっくりと晴れきると、ザイロウの横に固まるように、同じ容姿をした蒼味がかった乳白色の、人狼もどきが、数十騎、出現していた。

 クリスティオは目を見張った。


 自身の分身を作る獣能フィーツァーなど、聞いた事も見た事もない。


 ――面白いじゃないか。


 途端に先ほどまでの軽い落胆は失せ、俄然興味が湧いてきたクリスティオは、腰に吊るした大剣を手に取った。所々に奇妙な形状が見えるそれは、歪な機械仕掛けの飾り物のようでさえあった。

 ジョルトも唖然となった。

 獣能フィーツァーなんだろうが、これはまるで、手品か魔法のようだった。特級鎧獣(ガルー)獣能フィーツァーが、異能なものになる事は、先ほど百獣王にやられた(であろう)、タリャーン家首長アル・ハーンの鎧獣ガルーなどでもよく知っている。

 ただの肉体的増強を超えた、超常的能力。

 しかし、自らの分身? それとも幽霊? そんなモノを出すなんて……。

 だが、驚くのも束の間。

 イーリオ=ザイロウが、曲刀ウルフバードを大きく振って、数十騎の人狼に、攻撃を指示した。

 狼の群れ(ウルフ・パック)というよりも、狼の軍隊、いや、人狼の騎士団といったところであろうか。成る程、これならばこの銀狼を駆る騎士スプリンガーが、立ち向かおうとするのも理解出来る。獣能フィーツァー頼みというのが、ジョルトの流儀に反する所だが、今は自分の美学などにこだわる所ではない事くらい、よく分かっていた。


「〝千疋狼タウゼントヴォルフ〟が襲っている隙を衝いて、逃げますよ」


 イーリオが、人狼の顔で人馬に言った。


「逃げる? 馬鹿言うな。あいつは親友の仇だ。ここで仕留めなくて何の騎士だ」


 ジョルトが血気盛んに否定すると、イーリオがそれを聞いて先ほど助けた人物の事を思い出す。


「親友……。それって、クリスティオさん――いえ、あのタテガミオオカミの鎧獣騎士ガルーリッターに襲われた人の事ですか? ――それなら、彼は生きています」


 ジョルトは思わず、イーリオ=ザイロウの方を見る。


「生きてる? お前、イムレを見たのか?」

「はい。息があったので、助けました。今ならまだ間に合います。ここから二人で逃げましょう」


 こいつが助けたのか。

 判断に迷う。いや、迷う必要はない。

 生きているならば戦う必要はない。すぐにジェジェン国内に戻ればそれで済む話だ。だが、こいつとの約束はどうする? 百獣王の所に一緒に行くっていう……。そんなものは関係なかった。こいつが一方的に持ちかけた話だ。別に守る必要などない。大体、突然表れて、どこの馬の骨かも分からぬような輩の言う事を聞く理由など、何一つなかった。


 そこへ、一陣の刃風。


「逃げる――? つれない事を言うなよな」


 咄嗟に身を躱すと、人狼の騎士団の攻撃を巧みにすり抜けながら、ザイロウに大剣の一閃を放ったヴァナルガンドがそこにいた。傷一つなく、数十騎の人狼を翻弄するように、大剣を振るう金狼。いや、既に数十騎ではなかった。数が減っている。

 もうこんなにもかと思うと、イーリオは背筋に薄ら寒いものを感じた。

 かつて、ヨーロッパバイソンの鎧獣騎士ガルーリッターと戦った時でさえ、これほど圧倒される事はなかった。灰色熊の鎧獣騎士ガルーリッターとの一戦の場合は、もっとこちらが圧倒的だった。


 だが、この金狼は違う。


 かつてこの〝千疋狼タウゼントヴォルフ〟をものともしなかったのは、あの〝氷の皇太子(イクプリンス)〟、ゴート帝国皇太子ハーラルの駆る〝ティンガル・ザ・コーネ〟だけである。しかもその時は、今のように己の分身体を、完全に制御出来ていたわけではない。ザイロウの調子によって分身体の威力に差異が生じ、しかもあの時は、人狼の姿になどなれず狼形態だけで、数こそ多いものの一個一個の個体の戦力は脆弱とも言える程度のものであった。

 しかし金毛の人狼騎士、ヴァナルガンドはそれを更に上回っている。

 ザイロウと結印(のようなもの)をし、強力になったはずの〝千疋狼タウゼントヴォルフ〟の攻撃を前にして、まるで苦にもしていない。

 おそるべき俊敏さで、こちらを翻弄するように剣を振るっている。

 目で追うのがやっと。動体視力が人間の比ではない狼の視力をもってしても、時には金色の残像しか残らない場合があった。

 イーリオは意識を集中する。

 やはりここは逃げるしかない。だが、下手に動けば後ろからバッサリともっていかれるに違いなかった。

 さっきの斬り付けは、その証。

 いつでも斬りつけられるぞ、という宣言に他ならない。

 クリスティオはこの闘争を楽しんでいる。いや、遊んでいると言ってもいいだろう。そんな相手に、どうやり合う――?

 イーリオが状況に意識が傾いていた時だった。


 彼の後ろにいたジョルトが、己の視界にそれ(・・)を見つけたのは。


 ――あれは!


 思わず刮目する。だが、気取られてはならない。

 どうする? いつやる? どの機を狙って?


「おい! イーリオ、と言ったな?」


 銀狼に声をかけた。


「はい。どうしました?」

「俺が合図をする。そしたら一斉に仕掛けるぞ。お前は何としても、あいつの足を食い止めろ」

「何か策が?」

「……賭けのようなものだがな。出来るか?」

「――分かりました。やってみましょう」


 イーリオとしてものるしかなかった。


「いくぞ……三……二……一……今だ!!」


 銀狼と黒の一角獣が、同時に跳躍をかけた。

 何とか捉えたザイロウの曲刀ウルフバードが、金色のヴァナルガンド、その大剣と斬り結ぶ。


 だが――。


 それだけだった。

 ジョルトの人馬騎士は、こなかった。

 どういう事かと思うも、集中を途切れさせては瞬時に金狼の攻撃で斬られてしまうおそれがあった。


 ――何? どうしたんだ?


 一方、その行動に気付いていたクリスティオは、苦々しい思いで、ただ見ているしかなかった。集団で次々に攻撃をかける人狼の騎士団もどきに、その本体たる大狼ダイアウルフまで加わっては、さすがのクリスティオとて、それほどの余裕は持てない。獣能フィーツァーを使うか、もしくは授器リサイバー能力ちからを解放すれば、何とか出来ただろうが、それは本気を出しているようで、嫌だった。

 そのわずかな躊躇いの隙に、事態は取り返しのつかない状況にまでなってしまっていた。


 さすがのヴァナルガンドでも、この距離では体力が保たない――。


 イーリオが、ジョルトが逃げた事を知るのは、クリスティオが突如闘いをやめた、そのすぐ後だった。



 ジョルトが先ほど見つけたのは、遠くで手を振るイムレの姿。



 視界の広い馬ならではの特性。


 それを見つけるや否や、彼はすぐさまイムレを拾い上げ、その場から全速で逃げ出したのだった。

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