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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第五章「黄金と白銀」
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第五章 第四話(3)『一角人馬』

 爆発のような衝撃を伴い、雪原の白雪が、めくれあがった岩石と共に辺りに四散する。

 しばらく後で、遠くの丘陵から雪崩が起きる音が響いてきたが、平地に近くなっているここまでは届かない。だが、そんな遠くにまで伝わるほどの震動。

 空を斬った一撃が、そのまま積雪の大地を穿ったからだ。


 ――チッ。


 自分達に追いつくため、結構な距離を駆けてきたはずなのに、このほっそりとした金狼の鎧獣騎士ガルーリッターの動きには、体力の消耗による翳りが微塵も感じられなかった。

 体力があるというより、そもそも全速で駆けていなかったという事だろう。今でさえ、こちらは敵を捉えるのに必死だ。


 イムレが倒れると同時に、激高したジョルトは愛馬の鎧獣ガルーをその身に纏った。

 人獣に合う形に変化した授器リサイバーの一部は、両拳を覆う手甲ナックルガードとなる。これが彼の武器。手甲には両刃のごく短い剣が着いているだけで、超至近距離でないと、不利にさえ思える形状である。

 だが、馬の鎧獣ガルーは、鎧化ガルアン時に蹄が五本の指を覆う分厚いフィンガーグローブとなり、鎧獣ガルーの中でも最も堅牢で威力の高い拳を持つという特徴があった。

 ジョルトの〝グラスディン〟が持つのは、それを最大限活かした武器授器(リサイバー)であり、対となった手甲ナックルガード足甲ブーツの二つであった。

 通常ならば格闘術など武器の前では脆弱でしかない。それは戦争の歴史が物語っている。だが、馬の持つ蹄の堅牢さと威力、それを支える脚力の凄まじさは並みの授器リサイバーなど、それごと粉砕してしまえるほどであり、ジェジェンの一角騎馬衆イディナローギーでは、手甲ナックルガード足甲ブーツの装着が殆どであった。打撃の最大の不利である攻撃距離の短さも、馬の脚力あしがあれば、それを補って余りあるほどだ。

 馬の速度は、哺乳類で最速とはいかないが、最大速度の持続時間は、群を抜いている。補食獣は最大速度こそ抜群なものが多いが、待ち伏せに特化しているため、どうしても体力面では馬に劣る。

 速い動きで目まぐるしく立ち回り、相手の体力消耗を待って、一撃必倒を叩き込む。

 それがジェジェンの一角騎馬衆イディナローギーの基本的な戦術であった。

 鎧化ガルアン前には二本あった角も、鎧獣騎士ガルーリッターになる事で、一本に減っている。


 一角獣ユニコーンの人獣闘士といったところか。


 対して金狼の人獣騎士は、泰然と佇立しながら、こちらを睥睨する位置にあった。

 ジョルト=グラスディンは、雪煙を巻き上げつつ、再び突撃をかけた。

 相手はまだ、腰の大剣すら抜いていない。

 金狼のいた大地に、巨石をぶち当てたような崩壊の跡が出来る。だが、肝心の標的には、体毛一つにすら擦りもしなかった。

 背後の視界に敵を捉えて、後ろ回し蹴りの要領で足甲ブーツによる蹴りの一撃を放つも、野太い足は虚しく空を斬る。空気が圧縮される音をたてる下では、仰け反る形でこちらの一撃を躱した黄金の人狼がいた。

 そのまま鋭い蹴りの一撃が、人馬騎士の腹に叩き込まれた。

 痛みも威力もさほどしかなかったが、あの体勢から蹴りを放った敵には舌を巻いた。

 屹っと敵を捉えようとするも、嘲笑うかのように、平手ではたかれたような衝撃を顔面に受ける。目が眩み、狼狽えると、背中に今度は肉を裂かれる感覚。

 咄嗟に距離を取って駆けるが、敵はその場から動かなかった。


 金狼は、腕を組んでこちらを見据えていた。

 ひらひらと動く彼の後ろ臀部に見えるモノを見て、ジョルトは理解した。


 顔面に受けたのは尻尾の一撃。

 仰け反って蹴りを出せたのも、尻尾によって自重を制御したから。


「ヴァン流の獣騎術シュヴィンゲン……。お前、アクティウムの騎士だな?」


 金狼は何も答えなかった。

 答えるつもりもなかった。

 クリスティオからすれば、退屈な相手でしかない。相当に錬磨しているように見受けられるが、彼からすればよくあるジェジェン騎士の戦い方だ。

 一角騎馬衆イディナローギーは、野生馬の鎧獣騎士ガルーリッターと比べ、攻撃性も膂力も圧倒的に増している。集団戦にもなれば極めて厄介だが、個人の武では、それほど脅威ではなかった。無論それは、クリスティオに限った話ではあったが。


 それでも、遊びで相手をするのもこの程度だろう――。


 あの白銀の大狼ダイアウルフも、かなりの性能を持った鎧獣ガルーであると予想したから、じきに追いつくに違いないと思っていた。むしろ、撒いてしまったのか、まだ到着しない事に、少々期待はずれの思いさえあったのだ。

 あれほどの鎧獣ガルーなら、とっくに俺に追いついているはず。途中で何かあったのか。それとも俺の見込み違いだったか……。いずれにしても自分からすれば、勝負にすらならなかったな……。


 自惚れ、慢心、思い上がり――。


 どれも自分には虚しいばかりの言葉。何故なら他者との差は、仕方のない事実なのだから。

 人はそれを天性という。才能、才覚とも言う。その通りだろう。持って生まれたものは仕方ない。持たざる者の気持ちや悔しさなどわかろうはずもない。

 恵まれた才。類い稀なる容姿。豊かな財力に高貴な血筋。そしてこの世に二つとない鎧獣ガルー


 相手が悪かったな――。


 目の前のジェジェン騎士にか、それとも銀狼の孺子こぞうにか。憐れみの言葉を口に出さずに呟くと、クリスティオは金狼の牙を剥き出し、仕上げにかかろうとする。

 一方のグラスディンも、耳を伏せ、歯を剥き出すと、敵意を強めた。

 そこで、両者の耳が同時にピン、と立った。グラスディンは、はっきりと耳穴を前方に向けている。馬が興味を強く惹かれた時の反応だ。



 両者の間に、雪煙が立つ。火柱のような勢いで、力強く。



 二人が身を固くした。


「間に合った」


 振り絞る声で独語したのは、雪の中央に立つ、白銀の人狼。


 鎧獣騎士ガルーリッターザイロウであった。

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