第五章 第三話(1)『絶対強者』
大陸歴一〇七八年というから、今より十五年前の事。
この年、アクティウム王国のとある城塞都市を、ジェジェンの氏族騎士団が襲撃した。
ジェジェン首長国の当時の大首長は、「奪え・犯せ」を地でいく絵に描いたようなジェジェン人だったため、アクティウムの人々は恐れ、死にもの狂いの抵抗をした。この攻城戦は、アクティウムの歴史でも屈指の激戦となり、互いに一歩も譲らないまま、数ヶ月もの膠着状態になる。
だが、そこまで月日が経てば、当然の事ながら城塞都市の糧食は底を尽き、城内に疫病まで起こりはじめる事態となる。援軍を送り続けては返り討ちにあっていた首都の軍勢にも疲弊が見えはじめ、国民の誰もが諦めようとしていた時だった。
アクティウム国王は、藁にもすがる思いで、一人の騎士を召喚する。
〝百獣王〟カイゼルン・ベルだ。
最強の三獣王の一人。
国王は彼に懇願した。
どれだけの部隊を用いても構わない。どうか公の采配で、ジェジェンの蛮族を追い払ってはくれまいか、と。
実際の所は、黒騎士にも召喚をかけたらしいのだが、彼は海を隔てたカレドニア王国に居たため、連絡がつかなかった。もし、黒騎士まで呼ばれていたら、三獣王の二人が肩を並べるという、前代未聞の戦となっていたであろう。
さて、王の頼みに、カイゼルンは「否」と断った。
部隊はいらない。自分一人で充分だと言い、彼はジェジェンの討伐に単騎で向かったのだ。
いかな三獣王だとて、それは酔狂が過ぎるというもの。
さても都市の命運もここまでかと国王が諦めた時――。
信じられない報告が、王のもとに齎された。
ジェジェン撤退。
百獣王が単騎で撃破に成功したというのだ。
当然、王は耳を疑ったが、紛れもない事実。
アクティウムの国家騎士団をもっても歯が立たなかったジェジェンの軍勢が、一騎の鎧獣騎士のみでこれに勝ったというのだ。
聞けばカイゼルンは、城塞都市に着くや否や、正面から猛然と一騎駆けをしたらしい。
まるで放たれた矢の如く、一直線にジェジェンの軍を中央突破していくと、彼はそのまま軍の〝頭〟である大首長の首級をあげた。その様は、まるで鬼神の如くであったといい、巻き上げられた血煙は、辺りと百獣王を、深紅に染め上げていたという。
途端、恐怖で浮き足立ったジェジェンの軍は、抵抗する者、逃げる者、統率など皆無の状態になり、混乱に混乱を重ねた。だが、そこで残った部隊をまとめ、何とか撤退を形作ったのは、後の大首長であるアールパードであったのだから、これも頷ける話である。
何にせよ、単騎で騎士団を退けた――それも武名で名高いジェジェンの騎士団を――という話は、瞬く間に大陸中に響き渡り、六代目〝カイゼルン〟の名を、いやが上にも高める事となった。
だが反面、ジェジェン側からすれば、これは屈辱以外の何者でもない。
いかな三獣王とはいえ、一騎に負けたという事実は、呪いとなって、以後、今日に至るまで、彼らは片時たりとも忘れた事はなかった。
ジェジェン人からすれば、カイゼルンの名は死神以上の恐怖と嫌悪をもって語られている。
そして、カイゼルン・ベルに討ち取られた哀れな大首長こそ、先代のタリャーン家当主。
即ち、アル・ハーンの実父であった。




