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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第五章「黄金と白銀」
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第五章 第二話(4)『訪問者』

「いやぁ、さすがはジェジェンの大首長サマ。立派な一団でいらっしゃる」


 男は、片眼鏡モノクルを指先で整えつつ、品定めするように、タリャーン一族の野営地を見回した。


鎧獣ガルーは天幕の中ですかな? いやはや、お目にかかりたいものですな」


 太鼓持ちかと言わんばかりにへりくだる姿は、商売根性丸出しといったところだ。


 クセのある金髪を襟足で束ね、左片目に鑑定士のような片眼鏡モノクルを嵌めている。アムブローシュ絹で出来た値打ちものらしき衣服とロングコートの上に、防寒の為の毛皮を身に纏っている。身なりは上等なのだが、挙動の全てに品がないため、どことなく胡散臭い。


 異様なのが、彼に連れられた巨大なライオンだ。

 茶色い毛並みと、黒々とした大きなタテガミ。頭部から胸元まではあろうかというライオンでも随一の立派なタテガミを持つこれは、バーバリーライオン。

 身に纏うくすんだ黒と焦げ茶の授器リサイバーも、どことなく高級な趣きがあり、一介の組合長が持つには、立派すぎるとも言えた。



「何だお前は?」



「貴方サマがこの氏族の首長でいらっしゃる? いや、これはとんだご無礼を。ワタクシ、幻獣猟団ファタ・モルガナ・オルデンの組合長を営んでおります、ディルクと申す者です」


 年齢は四十代より上だろうか。若いのか年寄りなのかも判別しがたい。

 アル・ハーンは、顎をしゃくって、自分の部下に取り押さえられているバーバリーライオンを指した。


「あれは何だ」

「ああ、あの鎧獣ガルーは、ワタクシのでして。見た目ばかりがご大層なのは申し訳ございません。何、アタシはとんだ三流騎士(スプリンガー)なんですけどね、それでもあんな上級のを持っとりますと、それだけで充分虚仮威しにはなるんですよ」

「それにしては上物すぎるな」

「まァ、こんな商売をしておりますとね、実入りばかりは潤っておりまして、はい。形ばかりは良いものをとしてしまうのは、ワタクシのような三流の手合いの悪い所なんでしょうなぁ」

「それで、その組合長とやらが、我々に何の用だ?」

「ええ。突然のご訪問、大変失礼を致します。このたび罷り越しましたのはですね、我々幻獣猟団ファタ・モルガナ・オルデンとですね、取引をしていただけないかという商談でして」

神之眼プロヴィデンス持ちをか? 要らん。鎧獣ガルーなら充分足りている。とっととここから立ち去れ」


 乱暴に告げると、アル・ハーンはきびすを返そうとする。

 さっきの生意気な小僧どもへの始末がまだだ。こんな所でしょうもなさげな男に関わってる場合ではない。


「ま、ま、お待ちを」


 アル・ハーンの強面にも、まるで怯える色さえ見せない図太さに、ジョルトとイムレは軽く驚いた。


「いくら近隣に名を馳せたジェジェンの方々とはいえ、戦いを重ねれば鎧獣ガルーとて摩耗してしまいます。どこの国でも、鎧獣ガルーを余剰に用意しておきたいのは常の事。我々幻獣猟団ファタ・モルガナ・オルデンは、どこの国にも属さぬ自由組合です。しかし、狩り場は大陸の至る所に持っているのが我々の強みでして。どうでしょう? 我々と取引していただければ、良質な神之眼プロヴィデンス持ちをご提供出来ますが。ゆくゆくは他の氏族の方々ともお取り引き出来れば、我々にとっても、貴方様がたにとっても、良い話だとは思いませんか?」

「我々ジェジェンは、専門の狩猟者を抱えておる。貴様らごときに用はない」

「……何でもここ最近、新しくなった大首長サマの方針で、ジェジェン国内も、色々お変わりになったとか?」


 ディルクの一言に、アル・ハーンのみならず、野営地全てに剣呑な空気が立ちこめる。


「何だと?」


 まるで猛獣の群れに囲まれたようだ。血の気の多いタリャーンの連中は、闘争になるのも一瞬の事。


 ――あの男。


 分かっていて言ったのか。それとも無知な道化者なのか。


「新たな騎士団の創設のお噂も耳にします。どうでしょう? とりあえず、話だけでも聞いていたければ、ワタクシは充分でございますよ」


 ざわ、と空気が動いた。

 どうしてその事を、こんな獣猟団ヤクトオルデンごときが知っている? それはアル・ハーン自身ですら、出立前の首長会議で知ったばかりなのに。

 場合によっては力尽くで追い払ってやろうかと考えていたアル・ハーンだったが、今の一言で目つきが慎重なものに変わった。凶暴さに獰猛さを掛け合わせたような、タチの悪い慎重さではあったが。


「ディルク、と言ったな」

「はい。ディルク・カーンと申します」

「貴様、我々がここにいる事を何故知っている?」

「ワタクシども獣猟団ヤクトオルデンの情報網を甘く見ないでいただきたいですな。国家の諜報機関でさえ知り得ないような動きも、どこよりも早く我々の耳に入ってきます。野生動物の狩猟は、早さが命ですからね」


 言っている事は成る程と言うべきだろうが、それに反して、アル・ハーンの目が異様な輝きを帯びた事に、ジョルトは気付いていた。饒舌なこの男は気付いていないようだ。


「我々がここにいるのは何故だと思う……?」


「さて、一介の獣猟団ヤクトオルデンごときでは予断しか出来ませんが、ここは既にメルヴィグ王国の領内。であれば侵略……といった所ですかな」


「そうだ。これはどこにも知らせておらん。内通者でもなければ知りようのない行軍だ。さては貴様、メルヴィグの間者であろう」


 大仰に手を振って、否定するディルク。


「まさか。ご冗談を」

「いいや、冗談ではない。我が国内に通じておる事といい、どうにも貴様は得体が知れん」

「いえいえ、そんな馬鹿な。ワタクシは本当に商談に参っただけです。第一、間者がのこのこと姿を見せますか? 間者ならば身を隠すのが普通でしょう」


「黙れ! 貴様からはあやしげな匂いしかしとらん。俺の勘がそう言っている」


 確かに。胡散臭いのは事実だ。何処からどう見ても怪しい。だが、男の言っている事も筋が通っている。実際、獣猟団ヤクトオルデンが広範な情報網を有しているのは、よく知られているところだ。



「こいつを捕まえろ!」



 アル・ハーンが部下達に号令をかけると、たちまちの内にディルクは全身を打擲され、見るも哀れに捕縛されてしまった。この男が言った通り、騎士スプリンガーとしては、三流どころか四流以下かもしれないな、とジョルトは思った。

 傍らでこれを眺めていたイムレが、ここで不意にアル・ハーンに尋ねた。

「アル・ハーン様。もしこの男が、本当にただの獣猟団ヤクトオルデンの組合長だったらいかがされます?」

「それならそれで別に構わん。メルヴィグから来た獣猟団ヤクトオルデンの一つや二つ、潰れた所で、我々には痛くも痒くもないわ。こいつをシロに、金をせびってやっても良いし、こいつの持ってたあのライオンも、売れば高値がつくだろう。こいつは危地に金蔓を見たつもりだったのだろうが、ただ阿呆な鶏が鍋の具材を背負って来てくれたようなものよ」


 そう言って、アル・ハーンは呵々と大笑し、つられて野営地の部下達も、一緒になって大笑いした。

 やれやれと顔を見合わせたのは、ジョルトとイムレの二人のみであった。

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