表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第四章『黒き獣と灰堂騎士団』
117/743

第四章 第十一話(3)『死人猿』

 死者の鎧獣騎士ガルーリッター達が、びくんびくんと蠕動をしながら、飛びかかってくる。

 不規則で、規律もまとまりもない襲い方だ。

 しかも、生前の俊敏さは、幾分か失せているようですらある。だがそれでも、脅威としては充分なほど。


 イーリオ=ザイロウは、シャルロッタを抱え上げ、後方に跳躍する。

 不気味さと相まって、イーリオはただ逃げの一手に徹していた。

 シャルロッタも、顔を蒼くして身を固くしている。ザイロウの太い腕に大人しく抱きかかえられていた。


 吠え声を上げながら、次々に襲い来る死人猿たち。

 攻撃の手はまるで休む事がなかった。


 ――畜生! このままじゃあ!


 不可解さと生理的不快感で、いまにも混乱しそうな頭を必死で生き抜くために働かせ、イーリオはこの窮地を何とか凌ごうとしていた。

 この時、焦る気持ちばかりで、彼は気付いていなかったが、ザイロウの能力のおかげで、一体十の戦力差でも、まるで余裕で躱す事が、ザイロウには出来ていた。そう、敵の死人騎士達からは、素早さのみならず、〝人間性〟とも言うべき生前の鎧獣騎士ガルーリッターらしさが、いくつか失われていたのだ。


 間断なく襲い来る凶暴な牙を、狼狽えながら躱し続けるイーリオ。

 だが、シャルロッタを抱えながら躱す事には馴れていないため、思わず歩調を乱して、たたらを踏みかける。軸足で何とか踏ん張りを利かせるも、その隙に数体の死人猿が飛来して来た。

 それまで、何とか有利に位置を取ろうとしてきたイーリオだったが、この時は条件反射で避けてしまった。


 イーリオ達は、街道横の森へと入ってしまう。


 ――しまった。


 森や林は、猿の鎧獣騎士ガルーリッターの独壇場だ。樹上を活かした攻撃をされると、今まで以上に厄介になってしまうのは必定。だが、時は遅かった。猿達は次々に森へと踊り込み、イーリオ達を包囲していく。


 ――せめて獣能フィーツァーが使えれば……。


 おそらくは無理だろう。いや、正確には可能かもしれない。だが、ネクタルが尽きてしまう覚悟で〝千疋狼タウゼントヴォルフ〟を使ってしまったとして、その結果、ここで強制的に鎧化ガルアンを解除されてしまうと、文字通り本当の徒手空拳になってしまう。蠢いていた死人猿達が、まだ残っているし、こうなると、何があるかわからない。今、鎧化ガルアンが解かれる事、ザイロウの活動が限界を超えない事は、絶対の条件である。ましてや、ティンガル戦との際に発動したという、巨大な狼へと変貌する獣能フィーツァー


 ――あんなのは、今、絶対に使うべきではない。


 底知れない威力を秘めていたとしても、その後動けなくなるのでは論外だ。それに何より、イーリオ自身、あの巨大な狼をどうやって発動させたのかも分かっていない。偶然なのか、何か別種の力が働いたのか。とにかく、今はこの奇怪な状況を何とか凌いで、バンベルグ村に行くしか方法はない。


 一騎が樹上を滑るように飛びかかってくる。

 それを身を沈めて躱すと、イーリオ=ザイロウは、次の連撃に備える。


 だが、連撃はこなかった。


 ――?


 よく見ると、大猿チンパンジー鎧獣騎士ガルーリッター達は、武器授器(リサイバー)を持っていなかった。地面を両手両足で蹴ると、再び樹上へと躍り上がる。


 ――いや、奴らは短剣の授器リサイバーを持っていたはず。


 手放した? 何故? どうして? どうして手放す? 攻撃するのに。しかも、樹間での戦闘に、短剣ほど優位なものはない。それをわざわざ手放すのは何故だ?

 疑問に答えを見出す前に、猿達は、まるで嬉々としているかのように、またはこちらを翻弄するかのように、森の中を跳び回っていた。


 ――何だ?


 何かがイーリオの中で引っかかる。

 今見た光景。その何かだ。神経を研ぎすませ、意識を集中する。攻撃を躱す神経も鋭敏にしながら。


 また襲って来た。

 これも苦もなく躱したので、首が半分ほど取れかかっているその個体は、一旦地面に降り立った。そのまま駆けて襲ってくるかと思いきや、手の甲で地面を叩いて弾みを付け、再び跳躍する。

 とことんまで、頭上からの攻撃に徹しようというのか。


 ――待て。


 待て待て。そうじゃない。何かがおかしい。何だ。今も見たぞ。何がおかしい?


 死んだはずなのに、蘇ってきた鎧獣騎士ガルーリッター達。


 手放した授器リサイバー


 猿のように樹上を跳び回る。


 そう、猿のように――。大猿チンパンジーなのだ。それは当たり前――。


 ――そうか。


 違和感の正体に気付き、イーリオはハッとなる。

 だがどうする? それ(・・)に気付いた所で、何かが変わるというのか? 何か良い案が、または打つ手が見つかるとでも――。


 ――打つ手? そう、打つ手だ。


 あるかもしれない。


 自身の閃きそのままに、イーリオはそれを即座に実行に移す。


 ――そう。僕の考えが正しければ……。


 ザイロウの小首を傾げ、僅かに感じた音源を探ろうとする、イーリオ。

 犬科の聴覚は、人間より遥かに優れてる。その優れた聴覚で僅かに聞き取った、ある音(・・・)を探り当てる。


「シャルロッタ、しっかり捕まってて」


 抱きかかえたシャルロッタに声をかけると、彼女は力強く頷いた。

 ザイロウの両足に力を込め、イーリオは高速で駆ける。


第四章の最後です。


次回からは第五章「黄金と白銀」になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ