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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第四章『黒き獣と灰堂騎士団』
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第四章 第九話(5)『磁器人形』

 陽がすっかり傾き、一日の最後の残照を名残惜しそうに山の丘陵に落とした頃、先刻、イーリオらとすれ違ったチベタン・マスティフの鎧獣ガルーと、その背に乗る人物が、街道の先に人影を認めていた。

 巨犬の背から降りたその人は、すっぽりと覆っていたフードを外し、人影が近付くのを膝を折って待つ。

 近付いてくるのも、黒灰色のローブを纏った人物と、それに並ぶ黒毛の鎧獣ガルー


 フードを外して表れたのは、艶めいた黒髪を持つ、磁器人形フィギュリンのような少女。


 やがて近付く影が明瞭になると、それは女性かと見紛うほどの、整った面差しを持つ男性だと知れた。晴れた夜空のような黒髪を長く伸ばしていたなら、誰もが女性、それも絶世付きの美女だと思っていたであろう。


「ファウスト様」


 跪く磁器人形フィギュリンが、暗い声を出す。


「手数をかけるな、モニカ」

「そんな――、滅相もありません」


 ファウストの労いに、思わず伏せた顔を上げ、潤んだ瞳で見つめ返す。それはどこか狂疾めいた色合いを帯びた、粘性のある眼差しだった。


「西方での任が終わって直ぐ、こちらに来てもらったのだ。とはいえ、お前の〝能力ちから〟を用いるまでもないかもしれんがな」


 ファウストの気遣いに、モニカは頬を紅潮させて聞き惚れていたが、やがて思い出したように表情を一変させ、再び暗い声を絞り出した。


「そもそも、ベネデットと、乞食のラフがしくじらなければ、ファウスト様の手を煩わせる事もなかったのに。……忌々しい」

「死者に文句を言っても詮ない事よ。それに、これは私自身の誤算でもあったのだからな。――まさか、使徒二人掛かりな上に、〝毒糧ゾイ・ネクタル〟まで用いて、それでも返り討ちにあうとは……、とんだ予想外であった。だが、今度はしくじりはすまい」

「はい。ファウスト様が誤るなど、天地が裂けても有り得ない……」


 大司教や他の使徒と違い、熱烈なまでにファウストに追従を贈るモニカに、ファウストはいささか居心地の悪い心持ちではあったが、それは贅沢が過ぎるというものだろう。彼に心酔してくれる、数少ない〝信望者〟なのだから。


「それで――、ライオン並みに大きい、銀毛をした狼の鎧獣ガルー、それに緑髪の少年……ですね?」


 ファウストの心中はいざ知らず、モニカは今次の目的について質問をした。


「そうだ。密書はその子供らが持っている」

「やっぱり、そうだった……」

「何だ?」

「来る途中、それらしい二人連れとすれ違いました。ひと思いに手がけておけば良かった……」

「いや、それで良い。して、ただ見過ごしただけか?」


 モニカは頭を左右に振い、薄く笑った。


「〝しるし〟は確認済み……。もう、私のマーザドゥからは逃れられない……」


 ファウストは無言で頷くと、跪くモニカの手をとった。モニカは、ファウストの手に触れた事にうっとりとした表情かおを見せて立ち上がったが、彼女にとってそれは、信心する黒母教がもたらす教えよりも、熱烈さを伴った愛撫に等しかったに違いない。


「灰巫衆もうまく尾けているだろう。僣王レオポルトの目的が分かれば、即座にくだんの子供を片付けるぞ」

「はい」

「事が済み次第、お前は私と共に東に向かう。ガエタノとアンドレアが先んじているから、我々も合流して、最後の詰めに入るぞ。いいな」

「はい」


 いつの間にか茜色はすっかりなくなり、蒼黒の闇夜の先触れが、見渡す全てを覆っていた。

 その中で、炯々と光を放つのは、彼らの鎧獣ガルーの瞳のみ。

 闇夜との間境はざかいがなくなり、彼らは世界に溶けるように消えていった。

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