第四章 第八話(5)『棘戦棍』
姿を見せたのは、黒灰色のローブを纏った人物だった。
モンセブールのガグンラーズとセンティコアの一戦が終わり、ドグが森へと足を踏み入れようとした矢先、叢を揺らして表れたのは。
黒灰色の後ろには、同色のローブがもう一人。
先に表れた一人が、声を出す。
「使徒を二人も倒すとはな……」
呟きがドグやリッキー達にも聞こえてきた。
二人? 使徒と言えば、さっきのジャコウウシの駆り手の事だろうに、二人とはどういう事だ? 不審に思うリッキーらを余所目に、ローブで全身を覆った人物は、再び続けた。
「メルヴィグの走狗どもよ。フォッケンシュタイナーの娘は頂いた。これでもう、貴様らに打つ手はない」
一同に戦慄が走る。フォッケンシュタイナーの娘と言えば、レレケの事ではないのか――?! どういう事だ?
「そうさな、今日の借りは近いうちに必ず返す。今はせいぜい、ひと時の安寧を味わっておけ」
前に出たローブが、不気味なほどの陽気な声音で告げると、後ろにいるローブ――一際背の高い――が、ボソボソと呟いた。
「オレなら、こんなヤツら……今スグ、消せる」
「焦るな。貴公の出番はここではない」
ローブ達のやりとりに、リッキーが激昂した。
「てメェら、どーゆー事だ?! レレケをどーしたってんだ、アァン?!」
リッキーを制したのは、意外にも伍号獣隊 主席官ルドルフであった。前に出、片手を翳す。だが同時に、ホワイトライオンの鎧獣、ガグンラーズも前に出ていた。
「それで? 我々がみすみすこのままお主らを逃がすと思うか?」
純白の獅子が緊張感を強くする。今にも飛び出しそうな勢いだ。
「やれやれ……。こちらがわざわざ見逃してやろうというのに」
言葉とは裏腹の陽気な口調で呟いた後、背の低い方のローブが、片手を翳した。と、後方の長身のローブが、頭部を覆い隠すフードを取る。
表れたのは男。
顔中に裂傷の跡が残る、厳めしい顔つき。歴戦の傷跡とでもいうのだろうか。赤銅色の肌と相まって、息を呑む迫力を醸し出していた。
男は、両腕を大きく広げると、何の躊躇いもなく、「白化」と叫んだ。
いきなり白煙があがる。
咄嗟にルドルフも、「白化」と告げた。
両者の白煙が掻き消えると同時に、人獣の騎士となったガグンラーズに、巨大な〝何か〟が突進してきた。
轟音をあげ、吹き飛ばされるガグンラーズ。
先ほど、あのジャコウウシとの一戦ですら、吹き飛ばされる事はなかったのに――。
「兄上!」
カレルが叫んだ。
吹き飛ばされた先の瓦礫を押しのけ、ガグンラーズが立ち上がる。その見据える先にいるのは、雄牛の人牛騎士。
ジャコウウシではない。筋肉質の黒い体表。
角は少し似た形状だが、より鋭利で逞しく、バイソンやジャコウウシよりも、力強い体躯をしていた。手には先端が棘付きの球体が付いた戦棍、いわゆるモーニングスターを持っている。
漆黒の人牛騎士、いや、その姿はさながら人牛闘士というべきか――。
「もういい。そこまでにしよう」
もう一人のローブが、人牛を制した。
「何故、だ?」
片言で、人牛がローブを睨みつける。
「〝彼奴〟の命で来たわけではあるまい? 貴公がいるのは偶々だ。お互いもっと大事な任務があるだろう」
「ついで、に、コロしても、イイ」
「今は止せよ。ここにいるのは、このホワイトライオンだけではないぞ。もうすぐクダンをやった、銀狼の孺子も来る。それにまだ、隠れているようだしな」
「構、わない。みんな、オレ、一人で充分」
「まぁなぁ、お前さんならやってのけるだろうがな。……ま、あの女の護衛もある。〝彼奴〟のためにも、今はここまでにしておけよ。な? 〝彼奴〟ならきっと、同じ事を言うぜ」
ローブの言葉に、渋々といった態で、人牛は頷き返した。
「待て……見逃すと思うか」
立ち上がったガグンラーズが、跳躍をかけようとすると、人牛がモーニングスターで、地面を強く叩いた。
有り得ぬほどの膂力。地面が抉れ。土塊が巻き起こる。それはさながら、さきほどのジャコウウシが見せた、爆発する角の獣能と同程度の威力を誇っていた。
ただの一振りが、である。
土塊に視界を防がれ、その場に居る全員が立ち竦んだ。
パラパラと土砂が落ち、土煙が晴れた頃――。
そこにはあのローブと、人牛の姿はいなかった。
まるで雲か霞にでも身を隠したかのように。
リッキーもカレルも、ほぞを噛むような思いであった。
いいようにあしらわれ、気付けば姿がいない。
そして対戦したルドルフは――無言のまま、消えていった強敵の姿を見つめていた。その白獅子の瞳に映るのは、何であろうか。それは彼にしかわからなかった。
だがそこにいる全員に共通してわかっていたのは、今の二人――少なくともあの人牛の鎧獣騎士は、桁外れの脅威となって、彼らに立ちはだかってくるだろうという、確信に近い予感であった。




