第四章 第八話(4)『千疋狼騎士団』
力が沸々と漲ってくる。
そう、今ならザイロウの自体の事も、明瞭に理解出来た。
ザイロウは極めて稀な、ネクタル燃焼型の鎧獣であるが、それはあくまで力の一端でしかない。例えば、ザイロウの放つ獣能は、肉体の何処を特異化しているというと、それは神之眼であった。ネクタルの獣能ではなかったのだ。ネクタルの高燃焼は、あくまでそれを実行する為の燃料。
神之眼の特異化など、聞いた事がない。いや、そんなものは物理的に有り得ないだろう。だが、確かにそうだと、今ならはっきりと分かる。
目の前に顕現した夥しい数の狼の擬獣。これは、神之眼を特異化・異能化し、他のザイロウの情報を呼び出し、具現化しているのだ。
それがザイロウの獣能。
千疋狼。
かつてティンガル・ザ・コーネとの戦いの際、千疋狼がいとも容易く蹴散らされたのは、情報の呼び出しが充分でなく、具現化も十全でなかったからだ。
――本当はこうだ。
ザイロウは、掲げた曲刀を振り上げ、一声、吠え声をあげる。
ウォォォ……ン
光る狼が一斉に動き出す。
「千疋狼――騎士団――」
吠え声の後のイーリオの命令を受け、狼達は数匹ごとにまとまると、大きな発光体へと変化した。光の塊は形を変え、みるみる人型へと変異を遂げる。
顕われたのは無数の人狼。
数百もの――ザイロウ――。
防具授器もなく、ウルフバードも携えていないが、それは確かに人狼の騎士だった。
「な、な、な、何なんだ……! な、何なんだ……、オ、オ、オマエは!」
一対一ではない。数百対一である。
一個の騎士団にも相当する数の人狼騎士が、一斉にクダンに躍りかかった。
クダンは冷静にこれを薙ぎ倒し、自身の獣能、〝瞬転機関〟で四方の攻撃に対処する。
その手練はさすがというべきだろう。
だが――。
人狼騎士は、先ほどまでの擬似狼とは異なり、明らかに並みの鎧獣騎士以上の戦力を持っていた。いかなクダンでも、これは多勢に無勢。攻撃の隙を見つけ、一旦体勢を立て直そうと考える。
次々に襲い来る攻撃の波を払いのけ、一瞬、僅かな間隙を見つけ出す。
これを凌ぎ、一旦距離をとる――。
戦鎚を巧みに操り、突破口を開いた。
全力で跳躍をかけた時――。
「ここが、逃走限界の距離だ」
イーリオの声がした。
四方に姿は見えない。先ほどの位置にもいない。
構うものか。今は距離を稼いで――
跳躍が跳びきらない。何だ。クダンの足が、掴まれていた。いつの間に居たのか、人狼騎士から分離した恐るべき数の狼が群がっている。
次の瞬間、ラフは意識の全てを断絶された。
頭上から降る、突き下ろしの一刀。
クダンの移動する速度が拍車をかけ、人牛の頸部から下が左右まっ二つに切り裂かれた。
勢いそのままで、人狼騎士と擬似狼を引きずりながら、クダンであったモノは、地面を転がる。
〝回転機械〟のように。
ザイロウは地に立ち、ウルフバードを血振りしたが、その刃の部分は、赤く閃光を放っていた。
これはウルフバードの持つ力。燃焼したネクタルを熱エネルギーに変え、灼熱の刃へと変化させているのだ。
父・ムスタの言葉を再度思い出す。
逃走距離。
それは戦闘でいう、間合いの事でもある。
イーリオは人狼騎士に指令を与え、敵の目から自分の注意を逸らさせた。その隙に自分を人狼達に紛れさせ、一気に間合いを詰めた。そしてわざと隙を作らせて逃走経路を絞らせ、陸生動物が最も防備の手薄な箇所――即ち、直上から必殺の一撃を放ったのだ。
投網や仕掛けで捕獲する際にも、直上が基本である。真上は、最も意識が働き難い箇所でもあるのだ。
おそらく一度きりしか通じない戦法であったろう。
だが、見た事の無い人狼騎士団の群れが相手におこさせた動揺と、ウルフバードの威力が功を奏し、この恐るべき強敵を、見事に切り伏せたのである。
「やった……」
途端に全身の力が抜けるイーリオ。
己の中に猛る炎の狼は、もういない。
「蒸解」と命じ、白煙と共に、ザイロウを解除した。同時に、霧消していく人狼騎士達。
ふと見ると、森の樹々の間から、白み始めた空が垣間見える。
その樹々の間に、銀髪の少女。
イーリオは見つめる。
その姿を見て、シャルロッタは駆け出した。
抱きつくシャルロッタ。
力の抜けた笑い声で、されるがままのイーリオ。
「ザイロウと、結印したよ」
シャルロッタは体を離して、頷く。
「やっぱり貴方は……」
「……何?」
何かを言いかけたシャルロッタだが、その後が続かない。何故だろう。記憶に蓋がされたように、言葉にできないもどかしさがある。
けれども分かった事がある。やっぱりこの人こそ、探していた人だ。間違いない、と。
「ううん。何でもない。それよりイーリオ、これからは、あたしがイーリオとザイロウに力を与えるからね」
「? ……結印したから、それはもう……」
「だから、〝力〟を与えるの。あたしはザイロウとイーリオの〝巫女〟だから」
何を言っているのか、さっぱりわからない。けれども〝巫女〟という響きに、何か脳裏に疼くものを感じるイーリオだったが、それはシャルロッタ同様、もどかしさをもって形に出来なかった。
そこでイーリオが、彼女の懐に入っている革袋に気付いた。その視線で、シャルロッタも「あ」と思い出す。
「これは……?」
革袋を取り出し、イーリオに突きつける。
「大変。レレケが」
「レレケが?」




