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ナンパ師の男

作者: 赤羽 翼



 茶色に染めた髪を持つ若い男はテレビのニュースを見ていた。男の住む市内で殺人事件があったようだ。

 アナウンサーが淡々と概要を話していく。


「昨夜未明、○○県××市で、帰宅途中だった二十代の女性が何者かに刃物で刺され殺害されました」


 映像が切り替わり、殺害現場と思しき住宅街が映し出された。画面の下部にも被害者の顔写真が差し込まれる。

 長い黒髪の、切れ長の目をしたかなりの美人だった。


「殺害されたのは、市内の銀行に勤める秋園あきぞの紗耶香さやかさん二十五歳。秋園さんは帰宅途中、何者かに刃物で複数回刺され殺害された模様です。警察の調べによると、秋園さんは声を変えた人物から電話を受けるなどのストーカー行為を頻繁に受けていたようで、事件との関連を調べているようです。

 繰り返します――」


 男はムカッときて、テレビを切った。ストーカーという単語が嫌いなのだ。

 男は朝食のトーストを平らげると、休日の街に繰り出した。目的地は隣の市にある公園。今日その公園では、朝早くから割と人気のバンドグループが無料で野外ライブを開いているのだ。


 ただし、男の目的はそのバンドではなく、


「やっぱりいるねぇ……。女子!」


 女をナンパするためである。このバンドグループは、少し前にもこの公園で野外ライブを行っており、男はその際に合った女性が忘れられないのである。

 当然、その女性をナンパしたのだが、相手にされなかった。


「にしても、結構な短期間で無料の野外ライブをするって……、人気ないのか?」


 男三人、女二人のバンドグループを見ながら呟いた。彼ら彼女らはステージで、男も聴いたことはある曲を演奏している。

 メディアでも割と見るグループなのだが、このようなことをよくやっている。

 ファンサービスが凄いのか、売れすぎているから余裕があるのか……。男にはどちらか分からないが、前者だろうなと思った。


 男は曲を聴き流しつつ、一人できている女性を捜す。

 すると視界に一人の女性が入った。木にもたれかかり、冷めた目つきでステージを眺めている。手にはピンク色の小ぶりのハンドバッグを下げており、黒いTシャツを上半身にまとい、下にはデニムのパンツを穿いている。


 なによりも、容姿が男の好みだったのだ。

 迷わず声をかける。


「こんにちは。今日は一人できたの?」


 できる限り爽やかな笑顔で言う。男は見た目にはそれなりの自信があるのだ。

 女は視線を男に巡らせると、


「そうですけど……」


 演奏にかき消されそうなほど小さな声で返した。


「Re:member好きなの?」

「普通……」


 やりにくいな、と男は思った。この日のためにバンドのことを調べてきたのに、相手の反応がこれでは意味がない。


「でもここにきてるってことは、気にはなってるんでしょ?」

「……それなりに」


(人見知りなのかな……?)


 人見知りとなると、ナンパは至難の技だ。だが、勢いで押せば可能性は高い。


「よかったら、俺がバンドについて教えてあげようか?」

「……どっちでも」


 案外人見知りではないのかもしれない、と男は思った。

 男は腕時計を確認する。家を出た時は七時を少し過ぎたところだったが、電車移動と駅からの徒歩、公園をうろついていた時間などで、十一時を回っていた。


「もうすぐ昼休みになるからさ、飯食いながら教えてあげるよ」


 女は無言で頷いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 二人はファミリーレストランで昼食を取っていた。

 女は自身を林田はやしだ智子ともこと名乗った。

 男も自己紹介を済ませる。


「Re:memberは二O一O年にメジャーデビューしたんだ。それ以前はストリートで活躍してたんだけどね」


 男はウィキペディアを見て得た知識を得意気に話していく。


「最初はあんまり売れていなかった。曲はよかったんだけど、宣伝が弱かったんだ。でも、『群青』って曲がヒットしてから、その人気は鰻登りなんだ」


 女は長い黒髪を耳にかけ、黙ってパスタを食べている。聞いているのか無視しているのか分からない。

 男はやりにくそうな表情を浮かべる。


(なかなかの強敵だな……)


「なにが……」

「ん?」

「曲はなにが好きなんですか?」


 初めて彼女から質問が飛んできた。


「俺は『reduce』が好きだよ。CMソングにもなってるから、知ってるよね?」


 女は無言で頷いた。

 男もハンバーガーを食べていく。

 お互いに昼食を終えると、会計に向かう。女はバンドバッグから財布を取ろうと、ジッパーに手を伸ばす。が、途中で手が止まる。


(財布忘れたのか……? まぁ、もともと俺が払うつもりだったし)


 手で制止し、男は二人分の金を払った。

 その後は再び公園に戻り、Re:memberの演奏を聴いた。この日のためにバンドの知識を憶えただけの男だったが、今日の演奏で完全に心を掴まれた。


 ロックやジャズ、バラードなど様々な曲を演奏できる。ボーカルの歌唱力は当然のように高く、ベースやギターのパフォーマンスも冴え渡っている。

 男は決めた。


(帰りにアルバム買お)



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 公園は大勢の人で溢れ、ライブは大盛況のうちに終了した。これで無料なのだから、少し心配したくなる。

 冬が近いため、周囲は既に暗くなっている。

 男は言う。


「メアドでも交換する?」


 ダメ元のつもりだった。しかし、女はその鋭い目を向けると、ポケットからスマホを取り出した。


(うおおおお!! 脈有りか!?)


 メアドと電話番号を交換した。男はたたみかける。


「どうせなら、家まで送ってあげようか?」

「それは、悪いです」

「いやいや。なんか物騒じゃん? この辺で殺人事件起きたんでしょ」

「……?」

「朝のNHKのニュースで言っていたんだけど、買い物帰りの女性が包丁で何回も刺されて殺されたんだ。女性のマンションの電話に、誰かから何回もボイスチェンジャーで声を変えた人物から電話があったそうだよ。警察はその線で調べてるらしいけど、もし犯人が通り魔だったら危険だし」


 女はしばらく黙っていたが、やがて一緒についてきてくれるよう頼んできた。

 男は心の中でガッツポーズをした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 人通りの少ない住宅街を歩いていく。想像以上の寒さに、男は身をよじる。


(これはひょっとすると、いけるかもしれないな……)


 期待に胸を膨らませる。

 すると不意に女が男の前に出た。向かい合う形になる。


「どうしたの?」

「あの、さっきの事件で少し聞きたいことがあるんですけど……」

「いいけど、さっき言った以上のことは知らないよ」

「大丈夫です。たぶん、知ってると思うので……」


 女は真っ直ぐ男を見据え……、




























「あなたが犯人ですか?」






「は……?」


 一瞬、心臓が激しく動悸した。目を見開き、口を曖昧に開いたまま固まった。

 無理やり笑顔を作る。


「なにを言っているんだい? そんなわけないじゃないか……」

「朝のニュース。私も見たんですよ」

「…………」

「女性は刃物で刺されて殺害されたと報道されていました」

「……それがどうしたの?」

「あなたは、なんていいました?」

「…………?」

「あなたは女性はで刺殺されたと言いました」

「い、いや……、刃物って聞いたら包丁が出てきたから。一般的だしね……」


 なんとか誤魔化す。


「まだあります」

「え……?」

「ニュースでは女性は帰宅途中に殺害されたと言っていました。けど、あなたは先ほど女性は()()に殺害されたといいましたよね」


 男は答えられなかった。


「何故買い物帰りと知っていたんですか? 仕事帰りかも知れませんし、まったく別の用事かもしれません。確かに、女性は買い物帰りに、包丁で殺害されていました。

 どうして知っていたのか……。それは、女性を尾行していたから。女性はストーカー被害に合っていたとニュースで言っていました。あなたは、ストーカーという言葉を使っていませんでしたね。ストーカーは、自分をストーカーとは思いませんから」


 確かに男はストーカーという言葉は嫌いだ。男は、ただ声を変えて電話をかけたり、無言電話をしたり、家のポストに手紙を詰め込んだだけなのだから。


「他にもありますよ。ニュースでは女性がマンションに住んでいるとまでは言っていませんでした。なのにあなたは知っていた。ストーカーだったから」


 半歩後ずさる。


「声を変えた人物から電話がかかってきたとは言っていました。けれど、ボイスチェンジャーで声を変えたとは言っていません。ヘリウムガスかもしれませんよ?」

「な、何者なんだ……あんた……」


 女は――男の好みの見た目の女は――黒い長髪で切れ長の目を持った美人の女は、バンドバッグから包丁を取り出した。


「私の本当の名前は秋園摩耶香(まやか)。お姉ちゃんから聞いたわ。Re:memberのライブ中にナンパされたこと。ストーカーがあなた以外に考えられないことを……」

「や、や、やめてくれ……」

「もしかしたらと思って待ってみたら、本当に話しかけてくるとはね……」


 澄んだ夜空を照らす月光で、包丁が怪しく光っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大分前に読ませていただいたのですが、評価・感想が遅れてしまいましたorz 赤羽様の小説は、大きな船で安全な港に連れていってくれるような、心地よい安心感があります。こちらの作品も、その安心感…
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