銀狼は狂騎士を見る
‡麗沙‡は〈D.D.D〉本部の食堂で食事をしていた。
食事と言っても、ステーキに見える物に塩をかけて食べているだけで、単なる栄養補給の意味合いが強い。
何を食べても同じ味というのは、やはり日々のモチベーションを確実に下げるということを彼女は身を持って体験しつつ、食べ終えた後に日本に来てから染み付いた動作で手を合わせ、ごちそうさま、と呟く。
「麗沙、ちょっと良い?」
ふと、そのタイミングを見計らっていたように麗沙に声をかけてきた者がいた。同じ〈D.D.D〉メンバーのキャンデロロだ。同性ということもあってそれなりに麗沙と親しくはある。向こうが勝手に麗沙を気に入ってるというのもあるが。
キャンデロロは返事を待たず、テーブルを挟んだ向かい合う席に座ると、麗沙の前に資料の束を置いた。
「なんです?」
「まぁ、読んでみ」
促されるまま麗沙が資料に目を通しはじめる。
内容は簡潔にここ最近活動が活発ないくつかの悪質PK、またはPKグループに関しての情報だ。
「PKですか」
「そそ。〈D.D.D〉にも被害出てるっぽくて、討伐PTをいくつか編成するらしいのさ。それに参加しないか誘いに来たわけ。あんたのタンクとしての腕は優秀だし」
「それはどうも」
麗沙自身、別に参加することに異論は無い。この世界での戦闘には既に慣れた。PKと交戦した経験もある。
とはいえ、食事のせいでは無いと思いたいが、イマイチモチベーションが上がらないのも確かだ。
「他のメンバーは?」
「アタシとータナカサンとー須佐×2とークレ兄弟」
「ん?そのPTに私を誘うんですか?随分防御に寄ったPTですけど」
麗沙は〈守護戦士〉である。
ほぼ最上級グレードの片手盾にHP吸収効果のある片手槍、さらにスキル構成なども含め、かなり過剰に防御や味方の防衛に寄った、防御特化ビルドの〈守護戦士〉だ。
それも近接武器の中でも基礎攻撃力の低い ─しかも両手では無く片手武器なので余計低い─ 槍をメインウェポンにしているため攻撃能力は殆ど無い。
レイドランクエネミーの攻撃にも正面から耐え切る防御力は味方の大きな支えだし、麗沙自身このビルドに後悔はない。
後悔はないが、最近雑魚すら倒すのに手間った時には少しだけ悩んだ。
悩んだだけだが。
「タナカサンは〈妖術師〉だから良いとしても、ずっさんは盾持ち〈盗剣士〉、クレ兄弟は兄も弟も両方〈施療神官〉。貴方は〈武闘家〉ですが……あまり攻撃力は高く無かったと記憶しています」
「そうなんだよねぇ……まぁでも他に誘える人はみーんな別クエ中らしいし」
「貴方の人望が無いだけでは」
「ウッ……」
テーブルに胸を押さえて突っ伏したキャンデロロを横目に、麗沙は資料を読み進めていく。
そこでふと、見覚えのある名前を見つけた。
「キャンディ、このPKは?」
「うん?ああ……なんか、実力の高そうな奴や高レベルの奴を積極的に襲ってるとかなんとか。ギルド単位で活動してそうなんだけど、所属ギルドの表示が無いんだよねぇ。おかげで実態が掴めなくて。ウチのも何隊かやられてる。ただ、PK側のPT構成が変わっても必ずソイツはいるらしい」
「必ず?」
「そう……何?知り合いだったりするの?」
麗沙は資料に目を向けたまま答えた。
「そうですね。よく知ってます」
資料に載っているPKの名前は、“夢見る弩砲騎士”。
職業は〈守護戦士〉。だが、前衛に出てくることは少なく本人の戦闘参加も多くない。
主武器は弓系最上級の弩砲。戦士職とは思えないほどの攻撃力を誇るが連射性能、速射性能は最低。戦闘時は素早い近接戦闘を挑むことを推奨。
資料に書いてあることなど、既に知っていることばかりだ。
「ふーん、知り合いかー……興味ある感じ?」
「それなりに。フレンドですし」
「PKとフレンドなの!?」
「別にPK全員が悪い人じゃ無いでしょう……この資料に載ってるのは悪質PKみたいですし、〈大災害〉後のPKは暗に自重すべきだと思いますが。あとゲーム時代はこんな悪質PKする様な人じゃありませんでしたからね」
麗沙の言葉通り、彼女と弩砲騎士はフレンドだ。
防御特化の麗沙と攻撃力特化の弩砲騎士は、〈守護戦士〉×2などと言う地雷みたいなPT構成でもほぼ無駄無く機能する程に正反対のビルドである。さらに言えば弩砲騎士はレイダーでは無いので、〈D.D.D〉メンバーとしてレイドに良く参加する麗沙とは余り接点は無い、はずだった。
麗沙自身は〈守護戦士〉のコンセプトから逆行する彼のビルドを理解できないので特に思い入れは無かったが、弩砲騎士が何故か麗沙を気に入って良く声をかけてくるのだ。
弩砲騎士のプレイスタイル ─弩砲騎士が適当に声をかけて遊ぶので最終的に大人数で遊ぶことになる─ や麗沙も大概暇だったので良くPTやレイドを組んで遊んでいたものだった。
自分を気に入ってくれている相手なのだ。嫌いなタイプでも無いので良く覚えているというものである。
「悪質PKする人じゃ無いの?じゃ、なんでこのリストに載ってる訳?」
「心当たりはあります」
「え、ホント?何?」
読み終えた資料をパサリとテーブルに置いてから、麗沙は心当たりを口にした。
「単に強い人と戦いたいだけでしょう」
キャンデロロはその言葉を良く聞いてから
「え、それだけ?」
と、唖然とした。
「恐らく。自分の強さを誇示する様な人ではありませんが、自分の腕が上がることに喜びを覚えるタイプでしたから」
「戦闘狂なの……?」
「戦闘狂ですね。とはいえ、正面から戦うのとチマチマとした小細工を行うのと両方好きな変わった人でしたけど。案外、PKを行ってるのも戦闘系ギルド所属のプレイヤーをこうして引き摺り出して戦うのが目的だったりするかもしれません」
「わーお……」
麗沙は水の味しかしないジュースを飲み干すと、少し顔をしかめながら
「分かりました。討伐部隊に参加します」
「ホントかい!やった!」
キャンデロロは踊り出しそうな喜びを見せて麗沙に手を差し出した。
麗沙もその手を差し出し、キャンデロロと握手をかわす。
「ありがとう、麗沙。じゃあ、よろしくね!」
「こちらこそ」
「いやー良かった良かった。んでも、麗沙にもフレンドいたのねぇ」
「いますよ、失礼な。むしろキャンディにフレンドいるんですか」
「グフッ……」
キャンデロロはあれほどまでに輝いていた喜びの感情を消し去り、悲しそうな表情でテーブルに再び突っ伏したのであった。
‡麗沙‡のキャラクターシートは以下になります。
使用の許可を下さった月影れあなさんに感謝を。
▼‡麗沙‡
http://lhrpg.com/lhz/pc_status?id=7725