煽動
PK達との間に沈黙が流れる。
それからややあってから、弩砲騎士が話を再開した。
「お前達、何のためにPKを標榜しているんだ?楽しいからだろう?戦うことが、勝つことが。これ以上無いほどに」
「なに……」
「自分達と同じポテンシャルの相手を襲い、叩き潰す。そして脳髄を駆け巡る“俺達の方がお前達より強い”という事実……これほどの快感があるか?」
熱に浮かされた様に段々言葉に熱がこもり、大袈裟な身振りも混じり始める。
一緒に振り回された弩砲を、隣の清祥がひきつった顔で避けていたが。
「ゲーム時代、一人で複数人を相手にするなど無理だった。しかし、この世界では違う」
隙ありとかかってきた〈盗剣士〉の剣をその腕でいなし、軽くその腹を踏みつける。
「こんな攻撃をいなすなんてことも無理だった。HPダメージを受けるだけだ。だが、今は違う。本来ならダメージを喰らう攻撃もこんな風に受け流すことができる。戦い方は無限大だ。すべては個々の発想力次第」
放れたところから撃たれた魔法は弩砲を叩きつけかき消した。その隙をついて突撃してくる〈施療神官〉にはタックルを行い、攻撃の手を封じる。
「これほどの近距離で武器を振るえなくなるなど、ゲーム時代には無かった。そこの〈付与術師〉……カランドリッツだったか?彼の魔法にはHPダメージだけでなく、精神ダメージという目に見えない効果がある。これも、ゲーム時代には無かったことだ」
「そ、そうだ!なんで効かないんだよ!」
「むしろ、何故効くと思った?」
「そりゃ、今まで……」
「今までは効いていた。そうだろうな。しかし、これからは違う。〈冒険者〉は肉体が常人より遥かに強化されている。だが、強化されているのが肉体だけだと思うか……?それだけで、平和ボケした俺達が、生物相手に戦えるのか?」
そこで、バラパラムが口をはさんだ。
「……精神が、強化されているんですね」
嬉しそうに弩砲騎士は肯定した。
「そうだ!今までの相手はPK慣れしていない、ただの雑魚だ。お前は戦い慣れしていない連中の、混乱した精神につけこんだに過ぎない。気を強く持てばバッドステータスでも無い限り効きはしない」
「だって〈ブレインバイス〉は効いたじゃんか!」
「そりゃあ、〈ブレインバイス〉はバッドステータスが付与されるからな。あれは効いたぞ」
兜に隠れた視線が、嬉々として鬼気とした感情を込め、カランドリッツを射ぬく。それは、今まで格下としか戦っていないカランドリッツを心底怯えさせるに充分な威圧だ。
とはいえ、今の弩砲騎士に積極的に彼らを害するつもりは無い。
「だが、あれで慣れた。次はもっと上手くやってみせよう」
誰かが、ゴクリと唾を飲んだ。どんな感情を飲み込もうとしたのだろうか。しかし、彼らから目の前の全身鎧の〈守護戦士〉に対する畏怖は消えない。
「分かるか?戦えば戦うほど強くなる。どこまでも、だ。ゲーム時代ではゲームバランスの限界により本当の意味で手に入れることの出来なかった“最強”という称号が、この世界なら手に入れることが出来る」
確かに、ゲーム時代でも最強と呼ばれるプレイヤーはいた。〈黒剣騎士団〉のギルドマスター、アイザックなどがそうだ。
しかし、彼はレイド戦を主とするレイダーであり、例えば対人に特化したプレイヤーと一対一で戦えば勝率が100%ということは無いだろう。
本当の意味で最強を決めるなら全てのプレイヤーと戦い勝利すれば良いわけだが、それでも実力だけでは覆せない相性差などがある。
弩砲騎士にしたって、その特異なビルドのせいでゲーム時代は真正面切っての戦闘は苦手であり、そこそこ腕が立つ戦闘プレイヤー程度の認識だった。最強など夢のまた夢。
だが、この世界では例え相性差があっても実力だけで覆せる。
自分が強ければ、誰にも負けない。
「なんだそりゃ……俺ツエーしたいってのか」
「そうかもしれん。一騎当千の存在になる、と言っているに等しいからな」
馬鹿げている。が、この〈守護戦士〉はそれを本気で夢見ているのだ。弩砲騎士の連れる〈吟遊詩人〉と〈神祇官〉が全く動じていないことからも、そのことが伺える。
「じゃあ……この状況から俺達全員倒すつもりか?一斉に襲えば、幾らあんたでも無事じゃないだろ」
言いながら機巧侍は冷や汗を流す。事実を言っているはずだ。だというのになにか、目の前の〈守護戦士〉をPK達が打ち倒すビジョンが浮かばなかった。
正真正銘の戦闘狂だ。きっと、一人も見逃してはくれまい。
「いや、既にそのつもりはない」
「は?」
だから、弩砲騎士の言葉にその場のほぼ全員が疑問符を浮かべた。
戦おうと言って、戦わないと言う矛盾だ。
だが、疑問はすぐに解決した。
弩砲騎士が、手を差しのべながら答えを述べたからだ。
「お前達……俺と一緒に最強を目指さないか」
「はぁ!?」
カランドリッツが目を剥いた。他のPKも同じだ。
ただ、清祥とバラパラムはやれやれとばかりにお互いに頭を抱えていたが。
これは、昔からある弩砲騎士の悪い癖なのだ。気に入った相手を、誰かれ構わず仲間に加えようとする。
〈ドリホリ〉時代、彼と共にあったプレイヤーの半数は、弩砲騎士本人が気に入って声をかけた連中だった。
故に、バラパラムや事情を知っている清祥にとっては、またか……、という心境である。
PK達が躊躇しながらチラと機巧侍を見た。ギルドマスターは機巧侍なのだから、この反応は当然だ。
「ふ、ふふ……」
見ると、機巧侍が震えて笑い出している。これにはカランドリッツ他のPK達も怪訝な顔をしてちょっと引いた。
ニカリとした笑顔を浮かべて機巧侍が顔をあげる。
「その話、ノった!俺はあんたに着いてくぜ、弩砲の旦那!」
弩砲騎士の手をスパンと弾く。割りと痛かったがそんなことはおくびにも出さない機巧侍は、弩砲騎士に着いていくことを高らかに宣言した。
バラパラムは、あまりに簡単にPKに慣れた自分の経験から、精神が強化されていることに気付いていたのかもしれない。