攻勢
酷く重低音に響く声をあげ、夢見る弩砲騎士の動きが止まる。
清祥は苦虫を噛み潰した表情のまま、特技発動後のほんの僅かな硬直を見せるカランドリッツに手にした札を投げつけた。
清祥が得意とする、“霊符”と呼ばれる消耗アイテムを使った戦法だ。瞬間的なものではあるが、発動する特技や行動に様々なバフをしてくれる。
周囲を見渡せば、視界に入る敵PKは近接武器を持った奴だけだ。その中でも近くにいるのは、槍を持った〈武士〉。名前は機巧侍。種族は〈法儀族〉。近くにいるとはいえ、一瞬で詰められる距離でも無く、〈法儀族〉にもそんな種族特技は無い。
それを癖の様に瞬時に確認した清祥は、そのまま呪文の詠唱に入る。
「“勾玉は禍魂に……”」
「残念」
だが、一瞬の詠唱に入った瞬間、清祥の身に太い矢 ─さすがに弩砲の鉄矢と比べれば普通の矢だ─ が突き刺さった。
驚愕に目を開けば、先程まで槍を持っていた〈武士〉、機巧侍がその手に弓を構えている姿が視界に入る。
バカな、と清祥は思う。この一瞬で装備を変更するなど出来るはずがない、と。
その視線の先で機巧侍が構えていた弓が音を経てて、槍に変形した。
機巧侍とは良く言ったものだ。その武器はまさに、カラクリ仕掛けのイロモノであったのである。
「やれぃ、カランドリッツ!」
「へへ、〈付与術師〉の魔法、結構苦しいっしょ!もう一発喰ら……」
カランドリッツが〈猫人族〉らしく俊敏に立ち回り、今だ動きを止める弩砲騎士の背後に回った直後。その顔面に森から飛び出したバラパラムのドロップキックが蹴り込まれた。
「んな゛っ」
「カランドリ……っ!」
予想外の事態に叫んだ機巧侍の目の前にも、銀色とまだヌラヌラと血に輝く剣が突きつけられる。
「動くな」
無表情の顔に返り血も浴びずそこに立つバラパラムに、機巧侍が冷や汗を流す。
だが、そのバラパラムもすぐに剣をおろした。
理由は単純に、弩砲騎士が制したからである。
毎回こうだな……と思いながらもバラパラムは特に反感を覚えることなく従った。
「ごほっ……たく、痛いもんだな。これでバッドステータスも回復したはずだ」
「ああ、助かった清祥」
バラパラムの撹乱を受けて散り散りになったPK達が集まってくるが、弩砲騎士の謎の行動に何かあるのでは無いかと警戒して慎重にこちらを取り囲んでくる。
「……な、なんのつもりだ?」
「というか、あの〈守護戦士〉大してHP減ってねーじゃねーか。これだからエンクは」
「うるせー!エンクバカにすんなし、バーカバーカ!!」
無駄口を叩きながらもPK達は油断していない。
そんな中で、弩砲騎士が口を開いた。
「そこの〈武士〉、そして〈付与術師〉。お前らがギルドのマスターか?」
「お?まぁ、そうだがの……俺がギルドマスターだ」
答えたのは〈武士〉、機巧侍の方だ。
「やはりそうか」
「だから何だと」
「いや……もっと骨のあるところを見せてくれ」
弩砲騎士の後ろから、バラパラムや清祥にも気付かれず忍び寄っていた〈暗殺者〉の身体を、後ろ向きに構えられた弩砲から放たれた鉄矢が貫通した。
さらに連続して他のPKも襲ってくるが、そちらは流石にバラパラムと清祥も反応しているため先の〈暗殺者〉程の脅威は無い。
弩砲騎士はその中の一人の腕を掴み引き寄せると、その口に火炎瓶を捩じ込み地面に転がす。すると、瞬き程の時間も経たずに火炎瓶が爆発した。
「あがぁっ!あ、あ、あぁぁおおあ!!」
ダメージ自体は大したことないが、自らの口を内部から焼かれる感覚に犠牲となったPKは悲鳴をあげる。そのPKを弩砲騎士はカランドリッツと機巧侍の下に蹴り飛ばすと、何の感慨も抱いていない声色で喋りだした。
「どうした。何故お前達はかかってこない。俺の弩砲は矢の装填に時間がかかるのも調べてあるんだろう?今は既に弾切れだ。絶好のチャンスじゃないか?」
「な、な……舐めんなコイツ!」
バカにされてると感じたのであろう、カランドリッツが突っ込んでくる。弩砲騎士はガントレットに包まれた腕でカウンターを狙うが、やはりスルリと抜けてカランドリッツが弩砲騎士に肉薄した。
そして鎧の隙間に短剣をつきこみ、再び魔法を発動させる。
「〈マインドボルト〉!」
バチリ、と魔法のエフェクトが弾ける。カランドリッツはニヤリと笑い、〈守護戦士〉にダメージを与えたことを確信した。
ゲーム時代とは違い、〈付与術師〉の魔法はダメージを与えた〈冒険者〉の精神にも影響を与える。故に、HPダメージが少なくてもそれは決してバカにならない効果をもたらす。
これまでのPKでその効果の程を確認していたカランドリッツだが、だからこそ次の瞬間に自分を吹き飛ばす様に振り回された弩砲に反応できなかった。
「痛ぇ!なんで!?」
「バッドステータスでも無いのに、過信しすぎだな」
「怪物めが!」
機巧侍が槍に変形させた武器を、弩砲を振り切った体勢の弩砲騎士に降り下ろす。〈一刀両断〉を発動させた一撃は、確かに弩砲騎士にとって脅威のはずだ。
「なっ」
だが、弩砲騎士は特技発動のエフェクトで輝く槍を自ら掴み取ると、削れるHPには目もくれず片手にしていた弩砲に特技を発動させた。
〈オーラセイバー〉……例えそれが白兵武器であろうと無かろうと近接攻撃に変える戦士職共通の貫通攻撃特技である。
特技の発動に起因する誘導により、光輝く弩砲が機巧侍の側頭部に容赦なく叩き込まれた。
「ぐおぁ!」
「中々良い攻撃だ。しかし、まだ覚悟が足りない」
自分の出血すらいとわずに対峙した相手を叩き潰す。
バラパラム曰く“狂っている” ─これに関しては清祥も弩砲騎士も認めている─ 戦い方は、異様な迫力を醸し出しながらPK達をある種、恐怖 ─もしくは畏怖─ させていた。