PKギルド
ギルド。
オンラインゲームにおいては、共通の目的を持ったチームのことであり、PTよりも広く大きな集まりのことを指している。
無論、〈エルダーテイル〉も例外ではない。
単なる知り合いの集まりから、生産系、戦闘系、カジュアル系、〈ドリホリ〉の様なネタプレイヤーの集まりだってある。
多種多様なギルドの中には、時にPK達の集まるPKギルドと呼ばれるものもあるのだ。
そして今、夢見る弩砲騎士、バラパラム、清祥の3人はとあるPKギルドの襲撃を受けていた。
*****
初めてのPKからさらに数日のこと。
精神的に憔悴したバラパラムの回復を待ってから、弩砲騎士達はPK活動を再開した。
モラルの無い戦い。そんなことは今のアキバでは日常茶飯事であり、誰もが自らの身を満足に護ることすら出来ないまま、日々を怯えて過ごすだけ。
〈大地人〉達が希望としていた衛兵達も、システムとして〈冒険者〉を裁くのみで、〈大地人〉達の希望は程無く失望へと変わった。
暗い雰囲気が街に蔓延し、〈冒険者〉達は死んだ目をしたように過ごしている。それでも懸命に生き足掻こうとする者達もいるが、それは出来る力を持つ者達の特権だ。大多数の者達は無気力に日々の呼吸を味わっていた。
悪い雰囲気だが、同時にこれ以上無いほどの良い雰囲気でもあると弩砲騎士は感じる。下がりきった今が、目的を果たす好機だ。
ただひたすら戦いたい、という目的を。
そしてまた、戦いの予兆は向こうから歩いてくる。
「……あー」
三人が幾度かの狩りを終えて、次の目標を探して様々なゾーンをうろついていると唐突に清祥が足を止めて声をあげた。
「なんだ?」
「待ち伏せされてるな。ん?いや、後ろにもいる。待ち伏せは撤回しよう。囲まれている」
「……何故、分かる?」
弩砲騎士の疑問に、清祥がとぼけた無表情でその手に小さな人の形をした紙の札を出現させる。
それをクルリと放ると、まるで生きているかの様に何処かへ飛んでいった。
「〈式神遣い〉だ。ネタ特技だったはずだが……どうやら、ここでは式神の感覚と術者の感覚を同調できるみたいでな」
「それはまた……便利になったな」
「まぁな。で、式神を飛ばして次を探してたんだが……」
「別のが引っ掛かった、と」
「うん、そうだ」
「……どうするんです」
バラパラムが口を開くと、三人の足下に矢が突き刺さる。遅れて、魔法の光が見えた。
この時点で、既に三人の取りうる選択肢が狭まっている。
「御丁寧に戦闘開始の合図をしてくれたらしい。構えろ」
「おいおい……相手は二桁いる。この間とは逆に奇襲受けてるのは俺達なんだぞ。勝つ気か?」
「〈西風〉と〈黒剣〉のギルマスは二人で20人のPKを仕留めたそうじゃないか」
「なぁバラパラム、この似非さまようよろいになんとか言ってくれ」
話にならんと清祥はバラパラムに話を振った。そもそも、人数で上回る相手に勝つのはゲーム時代はトッププレイヤーでも酷く困難なことだったのだ。ゲームバランスの賜物かもしれないが、経験を元にするならとりあえず逃げるか死んで神殿に戻った方が現実的だと清祥は思っている。
だが、話を振られたバラパラムは至って冷静な顔で
「林の中に行ってきます。援護は任せました」
そう言って一人で周囲の林の中に姿を消した。
何の躊躇も無く殴り込みに言ったバラパラムに清祥は唖然として、少しニヤついた口元を手で隠す。
「あいつ、慣れてきてるな」
「いい傾向じゃないか。これで、俺達の勝率は上がったんだ」
清祥は面白くなさそうに舌打ちすると、傍らの戦闘狂に敵の位置を指示していく。
的確に……とはいかないが、弩砲騎士の放つ弩砲の鉄矢は確実にPK達に影響を与えていた。
遠距離から散発的に放たれる攻撃は清祥の障壁と弩砲騎士の鎧の装甲の前に弾かれていく。もっと連続で放てば効果もあるだろうが、そこは敵を撹乱する役目を負うバラパラムの働きの効果が出ていると見るべきだろう。
「直撃確認。次弾装填。発射」
淡々と攻撃を続ける弩砲騎士は、倒したPK達のステータスから自分達を襲う連中について情報を集めていた。
ギルド名は全員同じ。下手なPK連中よりも統率と連携が取れている。
「こいつら……PKギルドか」
弩砲騎士が口に出すよりも先に、清祥が彼らの正体を口にした。弩砲騎士も同じ結論に達てしている。今襲ってきているPKは、PKが集まって作ったギルドなのだ。
大方、たった三人で幾度もPKを行い、それなりに消耗して、それなりに稼いでいる筈 ─大半のプレイヤーは死んでも大事な物をドロップしない様に銀行にアイテムを預けているので実際には大した稼ぎでは無い─ の弩砲騎士達を狙ってきたのだろう。
油断はしていたが、全員で襲ってきたところから弩砲騎士達を弱い相手だと見ていないことは分かる。その点においてこのPK達を評価した弩砲騎士は、ふと思い付いたことを清祥とバラパラムにパーティチャットを通じて伝えた。
「こいつら、なるべくこっちに追い込め」
「……え?」
「は!?何言ってんだお前は!後衛二人だぞ!いくらお前が〈守護戦士〉つったって、後衛なのに変わりはねぇんだ!それに特に俺の防御は紙で……」
「こいつらのボスと話がしたい」
そう言うと、弩砲騎士は弩砲を撃ちながら正面のPK達に突撃していく。清祥は溜め息をつき、弩砲騎士を追いかけた。
彼が何を考えているのかは分からないが、人の話を聞いて撤退してくれるとも思えない。清祥一人じゃ撤退は厳しいのは分かっていた。結局最後まで付き合うしか無いのだ。
「何を考えてる!」
「一番楽しくなる方法だ」
PK達が一斉に攻撃を仕掛けてくる。魔法や射撃攻撃の他に、近接攻撃が加わるためにより攻撃は激しくなっていく。
弩砲騎士が腕を持ちあげると、そこに短剣がぶつけられる。〈守護戦士〉の着る重鎧らしく、その小さな攻撃は弾かれていた。それでも短剣を引く様子は無い。
訝しく思った清祥は相手を見る。
種族は、二足歩行する猫の様な見た目の〈猫人族〉。性別は良く分からないが多分男。名前は“カランドリッツ”。
職業は……〈付与術師〉。
瞬間、弾かれた様に清祥は声をあげていた。
「…っ!どほおさん、離れろ!」
「遅いっつーの。〈ブレインバイス〉!」
短剣から放たれた黒い光の柱が、弩砲騎士の精神をかきみだしながら全身鎧に包まれた身体を包み込む。
魔法攻撃。それは、弩砲騎士の様な重鎧を装備したキャラクターが最も苦手とする攻撃であった。