人殺し
軽い残虐描写アリ
アキバから程近いとあるゾーン。
周囲を森とも林ともつかぬ木々に囲まれた広場で、〈冒険者〉同士が戦っていた。
片方はヨタヨタとした慣れない動きで防戦する6人PT、片やニタニタとした笑みを浮かべながらデタラメに、しかし力強く襲いかかっている10人組。
言わずもがな、襲いかかっている10人組がPKだ。
PK達は『〈冒険者〉は死んでも復活する』という事実を知ってアキバの外に出てきた〈冒険者〉を襲い、彼らの落とすドロップを狙っているのである。
どちらもマトモに連携したことの無い動きではあるが、攻撃に躊躇いの無いPK側が明らかに優勢だ。それが分かっているからPK達の顔には余裕からくる笑みが浮かんでいる。
しかし、その余裕も突如として予想外の方向からPK達に行われた攻撃によって引っ込めざるを得なくなった。
「なんだ!?」
PK達に動揺がはしる。襲われていたPTも、何が起こっているのか理解できずに戸惑っていた。
彼らが周囲に視線をはしらせるのと同時、広場を囲っていた木々の中から何かが飛び出す。
鉄の矢……いや、矢の形をしただけの鉄の塊だ。
それは高速と言っていい速度で飛来すると、PK達の後方にいた〈妖術師〉のHPを一撃で削り取った。
「しまった、ソサが逝っちまった!」
「たてなおせるだろうが、ヒーラーは何をして」
叫んだ〈盗剣士〉の男の首がとぶ。
いつのまにそこにいたのか、二刀流の剣士バラパラムがPKのPTの中に斬り込んでいた。
ヒーラー役であろう〈施療神官〉の腹を裂き、返す刀で〈盗剣士〉の首を刎ねたバラパラムはしかし、続けて攻撃は行わずバックステップでPKの輪の中から脱出する。
気付けば、鉄の矢弾も飛来しない。攻撃を続ければ優位を保ったままPK達に勝てるはずだ。
「だが、それでは不十分だ。不意討ちで勝利したところで何の価値がある?」
そんな言葉と共に、広場を囲む木々の中から夢見る弩砲騎士と清祥が姿を見せる。
PK達はこの状況を訝しげに思いながら、警戒を強めていく。
「奇襲とはいえ、バラパラム一人に瓦解するとは……それでもPKerか?」
「バラパラムなら、正面からやっても勝てそうだが」
「なんだテメェら!」
弩砲騎士と清祥の会話に刺激されたのか、PKの一人である〈武士〉の男が斬りかかってきた。
弩砲騎士は〈武士〉の刀をガントレットで受け止め、その顔面を鷲掴みにするとPK達に〈武士〉の男を投げ返す。
「バカか?そっちはふたり死んだとはいえ8人。こっちは3人だ。わざわざひとりで突っ込んで来るなぞ……失笑ものだ」
「くそっ、テメェ……」
「立て。正面から相手をしよう。今度は全員でかかってこい。セオリーだぞ?」
「ふざけんな!!」
弩砲騎士が弩砲を構え、頭に血の昇ったPKに向けて鉄の矢弾を連射する。
その光景を見ながらバラパラムは、着々と次の行動の準備を終える清祥に、複雑な気分で話しかけていた。
「清祥は……抵抗、無いんですか」
「無くはないが……元々俺はPvPerだ。望むところと言える。対人戦が、俺の生きる道だ」
「そう、ですか」
「そういうバラパラムは、後ろに下がっていても怒られないと思うが」
〈エルフ〉やゲームアバターとしての補正もあるのだろうが、バラパラムの端正な顔立ちは今は蒼白になり、剣を握る手は震えている。
彼の手には今、PKの腹を裂いた感触と、首を刎ねた感触がねっとりと残っていた。
嫌な感触だ。そして、再び味あわなければならない感触でもある。
「いえ……やります。やりますよ……」
「そうかい」
弩砲の正射に合わせてバラパラムは再び斬り込んでいく。
それに合わせて、清祥が次の一手を打った。
「さて、俺もやるかね。“伏して願い申し上げ奉る。眼前の御敵に、建雷命の威を示したまえ”……〈剣の神呪〉」
何もない虚空から前触れもなく幾本もの剣がPKに降り注ぐ。
〈剣の神呪〉は、〈神祇官〉の持つ範囲攻撃魔法だ。
〈神祇官〉の特技としては威力が高く、優秀なダメージソースではあるが、セオリー通りの純回復〈神祇官〉である清祥が扱うために、そこまで劇的な効果を見せることはない。
しかし、ゲーム時代はそうでも〈大災害〉を経て現実となったこの世界においては、また別の効果をもたらす。
「ヒッ、オレの腹に剣が……剣が……!」
「う、くぉっ」
そう、無数の剣が降り注ぎ自らの身体を傷付けるその光景そのもの。
ダメージや痛みが殆ど無くても、慣れない者はこの攻撃の迫力の前に竦み上がる。PvPで重要な、大きな隙を作り出せるのだ。
「動きが鈍い……話にならんな……〈オンスロート〉」
「……っ!すまない……」
弩砲騎士の弩砲に、〈アルペジオ〉や〈デュエット〉でバラパラムが更にダメージを追加していく。
満足な反撃も出来ないまま、一人、また一人とPKがその数を減らしていった。
形勢が完全に逆転したのを見た残りのPK達は完全に腰が引け、隙を見て逃げ出そうとする。だが、背を向けた者達はその瞬間に弩砲の矢弾に貫かれ死んでいった。
「く、くそっ!くそっ!」
最後の一人がやけくそ気味に放った攻撃が、最前線で戦うバラパラムを捉える。
だが、しかし
「“彼の者から、一切の邪悪を祓え”……〈祓の障壁〉」
清祥の付与したダメージ遮断障壁により、その一撃も無効化される。
攻撃を行い硬直したPKは、バラパラムの〈グランドフィナーレ〉により大神殿へと旅立っていった。
戦闘が終わり視線を変える。PKに襲われていた方の〈冒険者〉達が、アキバに向けて駆け足で逃げ出していく姿が見えた。
弩砲騎士は、彼らの後ろ姿を一瞥すると、興味なさげに視線を戻す。追いかける気は無い様だ。
そうして、戦闘が完全に終了したのを確認すると、バラパラムは地面に手をつき、胃の中の物を吐き出した。
「大丈夫か、バラパラム?」
「う……げほっ……なんで、平気なんですか」
「む?」
「なんで……人を、殺しておいて平気なんですか!?」
「どうせ神殿で復活するだろ」
「そういう……そんな話じゃ……人殺しに、なったんですよ、私達は……」
「嫌なら止めたらどうだ。別に俺に付き合う必要はないんだ」
弩砲騎士の言葉にバラパラムは、俯いたまま答えることは出来なかった。
なんとなく、バラパラムは味がある料理を食べても、もう美味しく感じられ無いんじゃないかと思える。