リスポーン
MMORPG〈エルダーテイル〉をプレイしていた多数のネットゲーマーが、この異世界に引きずり込まれた日。
プレイヤーである〈冒険者〉は、あの事件をいつしか〈大災害〉と呼び始める。
〈大災害〉以降、あらゆる変化が〈エルダー・テイル〉の世界に巻き起こっていた。
「……いや、もうこの世界は〈エルダーテイル〉なんかでは、無いのかもしれんな」
「異世界……ですか」
「そうだ。この世界は、俺達の常識をごちゃ混ぜにぶちこんだ異世界だ」
〈大災害〉から数日。当たり前だが、ほぼ毎日の如く新事実が発覚していく。
例えば、〈冒険者〉の身体について。モンスターと何の苦もなく ─と言うと語弊があるが要するに簡単な訓練で─ 戦闘を行える超人的な身体能力。その気になれば、ただ跳び跳ねるだけでビルの屋上まで辿り着いたり、壁を走ってみたり……既に身体能力の限界やマップの限界を調査する登山部染みた者達まで出現したと言う話もある。
風呂などに入らずとも汚れが落ちる自動洗浄機能がついているらしかったり、睡眠時間が短くても平気であったり。
そして……リアルの肉体となった代償なのか、腹も減るのだ。
しかし、ここでも新たな事実が発覚する。
「今日は何食べます?」
「どうせ同じ味だろう?」
「そうですが……」
腹が減ってはなんとやら。二人は毎日食事をした。
サンドウィッチ、パスタ、おにぎり、ピザ。飲み物はお茶、オレンジジュース、炭酸水、エール……。
見た目も違う食事の数々。だが、それらは全て、弩砲騎士が言う通り同じ味がしたのである。
「ダンボール味。もしくは味の無い湿気た煎餅か」
バラパラムは同意した。
どんなに手の込んだ料理でも、弩砲騎士が評した様な味がする。そして、飲み物は何を混ぜても水の味しかしない。
絶望的に不味い訳ではないし、腹はふくれる。実に中途半端で微妙なのだ。
弩砲騎士はいつも兜を被っていてその表情は分からない ─何故か食事の時も全身鎧を外さないのだ─ が、バラパラムにとっては食べれば食べるほどに気分が落ち込む、そんな味だった。
「食事の手が止まってるぞ。食べなければ、どうなるか分かったもんじゃない」
「分かってるんですが……こう、微妙な味でどんどん微妙な気分になっていくと言うか……」
目に見えてどんよりとした雰囲気を出すバラパラムに、どうしてやろうか、と弩砲騎士が考えていると、唐突に横合いから果物が差し出される。
「これを食べると良い」
果物を差し出したのは、神社の神主や陰陽師を彷彿とする和服に身を包んだ〈神祇官〉の青年だった。名は清祥。
ゲーム時代には、熱心なPvPerとして知られていた。対人専門のプレイヤーなのだ。
彼は〈ドリホリ〉ではないが、戦闘系に属していたバラパラムや弩砲騎士とはゲーム時代からの顔見知りである。
「清祥か、助かるな。初日に食べたリンゴが恋しくなっていたところだ」
「塩や砂糖……料理の素材となるアイテムには、味がある様でね。マーケットで買ってきた」
「ふむ……」
弩砲騎士がチラと街を見て腰をあげる。
「残念だが、もうマーケットにほとんどアイテムは無い。買い占められている」
「そうか。それは確かに残念だな」
道端の縁石に、再びドカリ ─ガシャリかもしれない─ と弩砲騎士は座り込んだ。
一心不乱に果物にかぶり付くバラパラムを尻目に、晴れた空を見上げる。
弩砲騎士とバラパラムの二人は既に、幾度となく行った戦闘訓練によっておよそ70~80レベルのモンスターと互角に戦えるまでになっていた。
果物を探しに外に出るのも良いかもしれない……弩砲騎士がそんなことを思っていると、清祥が話を切り出した。
「ところで、どほおさん ─弩砲騎士の名前は長く一発で変換できないのでゲーム時代の殆どのプレイヤーからこう呼ばれる─ は〈西風の旅団〉ギルマスの話は聞いたか?」
「〈西風〉のギルマス?あのハーレムキングがどうかしたのか」
「衛兵とやりあったそうだ。ついさっきの話さ」
「何!?どうなった?」
「死んだよ。そして……大神殿で復活した」
バラパラムがむせた。
弩砲騎士は身を乗り出す様にして、清祥の話を聞く。
「ちょっとした騒ぎだ。〈冒険者〉は死なない……まるで現実の様になったこの世界でも、俺達はリスポーンする事が確定した」
「朗報だな。ところで、騒ぎになってるというがそんなに広まってるのか?」
「ああ。それがどうかしたか?」
「どうもこうもない。ついさっきの話で、ネットも無いこの世界でそうそう情報が素早く広まると思うか?」
「……誰かが広めてるとでも?」
「そうだ。誰かが、“〈冒険者〉は復活する”と言う事実を広めてるんだよ。それも〈冒険者〉に、な!」
この街で最も多いのは〈大地人〉だ。
〈大地人〉は、〈冒険者〉が復活すると言うことを知っている。ならば、〈大地人〉はそんなことを広める必要が無い。
〈大地人〉が広めないのならば、そうそう簡単にはこの街で噂は広まらない筈なのだ。
誰かが、“〈冒険者〉は復活する”という事実を〈冒険者〉に認識させたがっているのは確実である。
「何のために?」
「心当たりは無くもないな」
「何です……?」
「自分達が復活することが分かれば、今街に籠ってる奴らも外に出る様になるだろう。さて、では外に出る〈冒険者〉が増えれば得をするのはどんな奴らだ?」
バラパラムは首を振った。しかし、清祥は即答する。
「……PKか」
「そうだ。それに、自分達も襲う相手も復活することが分かればPK自体を行う連中も増える筈だ」
「なんで……そんな」
「清祥。お前さん、戦闘はしてみたか?」
「少しだけだが……」
その言葉を聞いて、今度こそ弩砲騎士が完全に立ち上がると、肩に弩砲を担ぎ直した。そして、不思議そうに見上げる二人に言うのだ。
「俺達も外に出ようじゃ無いか」
「何?」
「弩砲騎士……あなたは、何を考えて」
「分かってるんだろう、バラパラム?」
やはり兜から降り注ぐ酷く冷たく渇いた目線に、バラパラムはゾッとするしかない。
弩砲騎士が次に何を言うのか、確かにバラパラムは分かっていた。
「俺達もやるのさ。PKをな」
簡単に言い放ったその言葉は、バラパラムが恐れ、最も聞きたくなかった言葉。
しかし、いつか必ずこの全身鎧の無感動で無機質なフレンドから聞くことになるだろうと思っていた言葉でもあった。
彼を止める術は今のバラパラムには無く、そして彼と完全に敵対する程の気概も、この時のバラパラムには無かったのである。
次回からPK開始。