ドリホリの二人
バラパラムは二刀流の剣士だ。
武器攻撃職全体としてみれば、二刀流は決して珍しくは無いし、愛用者も多い。しかし、〈吟遊詩人〉として見た場合、攻撃力に特化した二刀流は稀有どころの話ではない。そもそも〈吟遊詩人〉には、他の武器攻撃職程の攻撃力は求められていないのだ。
ならば、彼が二刀流でいる理由は一体何か。それはとても簡単な話だった。
二刀流の意義は攻撃力の特化。つまり、バラパラムはあえて攻撃力に特化したビルドの〈吟遊詩人〉なのである。
「……〈剣速のエチュード〉……!」
バラパラムの攻撃速度が上がった。乗じて、二刀から繰り出される手数を重視した剣撃が夢見る弩砲騎士のHPを徐々に削る。
最初は不格好で、まるで剣をデタラメに振り回す様だった攻撃も、特技を使い、弩砲騎士の急所を狙い続ける内に洗練された剣術染みた攻撃に変わっていく。
〈守護戦士〉の防御力を抜いて確実なダメージを与える〈吟遊詩人〉の姿は、一種幻想的な光景だ。
二刀流の持ち味である手数による大ダメージ、そして〈吟遊詩人〉の支援能力による自己強化による相乗ダメージ。
そのダメージ水準は他の武器攻撃職に劣らない。
「ノってきたか」
「……私は」
「だが、調子には乗るなよ!」
弩砲騎士がバラパラムの剣を掴みとる。攻撃動作を無理矢理止められたバラパラムは体勢を崩し、致命的な隙を晒した。
「〈オンスロート〉」
触れる程の距離から放たれた重量弾がバラパラムの身体を吹き飛ばす。
そのHPは、一撃で半分以上を削られていた。
並の〈守護戦士〉の攻撃力では無い。
「ぐぁ……」
「何も、攻撃力に特化してるのはお前だけじゃないんだ。知ってるだろう?」
夢見る弩砲騎士は〈守護戦士〉には珍しい、盾を持たないスタイルの重戦士だ。
とはいえ、盾を持たない〈守護戦士〉も少なくはない。そういう場合は、盾の代替として防御力UPやHP吸収などの効果を持った両手武器を持つのが一般的だ。それも、斧や剣などの近接武器にその様な効果が限定される。
しかし、夢見る弩砲騎士はその名や武器が示す通り、弓系武器の最上位種“弩砲”がメインウェポンだ。
弓系武器には盾の代替としての機能は無い。防御力も上がらなければ、HPを回復してくれる訳でも無い。そんな理由から、〈守護戦士〉に弓を扱う者は少なかった。
だが、夢見る弩砲騎士は最初から弩砲を扱うことのみを考えてビルドされている。
弩砲の特徴はその長い射程と、斧に並ぶ攻撃力だ。それこそが夢見る弩砲騎士の求めたもの。敵を逃がさぬ射程、敵を屠る火力。
つまるところバラパラムと同じように。この全身鎧の〈守護戦士〉は、〈守護戦士〉としては異色なアタッカーとして組まれているのだ。
「が、ふ……」
「どうしたバラパラム。痛みに呻いてばかりでは、勝てんぞ」
この二人が他の同職業のプレイヤーと比べて特異なプレイングをしているのは理由がある。
彼らはかつて、〈ドリホリ〉というギルドに所属していた。〈ドリホリ〉は俗に“ネタプレイヤー”と呼ばれる、王道ではないプレイングをするキャラクターだけを集めたギルドだ。
〈ドリホリ〉には三人の幹部がおり、サブマスターである“まけないもん”がネタプレイングをするメンバーを、“カンパルネーラ”がビジュアル特化のメンバーを、そして“夢見る弩砲騎士”が癖のある戦闘プレイを望む戦闘メンバーを纏めていた。
この三人がそれぞれのカリスマで集めたメンバーを、ギルドマスターがそれ以上のカリスマで纏めあげたのが〈ドリホリ〉である。名前の由来は誰かが言った、「ネタプレイヤーだけなんて、まるで夢追い中毒だ」という言葉からだ。
だが、およそ一ヶ月前、ギルドマスターの解散宣言と共に突如としてギルドは解散してしまった。惜しむ声もあったが、それ故にギルドが解散してもメンバー達の横の繋がりは非常に強い。
そして、バラパラムもまた戦闘系に属していたプレイヤーであった。
「立て」
弩砲騎士が歩いてバラパラムの首を掴み、自らの顔の位置までその身体を持ち上げる。
俯く様なバラパラムの顔を黒髪が覆い、黒髪に隠れていた長い耳─バラパラムはエルフだ─が露出する。弩砲騎士はその金属に包まれた冷たい顔でバラパラムを見詰めた。
「所詮、その程度なんだ。俺達に法は無い。今この世界は力が最も強い権力となる。弱ければ、何も出来ずに蹂躙されるだけだ」
バラパラムは答えない。
「戦え、バラパラム」
その言葉に反応したのか、ノロノロとバラパラムが身じろぎした。
弩砲騎士は黙ってバラパラムの言葉を待つ。
ボロボロの身体に力を振り絞り、ぐん、と弩砲騎士を直視するバラパラムの顔には、小さなオカリナがくわえられていた。
「むっ……!?」
「〈月照らす人魚のララバイ〉」
悲しげで優しい、沈静と慰撫の念を乗せた旋律が流れ出す。ゆるやかな眠りの旋律が、弩砲騎士の意識を奪っていく。
〈月照らす人魚のララバイ〉は相手に睡眠のバッドステータスを与える特技だ。レベル差やスキルの熟練度によって睡眠のかかりやすさが変化する。攻撃にそのパラメータのほとんどを振った弩砲騎士に、バッドステータスは鬼門なのだ。
「バラパラム……!」
だが、それもゲーム時代の話である。弩砲騎士は、自らを襲う抗いがたい睡魔に、その意思で逆らっていた。
ただ、紙一重の均衡で保つ弩砲騎士はバラパラムの拘束を解かざるを得ない。それが致命的な隙となる。
「……〈グランドフィナーレ〉」
バラパラムの二刀が煌めき、援護歌で強化された攻撃が弩砲騎士を斬り裂いた。
いや、斬り裂いたはずだった。
「惜しかったな」
弩砲騎士の全身が、大理石のように輝いている。
〈キャッスル・オブ・ストーン〉と名付けられた、〈守護戦士〉の切り札にして、〈守護戦士〉を〈守護戦士〉たらしめている特技だ。発動すれば10秒間あらゆる攻撃を無効化する。
バラパラム最大の攻撃は、露ほどもダメージを与えることが出来なかった。
弩砲騎士の驚異的なまでの戦闘適正を、バラパラムは目の前で示されたのである。
最早、彼の目に戦意は無かった。息を整える様に、何度も呼吸をするだけだ。
「はぁ……はぁ……」
「暗くなってきた」
「はぁ……何を?」
「帰るか」
「は……?」
くるりと弩砲騎士は反転する。その方向には、アキバの街が見える。
「宿を取らなければなるまい」
そう言った弩砲騎士の口には理性的な響きがあった。
「どうした?いくぞ、バラパラム」
「私は……あなたが分からない」
「そうか?」
いまだ混乱の中にあるアキバの光に照らされて、その大きな背中で禍々しく影が揺れる。
「明日からが本番だ……覚悟を決めておけ」
「……」
「強くなれよ」
暗に、弩砲騎士を止めるにはバラパラムはまだ弱いと、そう言っていた。
大災害初日、終了