偶然の再会
頭の後ろで括られた一房の金髪をひらめかせ、長身のエルフの身体が宙を舞った。
着地と同時に〈緑小鬼〉の背後を取った金髪のエルフは、僅かに口元を歪ませると身を低く沈ませ、敵の姿を見失い振り向く寸前の〈緑小鬼〉の後ろ姿を見据える。
エルフの男は、小さく詠唱すると、右手を僅かに自らに引き寄せた。
「千針剄」
光の杭を纏った右手が〈緑小鬼〉の頭を貫く。
直後、貫いたままの右の拳を開くと〈フラッシュニードル〉が解放され
「……卸し雨!」
〈緑小鬼〉の向こう側で牙を向く複数の〈緑小鬼〉達へと千の魔針が降り注いだ。
レベルの低い〈緑小鬼〉にとって、それは致命的な威力を持ってHPを削り取った。
「ふぅ、これで終わりですかね」
「みてぇだな、お疲れちゃんバルタの旦那」
金髪のエルフ……バルタザール・Aの肩を栗色の猫人族の男、カランドリッツが気安げに叩く。
バルタザールは微笑んで
「ありがとうございます。カランドリッツさんもお疲れ様です」
「リッツで良いって」
「そうですか?では、リッツさんと……。バラパラム、もう終わりですよ」
バルタザールの言葉に、後ろを警戒していた黒髪のエルフが振り向く。
一見して物憂げにも見える表情は、黒髪のエルフであるバラパラムの常の表情である。
彼はバルタザールに頷くと依頼を受けていた村の方を指差し、歩き出した。
「しかし運が良かった。まさかバラパラムと出会えるとは」
「知り合いなんだっけ?」
「ええ。こうなる前からの。同じギルドだったんですよ」
「へ~」
バラパラム達が集落を出て数日、宿を探して立ち寄った村で彼らはバルタザールと出会った。
バルタザールは、一人で〈大地人〉の集落を点々としながらアキバを出て旅をしているらしく、バラパラム達が彼と出会ったのは偶然以外の何者でもない。
アキバを出て武者修行をしている、とバルタザールは言っていたが、その言葉に微かな憂鬱がこめられている事にバラパラムは気付いていた。
バルタザールは、逃げ出してきたのだ。強者が別れ、弱者が塞ぎこみ、誰もが自分のためにしか声を荒げることの無いアキバから。
恥ずべきと思っているのだろう。だがバラパラム達とて後ろ暗い事を抱えているのだ。
本人が言わないため事情は朧気にしか察することが出来ないが、それを聞くことも嘲ることもバラパラム達はしなかった。
それからバルタザールをPTに加えて、バラパラム達はしばらく行動を共にしていたのである。
「これで村の依頼も達成っと。さぁ帰って報告しようぜ。アーニャも飯つくって待ってるだろうしな」
「ご飯かぁ……」
「……いや、言いたいことは分かるけど食えよ」
「分かってますよ。とはいえ、やはり味のあるものを食べたいですね……」
バルタザールとカランドリッツの会話を聞きながら、バラパラムは湿気た味の無い煎餅とも例えられる何とも言えないこの世界の料理の味を思い出し苦笑を浮かべた。
*****
「あ、お、お帰りなさいっ……!」
「たでーまー……なにやってんの?」
村に帰り、モンスターの討伐が終わったことを報告すると村人達は一様に安堵の表情を浮かべ、感謝と報酬をバラパラム達は受け取ると、宿としている村の空き家に戻る。
そこでは、アーニャが何かを包んだ布をその細腕で一生懸命に絞っていた。
聞けば、集落から出る前にミカから習ったのだと言う。
布の中には砕かれたリンゴの身が入っており、それを絞ってジュースにしているらしかった。
「ああ、ミカちゃんのジュースってそうやって作ってんのか。何で味があるのかと思ってた」
「ミカさん、とは?」
「新しく入った仲間的な?」
「ん、んん~!……はぁ、やっぱり私じゃ絞れないです……ごめんなさい」
「……借ります」
バラパラムはアーニャの手からリンゴを包んだ絞り布を受け取ると、〈冒険者〉のステータスに任せて一気に絞り上げる。
「あ、あの……ありがとうございます……」
「どういたしまして」
バラパラムはそう言うと、アーニャの手伝いを─バラパラムのサブ職は料理人なのである─始める。
むしろバラパラムが手伝った方がアーニャの手際が悪くなるのだが、それは言わぬが仏とばかりにバルタザールとカランドリッツは顔を見合わせて意地の悪い笑顔を交わしていた。
「いやー幸せそうで何よりです」
「あれだけでお腹いっぱいだぜ」
二人にニヤニヤと見守られながら、今日も味の無い料理が出来上がるのだった。
無論、このテンションは食事をするとダダ下がりしたのであったが。