狂った夢は現の夢
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夢見る弩砲騎士とバラパラムの二人は、アキバの街の外に来ていた。高レベル〈冒険者〉の身体が、モンスター相手にどこまで通用するか試すためである。
二人は無言で歩き続けた。目指すは〈書庫塔の林〉というゾーンだ。
〈書庫塔の林〉は、エルダーテイルにおいて〈神代〉 ─おそらく現代かそれに近い未来─ と呼ばれる時代の遺跡を木々が包み込む様に立ち並び、古い書店や図書館、研究所の跡地が歩けばぶつかるほどに散在し、比較的小型で弱いモンスターが出現する。
弩砲騎士とバラパラムのレベルは90……ゲーム時代の最高レベルだ。〈書庫塔の林〉のモンスターを相手にするのは些か過剰なレベル差と言わざるを得ないが、この予想外の世界で安全マージンを十分に取るならば妥当な選択だろう。
「誰もいないな」
バラパラムは答えない。
弩砲騎士は一度肩を竦めると
「ま、あの混乱の中で外に出ようとする奴もいないか」
と一人で納得した。
二人が〈書庫塔の林〉に足を踏み入れて最初に遭遇したのは尻尾に茨を巻き付けたイタチ型のモンスター、〈棘茨イタチ〉。
ゲーム時代にはどこでも出会う、ポピュラーなモンスターだった。
「やはり、アクティブモンスターはこっちでもアクティブモンスターなんだな」
弩砲騎士が腰を落とすと、バラパラムがメニューを操作して、スキルを発動する。〈能力値〉やキャラクターが持っていた〈スキル〉は変わらずゲームのままなのは確認していた。
バラパラムの元から軽快な曲が流れはじめる。彼の職業は〈吟遊詩人〉、武器攻撃系職業のひとつである。
〈吟遊詩人〉は武器攻撃職にカテゴライズされているものの、持てる武器の種類は少なく、武器攻撃と名乗るには若干能力が控え目だ。だが、変わりに〈吟遊詩人〉には〈呪歌〉という特殊な支援特技が揃っている。これは、魔力のこもった歌で味方に強力な支援を行ったり、逆に敵に向けて強力な弱体化攻撃を行うことのできるスキルだ。
この〈呪歌〉を駆使することで味方の能力を底上げし、結果的に他の武器攻撃職と同等以上の結果をもたらすことができるのが〈吟遊詩人〉という職業なのである。
今バラパラムが歌ったのは〈慈母のアンセム〉。時間経過により徐々に味方のHPを回復させる援護歌だ。
「まずは、この身体に馴染むことから始めようか」
〈棘茨イタチ〉が鳴き声をあげると、弩砲騎士とバラパラムに襲いかかった。
〈棘茨イタチ〉は野生動物的な見た目に反し、直接攻撃を行わないモンスターである。彼らの尻尾の茨は魔法で構成されており、それを伸ばしたり、振り回したりして魔法攻撃を行うのだ。
「……ヒッ!」
攻撃が届く瞬間、バラパラムが尻餅をつく。ゲームでは何度も喰らった攻撃だが、それは画面の向こうでのこと。実際に目の前で攻撃される迫力と恐怖には、見知ったという知識で気持ちを保つことすら出来なかった。
だがその一方で
「実際に受けると中々迫力があるものだ。それに、そこそこ痛い」
全身鎧の戦士、弩砲騎士は呟きながらも構わず進んでいく。
弩砲騎士の職業は〈守護戦士〉。その名が示すように仲間の身を護ることに特化した戦士系職業だ。
重装備、重武器という最もわかりやすい重装戦士である〈守護戦士〉は、12職ある職業の中で、最も強固な防御能力を持つ。その防御能力を持って、味方の前に“壁”として立ちはだかり、敵の攻撃を受け止めるのである。
弩砲騎士もまた、その重装備による防御能力を持ってバラパラムを護る壁として進んでいた。
「確かに怖いが、胸が躍る様な気分だ……〈アンカーハウル〉!」
二人に平等に散っていた〈棘茨イタチ〉の注意が、弩砲騎士に向けられる。
〈アンカーハウル〉は〈守護戦士〉を特徴付ける、モンスターの敵愾心を稼ぐ特技のひとつ。
裂帛の雄たけびを上げることで、敵に自分が脅威であることを知らしめ注意を引き付ける。そうすることで、味方の安全を確保するのが戦士職の役割なのだ。
「ダメージが低い時があるのはなんだ……こうか?〈アイアンバウンス〉」
一瞬、弩砲騎士の鎧が輝く。防御特技のエフェクトだ。受けたダメージはバラパラムの〈慈母のアンセム〉が回復してくれる。
気をよくした弩砲騎士は、〈棘茨イタチ〉にそのまま勢いよく接敵した。
「メニューだけじゃなく、動作でもスキルが発動するのか!なら、これはどうだ。〈オーラセイバー〉!」
人の太もも程もあるガントレットが光り、まるで吸い込まれる様に〈棘茨イタチ〉に振り落とされる。回避しようと地を蹴ろうとした〈棘茨イタチ〉だが、間に合わずに一撃でそのHPを消滅させた。
「……!回避しようとするのか?いや、それもそうか。なるほど。ゲームの様にまっすぐ向かってくるだけの方がおかしいな」
弩砲騎士は心底嬉しそうに笑い声をあげる。
バラパラムはゾッとした。それが、力に酔った人間の笑いだからだ。
──止めなければいけない。
確信を持ってバラパラムはそう思う。今の弩砲騎士に待つのはただの破滅だけだろう。彼にその道を進ませるのはとても、とても嫌なことに思えたのだ。
「……弩砲騎士……」
「バラパラム!いつまで座ってる?腰が抜けたか。無理もないがな……」
「弩砲騎士……!」
「武器を抜け。次だ。もっと試すぞ。もっと、もっとだ」
剣呑な光を帯びた目線が、兜の奥からバラパラムに注がれた。冷や汗がバラパラムの背を流れる。
ゆっくりと起き上がったバラパラムは、腰にさしてある二振りの片手剣を抜く。直後、〈慈母のアンセム〉を止めて、弩砲騎士に襲いかかった。
「……何の真似だ?」
「あなたを、止めなければ!」
「何もしていないだろう」
「今のままでは、ダメになる!」
バラパラムの二刀の剣を弩砲騎士がその鎧の腕で受け止める。
「俺を殺すと言うのか?」
「恐怖を知るべきだ……!」
不格好な形で振る剣を、ひとつ、またひとつと弩砲騎士はさばいていく。
「面白いことを言う」
「今のあなたは狂っている」
「分かってるとも」
ゴオン、という重低音と共に、バラパラムの頬を何か重いものがかすっていった。
見れば、弩砲騎士の手には彼の代名詞である弩砲が握られている。
再び、バラパラムは冷や汗を流した。
「俺が狂ってるのは重々承知している。こんなところに放り出された初日から戦闘する奴がいるか?なぁ?」
「……!」
「戦いたいんだよ、俺は」
バラパラムが弩砲を叩き落とそうと身を落とすと、読んでいたかの如く弩砲騎士の裏拳がその顔面に叩き込まれる。
「がっ……」
「理由は今も昔も変わらない」
再び放たれる重量弾を、バラパラムは地面を転がることで回避し、素早く立ち上がった。
恐怖と冷や汗で震えながらも、バラパラムは二刀を構え直す。
「最強になりたいんだよ。いつだってそうだ。最強になりたいんだ」
ガコン、と重量弾が弩砲に装填された。
「震えてるぞ、バラパラム」
「……」
「見上げた根性だ」
弩砲騎士がメニューを開き何かを操作すると、PTが解除された旨を伝えるメッセージが二人の視界に重なる。
「歌え、バラパラム。本気でかかってこい。そうして、俺はもっと強くなる」
ニィ……と兜の奥に笑みが見えた気がした。