女の正義と後は勢い
本日二話投稿しています
「ちょおおおっと、待ったぁぁああ!!」
「む?」
ミカを左腕の中に抱えあげた夢見る弩砲騎士の進む先に、茶髪をポニーテールで纏めた細身の女性が飛び込んでくる。
弩砲騎士は、軽装と武器は籠手という点から見て目の前の女性は〈武闘家〉かと辺りを付けて、ステータスを見て確信する。
だが、それ以外にも気になる点を見つけた。
「〈D.D.D〉?」
「そのっとーり!!お前、夢見る弩砲騎士ね!その子をどうするつもり!?」
弩砲騎士はチラと腕の中のミカを見る。そして、ふむ、と改めて自分の状況を客観的に見つめる。
なるほど、確かに動けない少女に手を出そうとする性犯罪者にしか見えなさそうだ。
「……」
「何か言ったらどう!?それとも、やましいことでもあるのね!」
「……無いと言っても信じるのか?」
「信じるわけ無いじゃないのよ!バカじゃないの!?」
バカはお前だ、と言う清祥の声が後ろから聞こえた。
とは言え、この目の前の女性の行動は間違ってはいない。後先考えていないことを別にすれば、だが。
弩砲騎士は改めて目の前の女性のステータスを見る。
「キャンデロロ……?ああ、爆音キャンディか、お前さん」
「ばっ、はっ、何故、その名前を……」
「知り合いに聞いたことがあってな」
ふと、ミカを渡せばこの場が丸くおさまるであろうことに弩砲騎士は気付いた。一瞬、この手の中の娘を渡して終わらせようかとも思ったが……
「ふ、ふふ……良いわ。そっちがその気なら、やってやろうじゃないの!」
「どの気だ?」
「問答無用!!」
叫ぶと同時、身を屈めて爆発するかの様にキャンデロロが飛び出した。〈冒険者〉の驚異的な身体能力を上手くバネの力へと変換している。
一瞬で間合いを詰めたキャンデロロは、右手に青白い電光を纏った〈ライトニングストレート〉を弩砲騎士の顔面へと叩き込んだ。直後に、左手を輝かせて次の特技を発動させる予兆を示す。
だが、〈ライトニングストレート〉の攻撃エフェクトが残る右手が突如として物凄い勢いで掴まれた。
「うぇっ!?」
「ふむ……勢いは悪くないが、相手のステータスをちゃんと確認しておくんだな」
パリン、とガラスが割れる様な音が響く。
「障壁!?」
弩砲騎士は抱えたミカを庇う様に右半身を正面に90度近く反転する。同時に、反動を活かしてキャンデロロを下方に引っ張ると、その腹に金属の鎧に包まれた蹴りを入れて彼女を弾き飛ばして無理矢理距離を取った。
「がぁふっ!~~いったぁあ!?」
腹を押さえてのたうち回るキャンデロロがその惨状から復活すると、余裕綽々と言った風情の弩砲騎士が右手を彼女へ向けてクイクイッと挑発する。
「俺をPKと知って来ているんだろう?俺が片腕だけしか使えないとはいえ遠慮するな。本気で来い」
「こ、コイツ……!吠え面かかせてやる!!」
〈ワイルドキャット・スタンス〉を起動したキャンデロロが、先よりも速い速度で駆け出した。狙うは、弩砲騎士の抱えている〈森呪遣い〉の少女、ミカ。すれ違う一瞬にかっさらって弩砲騎士にどんな言葉を浴びせてやろうかと考えたその瞬間。
目の前に弓の弦がついた大砲の様な何かが突き出された。
「砲軸固定。速射」
「っ!?」
ガゴン、という音とほぼ同時に目の前の大砲から吐き出されたのは黒い鉄の矢。それがキャンデロロ以上の初速を持って空に身を踊らせる。
キャンデロロは即座に急ブレーキをかけると、上半身を背後へと仰け反らせ、ほぼブリッジの姿勢で黒鉄の矢を回避した。
そのままバク転すると、姿勢を立て直す。
弩砲騎士が構えていたのは、その名にある通り弩砲だ。
しかも、以前使っていたゲーム時代そのままのものとは違い、機巧侍により手が加えられた一品だ。鎧の腰にあるアタッチメントに固定出来る様になったことで取り回しが良くなり、〈機工士〉のサブ職により魔改造された弦は、巻き取りの強弱により速射や剛射など更なる汎用性をもたらしていた。
「あ、あんた今顔狙ったでしょ!」
「上半身を削り取る気だったんだがな」
「ひっ、なお悪いわ!鬼!悪魔!変態!」
喋りながらも〈モンキーステップ〉でジグザグに跳び跳ねながらキャンデロロは弩砲騎士に迫る。
ミカを抱え、さらに重い弩砲を抱えた弩砲騎士はその場から動こうとしない。〈モンキーステップ〉の独特で素早い軌道は弩砲では捉えられないだろう。それに射撃武器の弱点は至近距離に寄られることだと相場が決まっている。
キャンデロロは軽くジャンプを繰り返すステップをそのままに、十分な距離に近付くと弩砲騎士へと飛び掛かった。
「くらえ!〈ドラゴンテイルスウィング〉!」
「側面防御」
弩砲騎士が顔の位置で放たれた回し蹴りを固定を外した弩砲を持ったガントレットで受け止める。
〈ドラゴンテイルスウィング〉はそもそもダメージ量が少ない特技である。そこに加えて〈アイアンバウンス〉を発動させたことで完全にキャンデロロの攻撃を防いでいた。
その直後、弩砲騎士の持つ弩砲が輝く様な光を放つ。
「〈ファントムステップ〉!」
「〈オーラセイバー〉」
ブン、と重い音をたてて光輝く弩砲が空振りする。
残像を残して弩砲騎士の元から移動したキャンデロロは、タラリと冷や汗を流していた。
(強い……)
〈大災害〉からこっち、戦闘系のプレイヤーとして前線に立ち続け、〈D.D.D〉の実働部隊員として積極的に名が上がるほどに経験を積んだ強さへの自信。勢いだけで動く彼女を軽視する後輩も一部いるが、間違いなく上位プレイヤーの一人と呼べる程にキャンデロロは強いのだ。
しかし、それを目の前の鎧騎士は半身で相手取る。半身でキャンデロロと互角の戦いを行うのだ。
いや、もしかしたら……
(右半身だけで、私は倒されるかもしれない)
ブラックリストに乗るほどのPK。
その面々の顔と、目の前の弩砲騎士に戦慄を覚えたキャンデロロは、ゴクリと唾を飲み込む。
それでも彼女は勝たなければいけない。あの鎧騎士の手の中にいる少女を救い出さなければならないのだから。