接触
黒髪の〈エルフ〉、バラパラムがやるせないほぞをかむ思いでいると、不意に彼のかけた眼鏡に映り込む姿があった。
弩砲騎士の来訪に怯えて別の部屋に待避していたアーニャだ。
彼女は消沈したバラパラムに声をかけようか、かけまいか……と言った様子で手を出したり引っ込めたりしていた。
「えっと……アーニャさん?」
「は、はいっ!はいっ!?」
「いやあの……なんでしょうか」
疲れきった様な、酷くイライラしている様な普段見ない表情のバラパラムに彼女は一瞬ハッとした様な顔になるが、用事を思い出したのかすぐに言葉を続ける。
「その、お客さんが……」
「お客さん……?」
見れば、そこで待っている様に言われたのか、機巧侍と、ボリュームのある銀髪をたなびかせた少女が絶妙な距離感をその間に開けて入り口の前で立っていた。
銀髪の少女の所属を知っているのか、機巧侍は見るからに敵意と警戒を振り撒いている。
もっとも、件の少女はそ知らぬ顔だが。
「れ、†麗沙†……さんっ!?」
「お久しぶりです、バラパラム」
「は、はぁ……久しぶり、ですね……?」
唖然として挨拶を交わしたバラパラムに機巧侍が凄まじい勢いで突撃する。そして、バラパラムの長い耳に手を当てるとコソコソと話を始めた。
(おい、バラパラム!〈D.D.D〉と知り合いってのはどういうこった!?)
(単にゲーム時代の知り合いというだけで……)
(じゃあ、なんでこの場所がバレて、しかもお前がいるって知ってんだ!)
(私にも分かりませんってば!)
二人がコソコソとしながらも物凄い剣幕で言い合っている間、麗沙はアーニャに勧められて一礼してから向かいのソファーに座る。そしてアーニャの入れたお湯の味がするお茶を表情も変えずに飲み進めていた。
二人は同時にチラッとそんな麗沙の様子を見てから、再び至近距離に顔を付き合わせる。
(おんどれ、この女……合法ロリみたいな見た目しおってる癖に余裕ぶっこきおって……!!)
(……)
(かくなる上は直接聞き出してお前が白なのか黒なのかを……)
「あ、私がこの場所を知ってるのはどほおさんに聞いたからですよ」
『えっ』
聞いてもいないのに答えた麗沙の顔をバラパラムと機巧侍、そしてアーニャがポカンとした顔で見つめる。
流石に予想しえない答えを聞いて3人の思考が停止した。
他の〈冒険者〉などから護るためにこの場所は機巧侍達と集落の〈大地人〉達で秘匿することに決めているのだ。それは弩砲騎士も知っているはず。
「どういう……ことだ。弩砲の旦那が裏切ったのか……?」
「いや、弩砲騎士はそんなことしません。一度身内と認めたら、確実に味方につく。そんな人ですよ」
「ならなんで」
「あの人が突拍子も無いことをする時は何か目的がある時です。私達の家を危険にさらしてまで達したい目的と言うと……」
そこで麗沙が紅茶もどきの入ったカップをテーブルに置いた。
何気ない仕草だが、バラパラムと機巧侍は妙に気を削がれてしまう。
その間を見たのか、麗沙が口を開いた。
「念話をしたのです。切られるかと思いましたが、案外あっさりとどほおさんは念話に出てくれました。そしてこの場所を教えてもらったのです。流石に私も不思議と言うか、不審に思ったので理由を聞きました」
麗沙以外の3人は無言だ。話の続きを促されてると判断した麗沙は、弩砲騎士が言葉にした理由を声に出す。
「そうしたら、『お前達とマトモに戦えるから』と言ってましたよ」
「どういう……?」
バラパラムが首を傾げると、機巧侍が唐突に膝を叩き ─心なしか頭の上に電球が見える─ 理解の叫びをあげた。
「ここに〈大地人〉がいるからだってのか……!」
「御名答、と言ってあげましょう」
おいてけぼりで困惑しているバラパラムに視線を向けて、麗沙は少し得意気に指をたてる。
「我々は名目上、特に危険なPKを打倒することを今回の目的にしています。道徳と言うか、心情的に〈大地人〉は傷付けたくはありません。もし〈大地人〉を傷付けることを許容する様なら、脱退者がそれなりに出ることでしょう。私も同じ気持ちですしね」
「だからこそ、俺達がこの集落にいる限り下手な手は打てんということだな」
「はい。どほおさんはそこを狙ったのでしょう。もしこの集落の近辺で戦うなら〈大地人〉を巻き込まない、PT同士もしくは〈冒険者〉同士の小規模戦闘しか行えないということです。真正面からの戦いを好む彼なら、この状況は歓迎すべきなんでしょうね」
機巧侍が眉をしかめる。元々、ここの廃ビルの集落を拠点にすることを最初に決めたのは機巧侍だ。故に、まるで〈大地人〉を盾にする様なこの状況に快い感情を抱いていないのである。
バラパラムとて同じだ。
そして、麗沙にこの場所を教えた弩砲騎士は、〈大地人〉を結果的に盾にすることを許容したということになる。
「旦那……何考えてやがる……」
機巧侍の口から漏れた疑念の声。声に出さずとも、バラパラムにも抑えようの無い猜疑心がムクムクと顔をもたげている。
それは表情にも表れたのか、麗沙が二人の顔を見つめていた。
「……とはいえ、私はこの場所のことを誰かに話す気は無いです。そもそもそれが目的じゃありませんし」
「そういえば、結局バラパラムに何の用なんだ」
麗沙が一呼吸の間を置くと
「──夢見る弩砲騎士の討伐。その協力の依頼です」
静かに、裏切りを持ちかけた。
裏切られても弩砲騎士が怒るビジョンが見えない。