惰性と後悔の居場所
バラパラムはついこの間から、住処としている廃ビルの入り口をくぐった。
元々は機巧侍達がギルドの拠点として使っていた場所らしい。
ヒビの入った窓から外を覗くと、このビルの周りにも他のビルがあるのが分かる。今、バラパラムがいるビルよりは小さいそれらのビルは、まるで寄り添う様な姿にすら感じさせる。
バラパラムは視線を窓から戻し、足を進めてビルの中を進んでいく。
目指していた、休憩所として使われている広い部屋に入ると、古ぼけたソファーに身を預けて息を吐いた。
長い溜め息だ。案外と、疲れているのかもしれない。
そうして佇んでいると、コトリ、と目の前にお茶が入ったカップが置かれる。
「ど、どうぞ」
顔をあげると、そこには〈大地人〉の少女がいた。名前は……アーニャ、だったか。
バラパラムは表示されるステータスウィンドウを確認し、名前を間違えていないことを確認すると、静かに礼をする。
顔を赤らめてもごもごと何事か口を動かすアーニャを見て、バラパラムは苦笑した。
ここに来た時には驚いたが、機巧侍達は〈大地人〉が集落としているビルのひとつをギルドハウスとしていたらしい。
ビルの中や、そのビル群に寄り添う様な形で集落を作っていた〈大地人〉達とは最初は距離を置いていたらしいのだが、集落に近付いたり近辺を縄張りとするエネミーを退治する様になってからは徐々に距離が縮まり、今となっては集落の一員として扱われているという。
PKとして〈冒険者〉からはみ出し者として扱われる彼らが、〈大地人〉には家族同然に扱われる。その事実に、バラパラムは少し笑ったものだ。
別に自分達が雇っている訳ではないが、生活能力に乏しい〈冒険者〉の為に〈大地人〉の集落の中から世話役として何人かこのビルで働いている。
アーニャもその一人であった。
「バ、バラパラムさん……その、つ、疲れてるみたいでしたので」
聞いた訳ではない ─というかバラパラムは基本的に無口であり〈大地人〉と喋ることも無い─ が、沈黙に耐え兼ねたのだろうアーニャがお茶を出してくれた理由を口にする。
彼女の言葉にバラパラムは目を丸くすると、再び笑みを浮かべて
「……ありがとうございます」
今度は口で礼を言った。
アーニャは驚いた様にバラパラムを見て、赤くなった顔を更に赤くする。流石に自分でも表情が分かるのか、手に持つお盆で顔を隠しながら
「ど、ど、ど、どう、いたしまして……」
と、なんとか返事を返すことに成功した。
バラパラムは視線をお茶に戻し、カップを持って口をつける。無論お茶の味などしないが、それは温かく臓腑に染み渡り、アーニャが誠意を込めて淹れてくれたものだと分かった。
だが、それでも……と思考を続けた矢先、バラパラムと向かい合うソファーに、ミチミチと音をたてながら誰かが座る。
常に全身鎧を身に纏う我らのリーダー。
“夢見る弩砲騎士”
「二度手間ですまないが、俺にも飲み物をくれるか」
「ひぅ……は、はいっ!」
バラパラムにするのとはまた別の上擦った声を出し、アーニャがパタパタとかけていく。
「ふむ……俺が何かしたかな」
「……怖いんでしょう」
「別に彼らに何もする気は無いぞ」
「あなたの戦いを見たなら、味方でも怖がりますよ」
バラパラムはチラとアーニャのかけていった方を見る。
この集落に来た時、機巧侍が連れていかなかった仲間が集落に数人残っていた。機巧侍の話を聞くと、納得できないと弩砲騎士に勝負を挑む者もいたのだ。
だが、弩砲騎士はそんな者も容赦なく弩砲で撃ち抜いた。一切の情け容赦無く。どちらが格上か示す様に。
機巧侍率いるPK達は、まだ話の通じる雰囲気だったから良かった。しかし、弩砲騎士は違う。話をする余地すら見せず戦いを選んだ彼に、〈大地人〉達は恐怖したのである。
「……ど、どうぞ……」
「すまんな」
アーニャが青い顔に震える手で弩砲騎士の前にお茶を置く。いっそ哀れな程のその様子に、バラパラムは彼女をさがらせた。
そのやりとりに弩砲騎士は肩をすくめる。
「嫌われたもんだ」
「……それで、あなたは何をしにきたんです?」
「お前の調子が悪そうだから見に来たんだか」
まるで感情をこめず、バラパラムへの心配を口にする。弩砲騎士はあまり嘘は言わない。口にしたからには本心なのだろう。
「調子は……あまり良くないですね」
「そうだろうな。見れば分かる」
「……そうですか」
「まぁ、それでもイケメンは得だな。いたいけなお嬢ちゃんにあんな顔をさせやがってからに」
ククク、と弩砲騎士は笑う。からかいの言葉。
だが、バラパラムはそんな冗談に付き合うつもりは無かった。
「……このお茶も」
「ん?」
「このお茶も、血の味がするんです」
バラパラムは自分の手を見る。今までに攻撃した相手の感触が、はなれない。忘れられない。
「弩砲騎士……あなたは、何故、同じ〈冒険者〉を倒して最強になりたいんです。最強なら、モンスター相手に戦ったって良いじゃないですか。〈シルバーソード〉みたいにレイドで勝ち続けても、最強でしょう……?」
ふむ、と弩砲騎士がお茶の入ったカップを掲げる。
カップを顔の前まで持ってきてから少し悩み、兜の隙間から少しずつお茶を流し込む。
「あっつ……!」
「何してるんですか……」
「んん……人を殺して、最強になりたい理由か」
弩砲騎士は横に置いた弩砲を撫でる。
言葉を選んでいるのだろう。
バラパラムはお湯の味がするお茶を再び口に含みながら、待ち続けた。
「ま、手っ取り早いからだな」
「……」
「手っ取り早く戦えて、手っ取り早く強くなれる。エネミーとは違って日に日に〈冒険者〉も強くなっていく。それにどうせエネミーは〈冒険者〉に負ける様に作ってあるんだ。だからこそ、〈冒険者〉と戦うことに意味がある」
ふっと弩砲騎士の顔が虚空に向けられた。念話だろう。特定個人に電話の様な連絡をする機能だ。
「準備が出来たらしい。ではな。俺は行く」
恐らく、仲間から次のPKの準備が整ったと連絡を受けたのだろう。
弩砲騎士は古ぼけたソファーから立ち上がると、部屋から去る。
PKギルドの面々と組んでから、弩砲騎士はバラパラムをPKに連れていくことはしなくなった。
どちらかと言えば悪役然とした人だが、偽悪的で身内に甘い人だと知っている。だからかバラパラムは、弩砲騎士をどうしても嫌いになれず、彼から離れることも出来ない。
彼を別の道に歩ませる強さもバラパラムには無い。
ここにあるのは、バラパラムの後悔だ。
「そんなに強くなって……あなたは、どうするんですか……」
ただ強くなるだけの友人。その先には、誰も待ってはいない。
弩砲騎士の鎧に反射する夕陽が、まるで彼自身の黄昏時の様にバラパラムには思えた。