狂騎士の始動
なんとなく書きたくなった話
彼の耳に人の声が届いた。
賑やかと言った雰囲気ではなく、混乱し、錯乱し、ただただ理不尽への驚愕と不安、そしてどうしようもない怒りを振り撒く人々の声だ。
それを感じた後に視覚へと襲い来る激しいノイズは、まるで自分じゃない物に自分を接続したかの様な激しい違和感が根源だろう。
「………」
足に力を入れて立ち上がると、全身のあちこちからガシャリと金属のぶつかる音がする。
ノイズの消えた視覚で確認すると、身体が金属に覆われているのが確認できた。
近場の泉に身をうつせば、中世の騎士 ─とはいえもっとゴツくゲーム的だが─ の様な全身鎧に身を包む見知った姿の大男が確認できる。
ふと、集中すると目の前にホログラムに似たウィンドウが視界に重なる。何度も見た ─正確には見えるというより分かるという感じだが─ ステータス画面。そこには自分の名前も書いてある。
「……“夢見る弩砲騎士”……なん、ですか……?」
誰かに呼ばれて彼……夢見る弩砲騎士が振り向けば、眼鏡をかけた精悍な黒髪の尖った耳の青年がそこにいた。
青年の名前は、同じ様に彼の周囲の空間に浮かんだウィンドウに表示されている。
「“バラパラム”、か」
確認できた。それは、とても実感のこもらない確認だったが、口に出すことで現実であることは分かるのだ。
バラパラムは、ついここで目覚める直前まで一緒に遊んでいた仲間だ。普段は無口であるが、必要なことは話す。存外にこの青年を弩砲騎士は気に入っていた。
少し落ち着いた頭で周囲を見渡せば、混乱する人々や、彼と同じ様に混乱する素振りを多少抑えて冷静に状況を把握しようとする人々、そして生活感のある廃墟に似た街が目に入る。
「これは……これはいったい」
「さてな。だが、分かることはある」
普段は冷静なバラパラムも、不安げな表情で弩砲騎士を見上げていた。
「ここが、さっきまでPCの中で俺達が見つめていた“エルダーテイル”の世界。そして……俺達は“俺達の〈冒険者〉になっている”ということだけだ」
「ゲームの中に……入ったってことですか?そんなVRみたいな」
「ただゲームの中に入ったって訳じゃあるまい」
弩砲騎士は、自分達〈冒険者〉がNPCと呼ぶ〈大地人〉に、掴みかかる勢いで「GMを出せよ!」と叫ぶ〈冒険者〉の男の肩を叩くと、その男を押し退け怯える〈大地人〉に話かける。
「な、なにすんだよお前!」
「余りにも見苦しくてつい……ちなみに、俺に手をあげると衛兵が来ると思うが死にたいのか」
〈冒険者〉の男は青ざめると、弩砲騎士の元から離れていく。
「すまんな。慣れない状況に混乱してる様なんだ。許してやってくれ」
「は、はぃ……」
この状況を慣れない状況と片付ける弩砲騎士に、バラパラムは一抹の不安を覚えた。
彼が、弩砲騎士が冷静すぎる様に見える時は、既に何らかの確信と目的を持って動いてる時だけだからだ。
そんな時は、突然突拍子もないことを言い出す。
「ひとつ聞きたいが、ここはヤマトにあるアキバの街であってるかな?」
「は、はい」
「外に出ればモンスターがいる?」
「い、います」
「俺達は〈冒険者〉で、君達は〈大地人〉」
「そう……です。はい」
「OK。それが分かれば十分だ」
夢見る弩砲騎士は、今度こそ確信した。
ここが先程まで自分達がアップデートを待ち望み、日が変わる時間まで覗いていたネットゲーム“エルダーテイル”であると。
もしかしたら良く似ているだけかもしれないが、重要なのはそこじゃない。
エルダーテイルの知識が通用する世界なのかどうか。それだけだ。
話をした〈大地人〉の売るリンゴを二つ買い礼を言うと、この場を立ち去る。
「今のはどういう」
「確認さ。ここは、俺達がホームタウンにしていたアキバの街。エルダーテイルと同じく外に出ればモンスターがいる。衛兵の名を出したときに〈大地人〉の顔色は若干変化したから、衛兵はいるんだろう。そんなことより……」
「………?」
「俺の知る限り、あの場所にNPCの露店なんて無かった」
ひとつめの、知識が通用しない部分を発見した。
この発見はつまるところ、〈大地人〉に関してはゲーム時代の知識が通用しないことがある、ということになる。
「それが……?」
「情報が足りない。だが、この状況では情報を得るのすら至難の技だ。誰もが、誰かと交換する情報も無いんだからな」
「……」
「ひとまず、今試せることは全て試すか」
弩砲騎士とバラパラムはお互いにメニューを開いた。装備変更や所持品のチェック、ログアウトボタンや障害報告用のGMコールなども調べる。
「ログアウトボタンは消えてるな。GMコールも死んでやがる」
「……ステータスも多分、変わってませんね。装備や所持品もそのまま……」
「好都合。レベル90のステータスを保ったままというのは最高な状況だ」
「……何を考えているんですか」
「街の外に出る」
クルリ、と弩砲騎士はバラパラムに振り向いた。そうして手にしたリンゴの片方を投げ渡すと、酷く愉快そうな笑みを含む声色で話し出す。
「考えても見ろ。俺達が育てた俺達の最強の身体を手に入れたんだぞ。どこまで出来るか試したいとは思わないのか?」
「………」
バラパラムは絶句した。
周囲は今だ混乱の中だ。だと言うのに目の前の全身鎧は新しい装備を手にいれたかの如く語るのだ。
ただ戦ってみたい……と。
「……本気で?」
「無論だ」
「この状況で、ですよ!あなたは……誰と安心を求めるでもなく、戦うと?力を……試したいと!?」
「そう言ってる」
狂っている。この時、バラパラムは心底に彼をそう評した。
ただ、歪んだ熱を帯びた弩砲騎士の返答に、バラパラムは彼の未来を案じずにはいられなかった。
長年同じゲームで遊んできたフレンドだからか、友達だからか。バラパラムは酷いお人好しだった。
「私は……このバラパラムの身体は、現実と少々差異があります。だから、動くのに違和感を感じています。弩砲騎士には無いんですか?」
「身体は問題ない。ただ金属鎧だからな、少し慣れてみないとダメだろう」
「な、なら……落ち着いてからでも」
「普段は喋らないのに、今は何時に無く饒舌だな」
「……お願いします」
「却下だ。まぁ、落ち着いてリンゴでも食え」
バラパラムは悲しそうに手元のリンゴに目をやる。綺麗な赤色だ。表面を袖でふくと、一気にかぶり付いた。
よく知ってる、リンゴの味だった。
「そういえば、弩砲騎士はその格好でリンゴを食べるんですか?」
「……あ」
弩砲騎士は結局リンゴを食べなかった。