ギルド上層部の憂鬱
「……最近、どうやら冒険者見習い達が姿を消しているようです」
「フン、嘆かわしい事だ。最近の若者ときたら根性が無くて困る。大方、冒険者という仕事に恐れをなして逃げ出したのだろう」
淡々とした声で報告したのは、グレン・シーモア補佐官。涼しげな容貌と有能さで、男女問わず人気がある男だ。ただし素っ気も愛想も無さ過ぎるという、敵を作りやすいタイプでもあった。
『最近の若者ときたら』が口癖の、冒険者ギルド長ドリセア・ウルマ。皺の目立つ外見だが、その外見自体は30年前から変わっていないと専らの噂である。引退した女性でありながらその戦闘能力はギルド随一、世界でも英雄と呼ばれる者の一人だ。
「いえ、調べによると宿屋に荷物を残したまま、彼らは失踪したようです。そのパーティーも、死体が上がっていないことが今回の件の特徴です」
「死体が上がっていない……アンデッドにでも堕ちたか」
「ですが、アンデッドの目撃情報もありません」
「冗談だ。死んでいるのだから目撃情報もクソもあるものか。アンデッドでなくとも、何かしらここにいるはずのないモンスターが現れた可能性が高いな」
時折、そういった不幸な事故があるのだ。
縄張り争いに負けたモンスターが新たな生活場所を求めて流れてきたり、魔術師が実験でおかしな生き物を創り出したり、突然変異による生態系の変化だったり……数え上げればキリがない。
そのようなモンスターが現れた場合、冒険者見習いや新米冒険者では太刀打ちすることが出来ない。こればかりは事前に分かることではなく、防ぐのは難しい。起こってしまった後は、いかに素早く対処するかどうかだ。
「多くの冒険者見習い達は、始まりの森での依頼の最中に死んだものと思われます。始まりの森での依頼が23件未達成のまま、彼らは居なくなりました。モンスター討伐任務だけでなく、ただの薬草採取の依頼ですら失敗していることになります」
「そうか。ならばこれより始まりの森への立ち入りは禁じろ。私から、いくつかの有力ギルドへの書状を出す。森へは調査官を送れ。念のため、護衛の数を増やしておけ」
「ドリセア様が直接、ですか?」
「ああ。今回は、何か嫌な予感がするんだ。とんでもない災厄の前触れの様な……。いや、気にするな。行け」
一礼して部屋を出て行ったグレン。戦闘能力は大したことは無いのだが、事務員としての能力にはドリセアも一目置いていた。
それと対照的に、ドリセアは書類仕事が大嫌いだった。けれど仕方がない。どうしても、嫌な感じが振り払えない。戦闘の時のこの感じは、大抵当たるものだった。
「一足遅かったわね」
「ああ、遅かったな」
無論、相手のことを言っているのである。ヴィレジーとエリーザは勝ち誇る側だ。
始まりの森の入り口には、ギルドの人間が立ち塞がっている。最近、始まりの森に出る上級モンスターの噂は広まりつつあるため、それを狩ろうと意気込む冒険者や野次馬で、入り口には人がごった返していた。
「ふふふ、上級モンスターだなんて。探すだけ無駄よ」
「スライムだって知ったら、あいつらどんな顔するか」
新人達を狩ることで、経験値をそれなりに稼いだ二人の手持ちのスライムは、予定の10億を遥かに凌駕する数だった。また、スライム達はその他のモンスターさえも食らい、着々と繁栄を遂げていた。
「必死に守りを固めてるみたいだけど……私達は守られるべき人間だもの」
「内側から攻撃し放題だな」
一度使い魔としてしまえば、どこにいようと好きな時に召喚できるので、エリーザとヴィレジーは森に入れなくとも何の問題も無い。
「どこから攻めましょうね? ふふ、わくわくするわ」
「ギルド本部狙うんだろ? そこに全勢力をぶち込もうぜ!!」
それも良いと思うのだが、もう少し策が欲しい。それではあまりにも頭が悪そうだし、なんか嫌だ。
せっかくの世界征服への第一歩。もう少し味わいのあるものにしたい。知略を凝らし、鮮やかに、優雅に、それでいて大胆に。それが世界の王のあるべき姿ではないのか。
「そうだわ、陽動とかやってみたらどうかしら?」
「カッコいいな、それ! じゃあさ、こういうのはどうだ?」
罪悪感などどこ吹く風、二人の悪巧みは止まらない。
世界征服の前に、多少の犠牲など気にしていられないのだ。
スライム「一狩り行こうぜ!」