ロリの解説授業
「低能なヴィレジーのために、もう一度だけ説明してあげるわ!」
「おぉっ、待ってました! エリーザ先生の秘密授業!」
金の鵞鳥亭の大きな風呂から上がったばかりの二人は、早速ミーティングを始めた。
広いベッドの上にふんぞり返って仁王立ちし、洗いたての金髪を背中に払いのけるエリーザ。その横にうつ伏せに横たわり、ノリ良く拍手をするヴィレジー。
サイドテーブルにはローストビーフや七面鳥などの肉類と、ケーキやタルト、フィナンシェその他様々な菓子が所狭しと並んでいる。運ばれてきたワゴンにも、さらに多くの食べ物が積まれている。その量はとても2人分とは思えない程だ。
「今回重要なのは―――スライム。スライムの特徴を言ってみなさい」
「図書館で見たから覚えてるぜ! えっと、『弱い』、『経験値が少ない』、それから『合体・分裂する』、だったか?」
よく言えました、とエリーザが褒める。ご褒美として、サイドテーブルからたっぷりと白い生クリームのかかったケーキをヴィレジーの口に突っ込んでやった。
口の周りにクリームを付けながら嬉しそうにケーキを頬張る姿は残念極まりないが、そんなことは気にせずエリーザは説明を続けた。
「2体のスライムが冒険者と戦っているとしましょう。スライムは負けそうになると、合体するわ。これ、どういうことだか分かる?」
「仲間を吸収したスライムが、そいつの分の経験値を食らって成長するってことだろ?」
「そこで思考停止するからお馬鹿さんなのよ!」
ザク、と肉汁滴るステーキにフォークを突き立て、齧り付く。テーブルマナーも上品さも、見る人が居なければ気にすることはないのだ。
口一杯の肉を飲みこむと、エリーザは捲し立てた。
「そこがおかしいのよ。普通、同じレベルのモンスターを吸収―――倒したとして、そこまで一気に強くなるはずがないわ。でも、スライムは違う」
冒険者だろうとモンスターだろうと本人、いや本体のレベルが高い程、次のレベルにアップするために必要な経験値は多くなる。例えばレベル5の冒険者が同レベルのモンスターを一体倒したとしても、レベルは1も上がらない。レベルを効率よく上げるためには、どうしても己より強いモンスターを倒す必要がある。それも何体も。
だがスライムはどうしたことか、レベル5の二匹で合体した後はレベル10のステータスを誇るのだ。
「つまり、スライムの経験値効率はとんでもなくずば抜けているわ。スライムはその気になればどの生物よりも速く成長することができるのよ」
「でも、普通のスライムから得られる経験値はとんでもなく少ないぞ? それに弱いし」
エリーザの解説に、彼は疑問を呈する。
「ふふふ。ヴィレジー、どうして最弱と言われるスライムがあんなにも繁殖していると思う?」
「分裂して増えるからだろ?」
「でも、分裂したらレベルも半分になってしまうわ」
先程とは反対に、分裂すると一匹のレベル10のスライムは二匹のレベル5のスライムにもどってしまうのだ。
「お? うーむ、もう少し詳しく説明してくれ」
エリーザの立てた仮説はこうだ。
合体したスライムは強敵だ。攻撃力は高く、防御力も比べ物にならない。当然だ。敵のレベルは倍になっているのだから。
その強化されたスライムならば、バトルの勝率は格段に上がる。スライムだからと油断して襲い掛かってきた冒険者やモンスターを返り討ちにすることだって可能だ。
そうして敵を倒したスライムは、相手を捕食する。
「この瞬間、スライムのレベルも跳ね上がるわ。なんたって、彼らは相手の経験値を丸ごと吸収してしまうのだから」
「それでもスライムが強くならないのは何でだ?」
「それはね、『分裂』しているのよ。増えた経験値とレベルを、そのまま種の繁栄に捧げてるってわけ」
きっとそのまま分裂せずに経験値を蓄え続けたのがキングスライムと呼ばれる突然変異種なのね、とエリーザは補足した。
「どんなに敵を倒してもすぐに分裂してしまうから、いつまでたってもスライムは『弱い』『経験値の入らない』モンスターなの。現に、自己を強化する道を選んだキングスライムなんかは、十分経験値を持っているわ」
キングスライムはレアモンスターと呼ばれるだけあって、経験値がかなり入る部類のモンスターだ。このキングスライムの存在が、エリーザの仮説を裏付ける。
「じゃあ、森中にいるスライムを合体させれば、最強のスライムが出来上がるな!」
「何にも分かってないじゃない、このド低能!」
エリーザが、その無駄に整った顔を鞭で引っ叩こうとするが、それは避けられてしまった。
きぃ、と悔しそうにベッドの上で地団太を踏む。大して難しい話でもないのに、理解できない青年がもどかしくて仕方がない。
ひでぇ、と嘆くヴィレジーはフルーツのこれでもかと盛られたタルトを頬張った。上にかかっているゼリーが美しい。新鮮なフルーツの歯ごたえがたまらない。
「『分裂』よ! この子をレベル2にして、2体に増やすのよ!」
「あれ? それだと、レベル1の貧弱モンスターが2体しかできねーぞ?」
「そうよ。今日で1体。明日には2体に増やせるでしょう? そうしたら、その2体のレベルを上げて4体に増やすの! 最初は私達の手でスライム達のレベルを上げてあげる必要があるけど、途中からは彼ら自身でやっていけるはずよ」
ふふん、と自慢げな彼女だが、ヴィレジーの方はまだ納得いかない、という表情をしている。
4体に増えたからどうしたというのだ。そこから増やすのは分かるが、今一つ計画の全貌が掴めない。
あーあ、と呆れたようにエリーザも嘆く。ここまで来たのだから、あとは簡単な算数が出来ればどうにかなるのだ。連れが低能過ぎるとどうにも困る。
それでも優しく、歌うようにエリーザは説明進めた。
「可哀そうなくらい低能なのね、ヴィレジー。今日で1体、明日で2体。3日目で4体、4日目で8体。5日目16体、6日目32体、7日目64体、8日目128体、9日目256体、10日目512体、11日1024体……」
「な、なんか多くねぇか?」
「こんなもんじゃないわよ。これを1か月続けたら、どうなると思う?」
ヴィレジーがうなりながら、その頭を回転させる。が、今にも煙を上げて爆発しそうだ。
低容量の脳みそにこれ以上仕事をさせるのも酷だと思い、エリーザは答えを告げた。
「30日目、1073741824体」
「……は」
「途中で死んじゃう子も結構いるだろうから、10億匹ってとこかしら」
「す、げぇな!」
ヴィレジーはエリーザを抱き上げ、くるくると回す。最初は慌てていたエリーザも、あまりにヴィレジーが嬉しそうなので、一緒になって笑った。
「すげぇよ、エリーザすげぇ! これ、世界征服できんじゃねぇの!?」
「頑張ればいけるかもしれないわ。でも、まずは試験的にこの街で試すのよ!」
「ちまちまレベル上げしてる奴らが馬鹿みたいだな! 俺らは一匹のスライムで世界征服だぜ!?」
「ふふ、私に感謝しなさい! うふっ、あははははははははははは!」
この後、宿屋の他の客から苦情が来るまで、二人は馬鹿騒ぎを続けた。
適当なコトほざいてますが、難しく考えないことを推奨します。
むしろ矛盾とかあったら指摘されると死にます。