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傀儡奇伝(くぐつきでん)  作者: 黒崎 海
第十二章 燻り逝く宿怨
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第二話

 魅草庵のある場所は、周りが山と原野に囲まれた侘しい所だった。


 すぐ裏手には小高い山があり、その中腹からは 清水が涌いて小川となり、サラサラと庵の脇を流れている。

瓦屋根の建物は、それ自体は平屋造りの小さな物だが、ぐるりと張り巡らされた生け垣の中 には松や梅、その他の樹木が整然と植えられた広大な庭となっていた。

 

 「魅草庵」と墨字で書かれた艶のある表札の周りを、濃い緑の蔦がぐるりと取り巻いている。


 玄関には「忌」と書かれた紙切れが貼られているが、他に人家が無いためか、はたまたまだ朝早い為なのか、二人の他に人はいなかった。


 「お葬式だったわね。こんな恰好で大丈夫かしら?」


 玄関の前に立ち尽くした海華は、自分の着物に目を落とした。

薄墨色の着流しを纏った朱王は別にして、明るい水色に紫露草の柄入り着物のでは、到底弔問に来たようには見えない。

叩き帰されても文句は言えない出で立ちだった。


 「仕方ない。裏から行くか」


 そう呟いた朱王は、生け垣を通り抜けて裏口を探しに歩いた。


 二人が裏へ向かうと、ちょうど手伝いらしき婆さんが井戸で水汲みをしている最中だった。

恐る恐る訳を話すと、すんなりと中へ通してくれたのだ。


 裏庭が見渡せる客間へと二人は通され、そこでお新を待つ事となる。

手持ち無沙汰の海華が、何気なく庭に目をやった。


 照り付ける太陽が、陽炎を作り出す。

外から垣間見た、手入れが行き届いた庭とは正反対、名前もわからぬ紫色の花や、雑草か観賞用か区別がつかぬ草が雑然と生えている。


 一番奥には、奇妙な形に曲がりくねった木々。

円錐形の花を垂らす太い蔓。

毒々しいほど赤い花が陽炎に揺れている。

まるで、極彩色の錦絵だ。


 「なんの花なのかしら?」


 「こんな物、見た事無いな。」


 朱王も、思わず庭へと目が吸い寄せられる。

と、手前の襖が音も無く開かれた。

鮮やかな庭とは真逆の、喪服の黒が二人の目に焼き付く。


 遠くから、気の早い蝉が羽を震わす音色が響く。

庵の中は、死んだように静まり返っていた。


 屋外と屋内、咲き誇る花々と陰欝な喪服、陰と陽が攻めぎ合う光景が、二人の視界を支配していった。


 ご迷惑をお掛けしました。


 喪服の背中が何度も丸められた。

二人の前に現れたお新は、窶れてはいるが番屋で会った時と同様に能面のような表情のまま、こちらが申し訳なく思うほどに謝り倒している。


 「どうぞ頭を上げて下さい。それよりも、この度は何と申し上げてよいのか……」


 ご愁傷様です。と、二人は型通りの悔やみの言葉を伝えるしか出来なかった。

とても人形の件を話せるような気持ちにはなれない。


 「ご丁寧にありがとうございます」


 やっと面を上げたお新、ほつれ髪が一筋、頬へかかる。


 「今日は……。主人がお願いしていた人形の事で?」


 空虚な瞳が朱王を射る。

心中を見透かされたのか、朱王は言葉に詰まった。

すかさず海華が、はい、と返事を返す。


 少々お待ち下さい。そう言い残し、お新は席を外した。


 「お前、何もこんな時に。」


 ギロリと横目で睨みつけるが、海華は涼しい顔のまま朱王へ視線を向けた。


 「向こうから切り出してきたのよ? ちょうど良かったじゃない」 


 そう言い放ち、冷めかけた茶を啜る。

お新は紫色の包みを手にし、すぐに戻ってきた。


 「二十両入っております。どうぞ、お確かめ下さい」


 失礼します、と小さく頭を下げて差し出された包みを朱王が開く。

鈍く輝く、山吹の束がそこにはあった。


 「確かに頂戴致しました。品物は、もう暫くお時間を頂きます。仕上がりましたら、すぐにお持ち致しますので」


 「……主人の形見になりました。どうぞよろしくお願いいたします」


 クタリと頭が下げられる。

客間に、押し潰されそうな程重たい空気が充満する。

それを振り払うかの如く海華は庭に目を向け、 妙に明るい声を出した。


 「綺麗なお庭ですね! 私、こんな花見たの初めてです」


 「綺麗……? そうでしょうか?」


 お新は真っ直ぐ正面を向いたまま。

声は地の底から湧き出るようだ。


「私はあの花も、この庭も家も、大嫌いです」


 大嫌い。 最後の呟きは二人にもはっきりわかる程憎しみが込められたものだった。


 伽南からの言伝を伝えた二人は、すぐに庵を後にした。

これ以上話しが出来る雰囲気では無かったのだ。


 帰る頃になると、ちらほら弔問客の姿も見られたため、やはり裏から出て行く事にした。


 「何だか薄気味悪いって言うか……、変な感じの人だったわね」


 道の小石を蹴飛ばしながら、海華が言った。


 「まぁ、あんな事があったばかりだからな」


 そう返したものの、どこか釈然としない表情を見せる朱王。

懐に納めた金が、カチリと音を立てる。


 「お金は入ったんだから何も文句は無いんだけどさ。あ、兄様ちょっと待って!」


 庵の門を出た海華は、突然横の叢に分け入った。

しゃがみ込み、ガサガサと草を掻き分けながら何かを摘み取っている。


 「何やってるんだ?」


 「セリよ、セリ! いっぱい生えてるわ!」


 嬉々とした声色で、海華は摘んだ草を目の前に掲げる。

それは確かに、時々食卓にお浸しや味噌汁になって出るくるセリだった。


 「勝手に取っていいのか?」


 朱王は眉を潜めた。


 「いいでしょ、庵の中じゃあ無いんだし。もう 少し貰って行こうっと」


 海華が新たなセリに手を伸ばす。その時だった。


「ちょっとアンタ達! それ取っちゃ駄目だよ!」


 しわがれた声が耳に飛び込む。

驚いた二人が顔を上げると、門の方から先ほど裏で水を汲んでいた老婆がパタパタ駆け寄ってきた。


 「申し訳ありません、勝手な事を……」


 朱王がペコペコと頭を下げ、海華はくさむらから跳ね上がる。


「違うよ。大方セリと間違えたんだろうけどさ、それは毒があるんだよぅ」


 老婆は身振り手振りを交えて、海華にそれを捨てるよう促した。


 「えっ、毒!? だってこれ……」


 うろたえながら老婆と手中のセリを交互に見遣る海華。

老婆は黄ばんだ歯を見せながら喋り散らす。


「そりゃ毒ゼリだよ。食べたらあっという間にあの世行きだ。ここらにあるヤツは、みぃんな 毒があるんだよ!」


 老婆の台詞に小さく悲鳴を上げながら、海華は遠くにセリを放り投げる。

朱王は、老婆と視線を合わせるように、僅かに背を屈めた。


 「この辺りは、元々毒草が多いのですか?」 


 「いいや。ここの旦那が植えたのさ。中の庭も、家の周りにもねぇ。あんな物育てるのが趣 味ってんだから、変わった人だったやね」


 フンと鼻を鳴らし、皺だらけの顔に更に皺を寄せて老婆が吐き捨てた。


 「あたしゃ、お新ちゃんと同じ村の出なんだけどさ。何がよくてあんな爺と一緒になったんだか」


 あたしもいい婆だけどね。そう付け足した老婆は真っ赤な口を開け、ゲラゲラと笑う。

だが、二人の耳には、既にその笑い声は聞こえていなかった。







 帰りが遅くなると思うから、夕飯は外で食べてね。


 翌日の昼間、一度戻った海華は、そう言い残して出て行った。

その言葉通り、戻ってきたのは戌の刻を過ぎた頃だった。


 「ただいま! あぁ、疲れた!」


 流した汗で襟元を湿らせた海華は、木箱を置くなり変えたばかりの畳へ、ゴロリと横になる。


 「遅かったな。またあの庵に行っていたのか?」


 人形に色付けを施しながら、朱王が視線だけを動かす。

その台詞に、海華が跳び起きた。


「え!? なんで!?」


 なぜ知っているのか、と海華の顔には大きく書かれている。

朱王は土間に置かれた下駄を指さした。


 「街中にいたら、あんなに泥だらけにはならないよ。あれは田んぼの土だ。あの庵の近くにも、田んぼがあったからな」


 「兄様には敵わないわ。行ってきたわよ、お新さんの育った村に。面白い事聞いて来ちゃった」


 ペタリと座り込み、海華は滔々と語り始めた。


 お新は、庵近くにある東野村で産まれた。

母親は早くに亡くし、父親と二人で細々と田畑を耕し生計を立てていたらしい。


 杉村があの場所に移り住んだのはお新が十七の時だった。

住み込みの使用人を探している、と人づてに聞いたお新は、少しでも暮らしが楽になればと、庵で働く事にしたのだ。


 「で、一つ屋根の下で暮らすうちに、あの爺さんに見初められて一緒にならないかって、話しになった訳」


 「まぁ、有り得ない話しではないがな。で、父親の方は快諾したのか?」


 まさか! 一声叫んで、ケラケラと笑う。

が、それは一瞬ですぐに真顔に戻った。


 「大反対したってさ。当たり前よね、いくら金持ちったって、自分より年上なんだから。で、 話しはそれからよ」


 海華は眉間に皺を寄せる。

朱王もいつしか作業の手を止め、話しに聴き入っていた。


 「その父親がぽっくり逝っちゃったのよ。医者は卒中だって言ったらしいけどさ、村の人は誰も信じてないわ」


 「殺られたって言うのか?」


 「そうよ。何でも、お新さんが庵から持って来たお菓子食べてすぐに倒れたんだって。で、身寄りの無くなったお新さんは渋々爺さんと結婚したと」


 「結果的には杉村様の思う壷か」


「そうなるわね。あの爺さんかなりの食わせ者よ」


 朱王は完全に筆を置き、海華は腕を組む。


 「しかしお前、よくそこまで聞き出せたな」


 感心するように呟く兄へ向かい、海華は得意そうに胸を張った。


 「道端で人形動かしゃ、人なんてすぐに集まるわよ。ただでさえ楽しみの少ない村なんだか ら、むやみに聞いて廻るより、人の口も軽くなるしね」


 そう言いながら、海華は再び高らかな笑い声を上げたのだった。






 「そうですか、さすが海華は要領がいい」


 書物の山に囲まれて伽南は微笑んだ。

今日朱王は、お新の元へ人形を納めに行く前に伽南の庵に寄ったのだ。

勿論海華から聞いた話しを伝えるためである。


 伽南も、杉村とお新が結婚したいきさつはよく知らなかったらしく、驚きの表情を浮かべながら朱王の話しを聴いていた。


 「しかし、あの物静かなお新さんが毒殺犯だとは、私には信じられません。何かの間違いであればよいのですが……」


 ため息混じりに呟く伽南。

朱王もそれに同調する。


 「私もです。大体、なぜ今の時期なのか……。 父親が死んだのは三年も前です。今更復讐なんてするかと」


 「……もしかしたら、もしかしたらですよ、お新さんが仮に下手人だとするならば、毒物について学んでいたのかもしれません」


 パサリ、と積まれた本が一冊二人の前に崩れ落ちる。


 「毒と一言で言っても、種類は様々です。相手に飲ませるのか、吸わせるのか、肌に塗るのか、効果が出るまでの時間や量、速効性か遅効性か。何も知らないまま使えば、失敗する可能性が大きい」


 「ある程度知識が無ければ使えないと」


 そうです。と伽南が頷く。


 「貴方も見てきた通り、あの庵であれば毒の調達には事欠きません。杉村さんの近くにいれば、自ずと知識も身につくでしょう。……証拠も無いのに、勝手な推測ですが」


 バツが悪そうに伽南は俯く。

朱王も決まりが悪いのか、視線を宙にさ迷わせた。


「そういえば、忠五郎親分からはまだ何も?」


 今気付いたという様子で、朱王は尋ねた。


「昨日ここにみえられました。色々と調べておられるようですが、今だに全貌はわからないようです。ただね、魅草庵の裏手にある山に、夾竹桃が群生している場所がある、と」


 夾竹桃、その名前を聞いた途端、朱王の眉間に深い皺が刻まれる。

杉村殺しに使われた毒草、それが見つかっていながら忠五郎達が動けない訳とは――。


「お新さんだけじゃなく、取ろうと思えば誰でも手に入れられる訳ですか」


「その通り。それに、お新さんは夾竹桃など知らないと言っているようで」


 今の所、お新は白でも黒でも無い、ただの灰色。

夾竹桃が猛毒であるのを、お新が知らないと嘘をついているかどうかもわからないのだ。


 暫くして伽南と別れた朱王は、お新に対する疑惑の念を抱きながら魅草庵へと向かった。




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