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傀儡奇伝(くぐつきでん)  作者: 黒崎 海
第二十四章 殺意が芽吹く闇の底
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第二話

 「おいっ! いい加減にしゃがれっ! 今、何時なんどきだと思ってやがるんだっ!」


 野太い男の怒鳴り声と、叩き壊さんばかりに激しく戸口を打ち付ける音が星屑の瞬く夜空に響き、それは兄妹の鼓膜も震わせる。

どうやら堪忍袋の緒が切れたのは朱王だけではないようだ。

一瞬老婆の怒号は止んだが、すぐに先程を上回る金切り声が夜気をつんざく。


 「聞いたかいっ!? お前のせいでこうなったん だよお静っ! ――なんだい、今度は黙りか!?  一言謝ったらどうなんだっ!」


 この台詞には、兄妹も呆れ返って物が言えない。 最初に喚き散らしたのはおくまの方なのだ。

それは、怒鳴り込みに出た男も同じらしく、戸口を叩く爆音がぴたりと止まる。


 「わかった! もういいっ! いいから静かにして くれぃ! ガキが泣いて仕方ねぇんだ!」


 怒りの叫びは、いつの間にか懇願にも似た声に変わる。

『すいませんねぇ。』と、おくまの小さな謝罪の後から、ぴしゃりと戸が閉まる乾いた音が聞こえた。

細い赤ん坊の泣き声は相変わらずだが、どうやら男は自室へと引き返したようだ。

再び静寂が長屋を包み、兄妹も暖かさが残る布団へ潜り直す。


 「今夜はこれでしまいなんだろうな?」


 不機嫌さを隠さない兄の低い呟きに合わせて、海華は欠伸を一つ放つ。


 「大丈夫じゃないの? あんだけ言われたんだか らさ。あぁ、明日ちゃんと起きられるかしら?」


 「別に寝てても構わないだろ、寝坊したからって誰から文句言われる訳じゃあるまい。――朝飯は遅くてもいいからな」


 そう言い終えるなり、朱王は布団を頭からすっぽり被ってしまう。

わかったわ、と答えた海華も、すぐさま深い夢の世界へ旅立っていった。


 翌日、海華が目を覚ましたのは昼近くになってからだった。

重たい瞼を開いた途端、障子戸から燦々と降り注ぐ真っ白な光に、思わず目を細める。

隣では、布団に包まった兄がまだ静かな寝息を立てていた。


 朝飯どころの騒ぎではなく、既に昼飯の時間帯。 取り敢えず顔でも洗おうかと、海華は寝間着姿のままで土間へ降り、戸口を開く。


 暑いほどに感じる春の陽光、頬を撫でる穏やかな風を胸一杯に吸い込んだ海華は、ふと長屋の奥が妙に騒がしいことに気が付いた。

昨夜の騒ぎがあったばかりだ、長屋の女房連中がおく まに文句でも言っているのだろう、と思ったのだが、聞こえてくる声の感じからして、どうもそうではないらしい。


 眠い目を擦りつつ、海華は井戸へと向った。

すると、井戸端では十二、三人程の女とその亭主らが集まり、お静らの部屋をちらちら見遣りながら何かを喋り立てている。

それは差し詰め賑やかな雀の群れのようだ。


 「何かあったんですか?」


 寝起きのぼんやりとした声色で、海華はすぐ近くにいたお多喜に声を掛けた。

二重顎の目立つお多福顔を振り向かせたお多喜は、未だ寝間着姿の海華を見るなり、肉に埋もれた小さな目を真ん丸に見開く。


 「なんだい海華ちゃん、今起きたのかい?」


 「夕べの騒ぎでよく寝られなくて……」


 照れたような笑みを浮かべ、寝癖で絡まる髪へさり気無く手櫛を入れ、もう一度お静の部屋で何があったのかを聞いてみた。

すると、みるみるうちにお多喜の表情が曇り出したのだ。


 「どうしたも何も……あんた作治さんが死んじ まったのさ。さっき番屋から人が来てね、お静さんすっ飛んで行ったよ」


 お多喜の口から出た騒ぎの理由に、海華は思わず息を飲む。

驚きのあまり言葉が出てこない。

何度か口をぱくつかせ、やっと発した声は自分でも呆れるくらいに掠れたものだった。


 「いつ、亡くなったんですか?」


 「詳しくはわからないけど、べろべろに酔っぱらって河原で転んだらしいよ。石に頭打ち付けて死んだって、運の悪い人だよねぇ」


 頬に手を当て、顔を歪めるお多喜の視線が奥の部屋に注がれる。

昨夜の騒ぎが嘘のように、おくまがいるであろうそこは固く戸口を閉め切ったまま、物音一つ聞こえてはこない。


 『骸が戻れば葬式だね』と呟くお多喜へ無言のまま頷いた海華は、群がる人波の隙間から天の岩戸の如く閉じられる、飴色に変色した染みだらけの戸口をじっと見詰める。

が、急にはっと我に返った様子でお多喜にぺこりと一礼し、脱兎の如く兄が眠る自室へと駆け戻っていった。


 表に出た時とは反対に、がらりと大きな響きを立てて海華は戸を跳ね開け、部屋に駆け込んだ。

人の形に盛り上がる継ぎのあたった布団に手を掛け、起きて! と叫びながら思い切り兄の身体を揺さぶると、頭から布団をひっ被り、ごそごそと寝返りをうつ朱王はひどく不機嫌そうな呻きを漏らす。


 「うるさいな……頼むからもう少し寝かせてく れ……朝飯は後でいい……」


 「何言ってんの! もう昼よ! そんな事より早く 起きて、大変なんだからっ!」


 平手で布団をばしばし叩くと、ようやく寝惚け顔の朱王が顔をこちらへ向けた。

僅かに充血した瞳は妹を睨み付け、生い茂る蔦の如く絡んだ黒髪が頬に張り付いて不規則な模様を描き出す。


 「大変って……、どうしたんだ?」


 「作治さんが死んじゃったのよ!」


 『作治が死んだ』それを聞いた途端、朱王は眉間に深い深い皺を刻み、むくりと布団から身を起こす。 複雑に絡み合った髪が胸の辺りではらりと揺れた。


 「作治って……お静さんの亭主だろう? いつ死んだんだ?」


 「まだよくわからないんだけどね、酔っ払って河原で転んだらしいの、頭打って死んだとは聞いたわ」


 真剣な眼差しで告げる妹に、朱王は未だむっつりとした様子で寝乱れた寝間着を整え、派手に寝癖がついた髪を掻き回す。

起き抜けの頭では、何がどうなっているのか的確に理解するのは困難だった。


 何しろ作治には一度も顔を合わせたことがなく、どんな男なのかも全くわからない。

知っているのは、お静の亭主だということだけなのだ。


 「河原で転んだって、事故なのか?」


 「そうなんじゃない? 殺されたんなら、今頃親 分さんや都筑様達が飛んできてるわよ」


 漆黒の瞳を猫のようにくるくる動かし、海華は戸口の方へちらりと視線を向ける。

確かにそうだ、と無言で頷いた朱王は、怪訝な面持ちを崩さぬまま布団を捲り上げた。


 「それにしても越して来てひと月ちょっとで死んじゃうなんてね、あんな人達でも、何だか気の毒だわ」


 海華は溜め息混じりにしみじみと呟き、着替える支度をし始める。

その後ろ姿をぼんやりと眺める朱王の口からも、聞こえないほどに小さな溜め息が漏れていた。


 作治の遺骸はその日のうちに長屋へと戻された。 前後不覚になった酔っ払いが、河原で転び頭を割った、単純な事故だとお上は判断したようだ。


 夕闇に包まれた長屋に、微かな線香の匂いが漂 う。

坊主を呼ぶ金など無く、弔問客も疎らな葬式は、ひどく静かで寂しいものである。

普段、嫁姑の口喧嘩で多大な迷惑を被っている兄妹だが、同じ長屋の住人が死んだからには知らぬ顔は出来ない。


 少しばかりの香典を包み、二人が作治の部屋を訪れたのは、とっぷりと日が暮れた夜になってからだった。


 がたがた揺れる立て付けの悪い戸を開けた瞬間、鼻をつく異臭に思わず二人は息を詰める。

蝋燭の僅かな灯りが灯る部屋ではこれでもかという多量の線香が焚かれ、白い煙で部屋の天井は霞掛かったようにぼやけていた。


 一日中太陽が射し込まないこの場所では、じめじめと湿った空気が満ち、線香のきつい香りでも隠しきれない、時間がたった汗の酸っぱいような匂いと微かな尿臭が漂う。


 箪笥が一竿と布団、少しばかりの食器や台所用具に必要最低限の物しかない殺風景な部屋、その真ん中には、顔に白い布を被された作治の遺骸が薄っぺらい煎餅布団に寝かされていた。


 その足元では、垢にまみれた着物を纏うお静が壁に凭れて座り込み、魂が抜けてしまったように虚ろな眼差しを兄妹へと向ける。

そして遺骸のすぐ左横では、継ぎ接ぎだらけの薄汚い布団……最早綿入りのぼろ布といった方が早い物に横たわる、伸び放題に伸びた黄ばんだ白髪を後ろで無造作にひっ括った老婆が、薄い上掛けに包まっていた。


 垢で真っ黒に汚れた、痩せこけた頬。

全ての歯が抜けているのであろう口元は、巾着のようにすぼまり、数多の皺が寄っている。

突然黄泉の国の住人となってしまった息子、その遺骸の向こうから、老婆はぎらぎらと異様な光を放つ両眼を一杯に見開き、表情を固まらせて土間で立ち尽くす兄妹をじっと見据えていた。


 外の世界と室内を分ける粗末な戸口、その向こうには黄泉の世界が冥い口を開けていた。

遺骸の傍らに座り込む女房と寝たままの母親は、弔問に訪れた兄妹を見ても何の反応も示さない。


 澱んだ空気の中に佇む幽鬼のような女を前にし、さすがの朱王も背中に冷たい物が流れるのを感じ、隣に立ち尽くす海華は頬を引き攣らせたまま硬直している有り様だ。


 しかし、このまま黙ってつっ立っているわけにもいかない。

乾いた唇を一舐めした朱王は、恐る恐る口を開いた。


 「この度は、御愁傷様です……お線香を、上げさせて頂いてもよろしいですか?」


 『――どうぞ……』と、地の底から湧き上がるような返事がお静の口から漏れ、ようやく兄妹へ視線が向けられる。

どんよりと濁った、死んだ魚のような瞳が小さく揺れた。


 ぎくしゃくした動きで部屋に上がった途端、湿り気を含んだ畳の感触が足裏を襲い、喉元まで込み上げる悲鳴を必死に圧し殺す海華は、震える指で線香を手向けた。

息が詰まるように濃厚な線香の匂いの中、作治の遺骸へ手を合わせている間も、お静は虚ろな瞳を宙に向け、布団に包まる老婆、おくまは一言も言葉を発することなく、舐めるような視線を交互に兄妹へ投げ掛けている。


 持参した香典を置き、『どうぞ気を落とさずに』と、在り来たりな弔いの言葉を述べる二人に、お静はやっと体を壁から離し、『ご丁寧に……』と崩れ落ちるように頭を下げた。


 早くこの部屋から出たい一心の二人。

そそくさと土間へ降り、戸口を閉めるその瞬間まで、二人は突き刺さるようなおくまの視線を嫌と言う程に感じていた。


 「ああ、怖かった……」


 自室へ戻った海華は開口一番そう呟き、畳にへたり込む。

身体に少量の塩を振り掛け、水瓶から汲んだ水で口を漱いだ朱王も、じっとりと額に染み出た汗を手拭いで拭いている。


 炭色の着流しや背中に流した髪には大量に焚かれていた線香の残り香がまとわり付いていた。


 「それにしても気味悪い家族だな、久し振りに肝が冷えた」


 「本当よね、特におくまさん。初めて顔見たけど……。あれじゃぁどっちが死人だかわからないわ」


 ふぅっ、と大きく息を吐き出して畳から降りた海華は、塩壷から白い結晶を少しだけ摘まみ、戸口を開け放って外へとばら蒔いた。


 「あんな寝た切りの婆さんがな……毎日のように嫁と怒鳴りあっているなんざ信じられんが……」


 髪から漂う葬式の匂いに顔をしかめ、朱王は上がり框へ腰を降ろす。

水で口を漱いだ海華が、けほん、と小さくむせ込んだ。


 「かーっとなると元気になっちゃうのよ。動かないのは左手と足だけなんだからさ。――そんなことより、臭いわねぇ」


 着物の袖を鼻に当てた海華は、盛大に顔を歪める。 一度染み付いた線香の匂いは、ちょっとやそっとで消えそうにない。


 「仕方無いさ。風呂屋に行かなきゃ取れないだ ろ。着物は……明日洗ってくれ。――あんな馬鹿みたいに焚き染めなくてもいい気がするがな」


 顎の下を擦りながら言う兄に、海華は同調するように頷き、早速風呂屋へ出掛ける支度をし始めた。






 作治の葬式から七日が過ぎ、長屋はいつもと変わらぬ平穏な日々に戻っていた。

そう、朝晩構わず響き渡る怒号の無い平穏な日々。 作治が死んでからというもの、お静とおくまの言い争いはぴたりと治まったのだ。


 仲裁役がいなくなった今、いつか血を見る騒ぎが起きるのではないかと気が気ではなかった長屋の住人たちは、気味が悪いほど静かになったお静とおくまの様子に一安心しながらも、一様に首を傾げている。


 「何だかおかしいよねぇ」


 怪訝そうなお石の呟きが、灰色の厚い雲に覆われた空へ消えていく。

花曇りの空の下、朝の一仕事を終えたお石、お多喜、そして海華の三人は、生暖かい湿気が籠る井戸端で世間話に花を咲かせていた。


 「夜中びくびくしないで寝られるから、良かったと言えば良かったんですけどね」


 手作りの前掛けで濡れた手を拭う海華は、小脇に洗ったばかりの洗濯物が入った小桶を抱えている。

海華の言葉に、中年女二人は顔を見合わせて微かに頷いた。


 「そう言われりゃあそうだけどさ、亭主死んだ途端にこうも静かになるのかい? 普通」


 「お多喜さんの言う通りさね。……まぁ、大黒柱が死んじまったんだから、呑気に喧嘩してる暇ぁ無いんだろうけど」


 そう言いながら、お石は海華の肩越しにお静らの部屋をねめつける。

そこは相変わらず、空き部屋かと思うほどに静かで物音一つしなかった。


 「以外と作治さんが言い争いの根源だったりして」


 「あぁ、確かにそうかもねぇ」


 冗談混じりに言った海華の一言に、お石は神妙な面持ちで腕を組む。


 「あたしも何回か顔合わせただけなんだけどさ、なんか……へらへらした男だったねぇ。『かかあと婆ぁがお騒がせしまして』って、笑いながらだよ? 本当に悪いと思ってたんだか……」


 その時の作治の態度が頭に浮かんだのか、お石は眉間に深い皺を刻み込む。

その様子を横で見ていたお多喜が苦笑いをこぼしながら、水仕事で荒れた手の甲を擦った。


 「でもねぇ、お君さんから聞いたんだけど、作治さんって酒癖と女癖がひどく悪かったらしいよ。ちょいといい女と見りゃあ、人様の女房から夜鷹まで、手当たり次第に口説きまくるんだとさ」


 『稼ぎも粗方そっちに消えるって聞いたね』 と、忙しなく口を動かすお多喜もすっかり呆れ顔だ。 海華と言えば、所々で相槌を打つ以外二人の話しに口を挟めず、ただ呆気に取られた面持ちで聞き役に徹している。


 「まぁ、困り者同士が一緒になった……似た者夫婦だよ。――それに比べりゃ、朱王さんはいいよねぇ」


 お多喜の口から突然出てきた兄の名前に狼狽えながら、海華は引き攣った笑みを浮かべて小さく頷いた。


 「ま、まぁ、そうですね。兄様……全然女っ気は無いし、お酒はほどほどだし……借金も嫌いですから」


 「朱王さんは女っ気が無いんじゃあなくて、女嫌いなんだよ。浮いた噂の一つも無いなんて、そっちの方が困りもんだよ。ねぇ、お石さん?」


 「全くだよ。どんな別嬪の誘い文句も、朱王さんは右から左に聞き流しなんだ。このままいったら、立派な男やもめの一丁上がりさ」


 一部欠けた歯を覗かせ、けらけら笑うお石を前にしながら、街へ出掛けた兄は今頃くしゃみをしているな、と海華は心中秘かに思っていた。






 「お待ちどおさまでした、胡粉と紅顔料です」


 「ありがと……うっ、くしゅっ!」


 薄紅色に頬を染めた使用人の娘から品物の包みを受け取ったと同時、朱王の口から大きなくしゃみが飛び出す。

矢絣模様の着物を身に纏った若い娘は、顔料で仄かな桜色に染まる手を口元に当て、ぱちぱちと目を瞬かせた。


 「あら、お風邪ですか?」


 「あ、いや……はっ、くしゅっ!」


 立て続けに飛び出すくしゃみに、朱王は照れ臭そうに鼻の下を擦る。

どうぞお大事に、と微かな笑いを含んだ娘の声を背に受けながら、朱王は顔料屋の暖簾を潜った。


 昨夜、いよいよ塗りの仕上げ、という時に限って胡粉が足りなくなった。

朝一番で海華に使いを頼もうと思ったのだが、当の海華は朝餉が終わるやいなや、朱王の下履きや自分の襦袢を抱えて洗濯へと行ってしまったのだ。


 大量の汚れ物と格闘する妹に使いを頼むのも気が引けた朱王は、散歩がてら顔料屋へと出掛けたと言う訳である。


 生暖かい春風に髪を靡かせ、人波を縫いながら長屋へと向かう朱王の肩に、風に飛ばされた白い桜の花弁がふわりと舞い降りる。

どんよりと曇った空の下では賑やかな物売りの口上が響き、老若男女が行き交う往来を一人きりで歩くのは、いつ以来だろう。


 人混みが苦手な朱王は、仕事以外で外を出歩くことは殆どなく、それ以外の私用にしても大抵隣には海華がいるのだ。

言葉を交わす相手がいない一抹の寂しさと違和感を感じながら、朱王は足早に帰途へつく。


 長屋まであと少しという所、豊富な水量を湛えて流れる大川の川辺りで、朱王は何気無く歩みを止めた。 ここが、酔っ払った作治が頭を割って絶命した場所だと聞いていたのだ。


 大小の石が転がる殺風景な河原、手前には青々と生い茂る芦が風に揺られてざわざわと葉を擦り合わせ、それは立ち尽くす朱王を手招きしているかのようだ。

決して留まることなく、澱むことなく流れ続ける清水は、空の色と同じ暗い灰色に映る。


ふと、朱王が芦の根元へ視線を向けると、何やら蠢く黒い人影が目に付いた。

大柄な体躯を小さく屈め、じっと河原を見詰めている黒い羽織と青灰色の袴。

腰に差した大小の刀から侍とわかるその人影は、朱王がよく見知った男の者だった。


 ざっ、と一陣の風が吹き抜ける。

視界を遮る黒髪の簾を手で払い退けた途端、今まで屈み込ん でいた人影がゆっくりと身体を起こす。

そして、朱王の視線に気が付いたかのようにこちらへひょいと振り向いたのだった。

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