第一話
東の空がうっすらと白み始め、新しい一日が始まり出す。
大半の人々はまだ床に着き、道には人っ子一人見当たらない。
さらさらと静かな水音を立てて流れ行くある小川、雑草が高く生い茂るその河原に不気味に蠢く黒い塊があった。
その正体は、十羽程固まった烏の群れ。
人間様よりかなり早い朝餉を堪能している最中だ。
烏達の腹を満たしているもの、それは生臭い死臭を撒き散らす女の骸だった。
仰向けに倒れたその腹部は、縦にざっくりと切り裂かれている。
ぐちゃぐちゃ、ねちねちと粘った音を立てながら、一羽の烏が傷口に頭を突っ込み、腸を引き摺り出していた。
ある烏は見開いたままの目玉をつつき、他の烏も我先にと骸に群がって新鮮な肉を貪りながら、どす黒い血や肉片にまみれて跳ね上がり、漆黒の羽を散らせながらギャアギャアと気味悪く鳴き叫ぶ。
無頼者どもに荒らされた腹をさらけ出し、女の骸はぽっかりと穴が空いた眼窩で明け行く空を睨み付けていた。
「また一人殺られたんだってね?」
色街の近く、小さな橋の欄干に凭れ掛かりながら、海華は深刻そうに顔を歪めた。
小脇に蓙を抱え、白粉と紅を塗りたくった女達の顔に、暗い影が浮かぶ。
夜、酔客や色街通いの者らに海華が御神籤を売る場所、客を待つ間の話し相手にと、この辺りを縄張りとする夜鷹が集まる場所でもある。
この日は、海華の馴染みである夜鷹のお町とお安、そして二人の顔見知りだと言う二人の夜鷹が海華を囲んでいた。
「これで三人目だよ、全く……夜鷹の腹を切り裂くなんて、きっといかれた野郎の仕業だよ」
「胸から腹まで、ばっさりやられてたってさ。 もう一人で道にも立てなくてね」
お町は忌々しそうに瓜実顔を歪めて吐き捨て、お安は神経質に爪を噛んだ。
他の二人も口々に、怖いね、嫌だねぇと不安気な表情で呟いている。
このひと月余り、色街界隈では夜鷹が立て続けに三人殺されていた。
どれも目を覆いたくなる程酷い有り様で、一人は死後に耳と鼻を削ぎ落とされ、二人目は元の形がわからぬ程に顔を切り刻まれ、そして昨日の三人目は、胸から腹まで一直線に切り裂かれていた。
狙われるのは夜鷹ばかりとあり、お町らは戦々恐々だ。
二人目が殺られた辺りから、一人では決して道に立たず、必ず幾人かで固まって客を待つ。
大金をちらつかせるような怪しい客はとらない、など自衛はしてきた。
しかし、それを嘲笑うかのように昨夜また一人殺されたのだ。
「お町さん達だって、道に立たなきゃおまんま食い上げじゃないの。あたしも出来るだけここにくるからさ、何かあったら言ってよね」
「いやだね海華ちゃん、女一人でどうにかなる相手じゃないさ、あんただって危ないよ。狙われないように、気を付けな」
にやりと紅い唇を上げてお町が笑う。
馬鹿にしないでよ! と、こちらも半分笑いながら海華はお町の肩を叩き、辻行灯の灯りを反射して煌めきを放つ黒い川に視線を移していた。
立て続けに物騒な騒ぎが起こるため、海華はいつもより早く夜の仕事を切り上げ家路につく。
暑さの盛りを過ぎた時期、夜には乾いた涼しい風が吹き抜け、十六夜の月を掠めるように叢雲が夜空を流れていった。
月と辻行灯の淡い光を頼りに長屋へ帰り着いた海華、兄の待つ部屋には障子戸から蝋燭の灯りが透けて見える。
ただいま、と声を掛けて戸口を開くと、作業机の横の壁に寄り掛かり、酒を楽しんでいる朱王が顔を上げた。
「お帰り。変わったことは無かったか?」
「大丈夫よ。道は暗かったから、びくびくしながら歩いてきたけど。――兄様、お客さんでも来てたの?」
畳に上がり、木箱を降ろした海華が兄を見ながら小首を傾げる。
朱王の前には来客用の湯飲みが一つ、中には、湯気も立たない茶が半分ほど残っていた。
「修一郎様がいらしてた。お前が出掛けてすぐだ。少し前にお帰りになったよ」
「修一郎様が? 珍しいわねぇ。何かあったのかしら?」
再び土間へと飛び下り、水瓶の水で喉を潤す妹を横目で見ながら朱王は小さく嘆息した。
「何かって、お前が一番良くわかってるだろ?」
「そりゃ……ね、また『夜に仕事は行くな』ってんでしょ?」
ちろりと舌を見せながら海華は肩を竦める。
夜鷹が連続で惨殺されている今、修一郎が海華の身を心配しているのは間違いない。
多分、今回もその話しでここを訪れたのだろう。
「心配症なのよね、修一郎様も」
「お前を案じて下さるんだ」
戒めるような口調の兄に苦笑いを返し、飲みかけの湯飲みを片付けてから兄の隣へと座り込む。
確かに、気に掛けてくれるのは有難い。
だが、海華とてそう易々と殺られる女ではないのだ。
ぐいっと酒を飲み干した朱王は、どこか困ったような表情を浮かべ、人形の手入れをし出す妹に声をかけた。
「あのな、前に修一郎様から言われたこと覚えてるだろう? 今度お前が危ない目に逢ったら、有無を言わさず夜の仕事は辞めさせられるんだぞ?」
「覚えてるわよ、でもね、お町さん達が心配で。ついつい足が向いちゃうのよね」
兄の言葉も意に介さず、海華は笑って誤魔化す。
呆れ果てたように深々と溜め息をつきながら、遂に朱王も匙を投げた。
「もういい。俺は口出ししないから、修一郎様とはお前がしっかり話せ。言っておくが、もう助け船は出さないからな」
「わかってるって。あたしがちゃんと説得するわよ。前みたいに声出ないわけじゃないからさ」
あっけらかんと返す海華、しかし肝心な説得の言葉を考える暇を神は与えてくれなかった。
翌日、太陽が西の空へ退散したと同時に修一郎は夕餉を終えたばかりの二人の元を訪れたのである。
矢鱈と愛想の良い笑みを見せながら、海華が普段口にすることの無い上等な菓子を手土産に部屋の戸口を潜った修一郎。
「海華に逃げられぬうちにまいったのだ」
そう言いながら、にやりと意味深に厚めの唇を吊り上げる。
いらっしゃいませ、と辛うじて笑みを返した海華だが、その頬がわずかに引き攣っていたのを朱王は見逃していなかった。
「夜になってからでは遅いからな。お前はすぐに仕事に出てしまう」
海華の出した茶を啜り、修一郎はにやりと口角を上げた。
そわそわ落ち着かない様子で修一郎の前に座る海華は、何と答えて良いのやらわからず、ただ『申し訳ありません』と小さく呟き顔を伏せる。
隣に座った朱王からの助け船は到底期待出来なかった。
「あのぅ……私、修一郎様から逃げているわけでは……」
「そんなことはわかっておる。――なぁ、海華。お主、今日俺が何のためにここへまいったかわかるか?」
にやついた顔もそのままに、修一郎はがしりと腕を組む。
ますます小さく身体を縮ませた海華から、消え入りそうな声が聞こえた。
「それは、その……仕事のことですよね?」
「うむ、当たらずとも遠からずだ。別に夜仕事に行くなと言うつもりは無い」
思いがけない返事に、海華は伏せていた顔を跳ね上げ朱王までもが呆気に取られた表情で修 一郎を凝視した。
まじまじと二人に見詰められた修一郎は、ばつが悪そうに頬を掻く。
「何だ何だ、朱王までそう思っていたのか? ……確かに人殺しがうろついておるからな、外へ出ないにこしたことはないが、海華、お主はその程度で仕事を辞める気はあるまい」
何もかも見透かしたと言わんばかりの修一郎に、はい! と上擦った返事を返す海華。
隣の朱王は、今だに訳がわからぬといった様子だ。
そうだろうな、と些か困ったように修一郎が呟く。
「時に海華、今日はお主に頼みがあってまいったのだ」
急に修一郎の声が低くなり、両目が鋭く細められる。
自分に頼みとは何だろう、目を瞬かせながら小首を傾げる海華。
今まで無言を貫いていた朱王の唇が唐突に開く。
「修一郎様、頼みとは……夜鷹殺しに関係のあることでしょうか?」
「そうだ。いや、何も下手人を捜せと申すわけではない。ただ、夜鷹達から情報を集めて欲しいのだ。あ奴ら口が固くてな、奉行所の者がなにを聞いても答えたがらない。挙げ句の果てにはそそくさ逃げ出す始末だ」
海華になら手掛かりを話すかもしれないと考え、わざわざ手土産を持って訪ねて来たのだ。
大きな溜め息をつきながら顎の下を擦った修一郎が、更に話しを続ける。
「何しろ殺された夜鷹らの繋がりがわからん。一人目と二人目は四十路過ぎの年増、三人目は十六の小娘だ。年も顔形も全く違う」
「瓦版で読みましたが、下手人を見た者はいない、夜鷹達は皆腹を裂かれていたと」
朱王の言葉に、修一郎は大きく頷く。
眉間には深々とした皺が刻まれており、よほど困り果てているのだろう、と海華は思った。
「腹を一突きにされて殺されていた。鼻や耳を削ぎ、腹を裂いたのは死んでからだろう。男の物らしい大きさの足跡が残っていたが、それも道の途中で消えている」
もうお手上げだ。 吐き捨てるように言いながら、修一郎は再び深々と溜め息をつく。
そんな姿を見せられては、海華とて知らぬ顔は出来ない。
「わかりました、修一郎様。お手伝いさせて頂きます!」
にっこりと微笑みながら海華は力強く頷く。
そうか! と、修一郎の顔も綻んだ。
ただ一人、苦い表情を浮かべているのは朱王だけ。
出来るなら、日が暮れてから外へは出したくない。
そんな朱王の気持ちを読んだかのように、修一郎は姿勢を正して朱王へと顔を向けた。
「すまぬな、朱王。俺も海華を夜に外へやるのは 気が進まぬ。だがな、もうこれ以上死人を出すわけにはいかぬのだ」
「――承知しております。夜鷹の中には海華と懇意にしている者もおりますので」
しっかりと修一郎を見据え、朱王は承諾の意を伝えた。
黙って殺られる奴では無い、朱王はそう考えているのだ。
それに、修一郎のことは誰よりも信頼している。
海華に何かあれば、必ず助けてくれる、と。
気合い入れてやれ、と言う朱王の言葉に海華は『任せてよ』と自分の胸を強く叩いた。
そして、これから行って早速話しを聞いてきます! そう言い残すと海華は木箱を背負って部屋を飛び出した。
『気を付けてな!』と、兄二人の台詞が重なり、木箱を背負う背中へ飛ぶ。
地を蹴る下駄と木箱の揺れる響きがだんだん遠ざかる。
部屋には朱王と修一郎、二人だけが残された。
「すまないな、面倒なことを頼んで」
「いいえ。あの子のことです。修一郎様からお話が無くても、一人で勝手に調べていたでしょう」
自分の膝頭に視線を落とす修一郎に、朱王は小さく微笑み掛けた。
ふと見れば、修一郎に出された茶はほとんど無くなりかけている。
朱王は立ち上がり、作業机の下から酒瓶を引き出し、新しい湯飲みをを二つ手にして戻ってきた。
「お茶よりは、こちらの方が……」
「ああ、すまぬ」
嬉しそうに湯飲みを受け取った修一郎、そこへ並々と酒が注がれる。
自らの湯飲みにも酒を注ぐ朱王。
ぐぅっと一息 に酒を飲み干した修一郎は、満足気な溜め息をついた。
「――実はな、海華が夜仕事をしている色街の近く、桐野や都筑らが夜回りをしている」
万が一海華に何かあれば、すぐに夜回りの者らが駆け付けてくれる。
安心材料があるから、修一郎は海華に情報収集を頼んだのであろう。
「そうでなくては、とても海華をあんな場所へ遣れぬ。縄で縛り上げても仕事へは行かせんつもりだった」
「――お心使い、感謝致します」
すっ、と一礼した朱王に、修一郎は気恥ずかし気な表情を見せながら顔を伏せてしまう。
当たり前のことだ、と呟く修一郎だが朱王は心から感謝していた。
妹の身を案じてくれる修一郎にも、まだ暑い中、夜回りをしてくれる桐野達にも……。
兄らが酒を酌み交わしている頃、糸のように細い月の下を走り続けた海華は、いつもの橋の上にいた。 間のいいことに、すぐ近くにはお町とお安が客待ちをしている。
しかし、普段なら色街通いの男らで賑わうこの場所も、今は猫の子一匹いないのだ。
夜鷹殺しのせいで商売上がったりだよ。
そうこぼしながら、つまらなそうに大欠伸を連発するお町、お安は既に諦め顔で、海華ちゃんも仕事にゃならないよ、と苦笑いを漏らした。
例の如く他愛ない世間話に花を咲かせながら、海華は何気なく夜鷹殺しについて何か知らないかと切り出す。
暫し首を傾げていた二人。
やがてお町が思い出したように、あることを話し始めた。
「そう言えばねぇ、二人目が殺られた時の話しなんだけどさ、死骸を見付けたのはあたしの妹分なんだよ。その子がおかしなこと言ってたね」
「おかしな? どんなことさ」
横からお安が口を挟む。
頬に手を当てながらお町は眉根をよせ、不思議そうにますます首を傾げた。
「うん、何でも誰かが走って行く足音を聞いたらしいんだけど、その音がさ、足を引き摺るみたいな感じだったって。下駄の音が、なんだか……がたがたがっ! じゃなくて、がった、 がった、がったて感じだってさ」
「足でも悪い男なのかね?」
お安の台詞に、海華は目を瞬かせた。
「逃げてったのは男なの?」
「いいや、姿は見てないって。――でもねぇ ……」
「夜鷹に声掛ける女なんざいないよ海華ちゃん、あんたくらいなモンさね。大方、死んだ夜鷹に恨みでも持ってた男だよ」
腕組みをしながらにやりと笑うお安に同調するように、お町は大きく頷いた。
確かに二人は間違っていない。
「お安姐さんの言う通りだよ。そっちの趣味があるならまだしもね。――ま、そういう奴は隠れてこそこそやるんだろうけど」
お町の台詞に、海華は思わず吹き出してしまう。
そんな海華の様子を横目で見ながら、なんでそんなこと聞きたがるの? と、お安が怪訝な顔をした。
いや、気になってね、と慌てて取り繕うのが精一杯の海華だった。
夜鷹達から情報を聞き集めて三日ほどたった夜。
朱王と海華は修一郎の邸宅を訪れていた。
この日は桐野も修一郎によって呼び出され、男達は酒を飲みながら海華は雪乃が出してくれた菓子を摘まみながら、あの事件について話しをしている。
「なるほど、妙な下駄の音がした、か」
海華の報告を聞き、猪口を薄い唇へと当てたまま桐野が呟く。
そんな事ぐらいしか聞けなくて、と申し訳なさそうに海華は頭を下げた。
何しろ、なぜあの三人が殺られたのか夜鷹仲間にもさっぱりわからないらしい。
おかしな輩はうろついていなかったし、殺されるほど恨まれ、また客と揉めた者はいなかったのだ。
しょんぼりと項垂れる海華に、桐野は慰めるように微かな笑みを浮かべる。
「いや、それだけでも聞き出せたのだ。こちらも助かる海華殿。儂らが行っても、あ奴らは口を割らぬからな」
都筑も高橋もお手上げだ。
そう困ったように顔を歪める桐野は、盛大な溜め息をついた。
「だがなぁ、そんな足の悪い男がうろついていれば、いくら夜でも目立つと思うが……」
「どこかに隠れて、夜鷹が一人になるのを待っていたのかもしれんぞ?」
修一郎と桐野が難しい顔をして酒を口にする中、朱王と海華はちらりと視線を交わらせる。
今回ばかりは二人にもどうしたら良いのか全くわからない。
海華が夜中、夜鷹について歩く訳にもいかないからだ。
「あの、私これからも皆に話し聞いて廻ります。……どこまでお役に立てるかわかりませんが……」
「そうか? すまぬな海華殿。朱王も、心配を掛けさせて申し訳ない」
「いえ、桐野様。このまま人殺しをのさばらせておく訳にはまいりません」
きっぱりと朱王は言い切る。
もう止めろと妹に言ったところで、大人しく止める奴では無いのだ。
じっと兄妹と桐野の会話を聞いていた修一郎は、やおら立ち上がり、部屋から出ていってしまう。
残された三人が、どうしたのかと顔を見合わせている中、修一郎はある物を携えて再び姿を現した。
「海華よ、これをどうするかずっと迷っていたが……この際だ。お前に渡しておく」
僅かに緊張気味の声で、修一郎は海華の前に何かを差し出す。
畳に置かれ、蝋燭の灯りを受けて煌めく物。
それはきらびやかな刺繍が施された絹の小さな鞘入れだった。
「修一郎、様? これは……」
「まず、開けてみろ」
不思議そうに目を瞬かせながらも、海華の手は鞘入れに伸びる。
朱王と桐野が見守るなか、出てきたのは赤漆塗りの小さな刀。 いわゆる懐刀だった。
柔らかい蝋燭の灯りに艶めく深紅の鞘には、細かい螺鈿細工で蝶の飾りが施されている。
柄の部分にも蝶が細工され、玉虫色に煌めく羽を羽ばたかせて今にも舞い飛びそうだ。
「父上から預かっていた。いつか、お前が年頃になったら渡してくれ、と」
しかし、その前に海華は自分の元から去って行った。
もう武家の女では無い。
結局今まで渡しそびれていたのだ。
「でも……私、今これを受け取っても……」
懐刀を握り締めながら、海華は戸惑いがちに修一郎を見遣る。
自分は、ただの町人なのだ。
お返しします、そう呟いて懐刀を修一郎へと押し遣る。
しかし、修一郎は無言で首を横に振った。
「海華、俺は人殺しがうろつく町へお主を行かせる。身を守る物も無く、女一人を丸腰でなど、お前を見殺しにするも同然。俺にはそんな真似は出来ん」
相手は女の腹を裂き、耳鼻を削ぎ落とす殺人鬼。
いわば狼の檻へ兎を放すようなものだ。
「お前に何かあれば、俺は朱王にも父上にも顔向け出来ない。何より自分自信を許せない。だから、それを持って行け。父上がお前のために用意した物、必ずお前を守ってくれる」
真剣な表情で語りかける修一郎。
どうすればいいの? と海華はすがるような目で兄を見上げた。
すぐに優しい目差しが自分に向けられる。
「有り難く頂戴しろ。父上様と、――兄上様のお気持ちだ」
朱王の言葉に、修一郎は一杯に目を見開く。
朱王が自分を『兄上様』と呼ぶのはいつ以来だろうか。
思わず身を乗り出す修一郎を横目で見る桐野の唇には、小さな笑みが浮かんでいた。




