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   【三】

「神楽様。お荷物、お持ちいたします。」

 返答する間も無く神楽の手から荷物が奪われる。呆気に取られていると、美鈴が誘うように手で門を示し、後ろに立つ二人にも声をかけた。


「どうぞ」

 一瞬、神楽は逡巡したが、誘われるままに潜る。豪勢な創りの門は、裏側も手抜きをした場所が見受けられないほどに美しく、ただただ圧倒させた。


「――っ」

 先にあった建物にも、驚くしかなかった。


 門の時点で薄々予想はしていたが――そこにあったのは、平屋の日本家屋。家というには少しばかり大きすぎるが、城というには物足りない。一見質素に見えるものの、要所要所に派手さが盛り込まれていた。


 驚倒しそうになりながらその屋敷を見上げていると――ふわりとした感覚が足元に漂った。

 驚いて見下ろすと、そこにいたのは、狐。狐を生で見たことは無かったが、普通の狐よりも少々大きい気がする。そして、灰色の毛をしていた。


 狐はビー玉のような目をくりくりとさせ、あどけない表情で神楽を見上げていた。


「キーっ」

 思わず手を伸ばし、それを抱き上げる。感触は想像していた通りに柔らかく、ふわふわとした毛並みが心地いい。


 四本もある尾が交互に揺れるのが気になったが――神楽は構わず頬ずりをする。

 狐は最初こそ嫌がるそぶりを見せたが、諦めたのか大人しく収まっていた。


「神楽? なにして……っ、そいつは」

 驚いたような空哉の声に顔をあげると、早く狐を放すように言った。不思議に思いながらも手放すと、狐は恨めしげな目で空哉を睨みつける。


「…コイツの正体、見せてあげようか」

 瞬間、狐の目に焦燥の色が見えた―気がした。空哉の手から放たれた風がその体を包み込み、ひっ、と小さく悲鳴が聞こえる。


 神楽が慌てて駆け寄ると、狐のいた場所から砂煙が舞い上がり――思わず手で顔を覆った。指の間から見えた先にはすでに狐の姿はなく―少年がいた。若干頬を赤らめた様子の少年は眉間にしわを寄せ、再び空哉を睨みつけた。


「…んだよ。バラしやがって」

「ぬくぬく抱っこされてんのが悪い」

「いいじゃねーか…と」

 少年は神楽を見つけ、ニヤリと不敵に微笑む。


「おめぇさ……いきなり動物抱き上げるか? 普通」

 やっとのことで状況を呑み込んだ神楽は、羞恥に顔を赤らめた。


   ――◆◇◆―――◆◇◆――


「……慎太郎、彼女に謝れ」

「なんでだよ」

「なんでもや」


 美鈴に先導され、気が遠くなるような廊下を歩く間も神楽はうな垂れ、耳まで真っ赤にしていた。

 先程の四つ又狐の正体は、慎太郎しんたろうという――妖、だ。空哉や奏と同じらしい。


 無用心に抱き上げてしまった神楽も悪いが、まさか狐が突然男に変化するなど露ほども考えていなかった。無理も無い。


「オレ、悪くねぇし」

「悪いっちゅーねん……って、うわっ!」

 奏の慌てた声に顔をあげると、目の前から女の人が走ってくるところだった。華やかな着物の裾が翻る。


「ちょ…わわっ! 止まれないよ、美鈴ちゃん!」

「すみれ様!」


 美鈴の鋭い声が彼女を止めた。女の人は勢い余って神楽に抱きつく。ふわりと花のような香が漂う。柔らかく、女性らしい体に抱きつかれ、神楽は身を強張らせた。


「ごめん! …ってあれ。もしかして、あなたが神楽ちゃん!?」

 女の人は神楽の顔を覗き込むように問いかける。よくよく見ると、本当に綺麗な人だ。大きな二重の目に、均整の取れた小さな鼻と口。

 透き通るような肌は雪のように白かったが、どこか病的な白さで、神楽の目にはそれが青白く映った。


 ふわりと笑いかけられうろたえていると、どういうわけか慎太郎が彼女を引き離した。

「すみれ様。お体に障ります。お戻り下さい」

 慎太郎がやはり無言で美鈴に女性―すみれを引き渡し、呆れたような溜め息をついた。


「大丈夫よ。マサの気配がしたから、どうしたのかと思ったら……なるほど、あなたが来ていたのね」

「私……」

 どうやら、彼女もまた、神楽の存在を知っているらしい。自己紹介をすべきかどうか迷っていると、美鈴の腕の中から逃れたすみれが神楽の手を握った。


「知ってるよ! マサの娘なんて、私の娘みたいなものだし」

 細くて滑らかな指は、以外にも冷たく冷え切っており、神楽は思わず身を引いた。


 それを見たすみれは寂しげに笑い、すっと近くの襖に手を掛ける。その襖には今にも飛び立ちそうな鷹が悠然と羽を広げ、瞳の奥で金箔が鋭い光を宿していた。


「どーぞ!」


 襖の先にあったのは、無駄なほどに広い畳張りの部屋。草原を思わせる畳の匂いが香った。



「今、お茶をお持ちいたしますね」

 全員が席に着いたことを見届けると、美鈴が一礼をして退室し、数分後に湯気の立つ茶を盆に乗せて現れた。

 進められるままに口にした茶は思っていたよりも苦くなく、体の隅々まで暖かくなる。


「おいしいですか?」

「…はい」

「それは良かった。いい茶葉が入ったので、是非貴方に召し上がっていただきたくて」


 いつの間にか向かい側に座っていた隼人が微笑む。

 それをみたすみれが面白くなさそうに頬を膨らまし、ずいと首を突き出した。


「お茶の話なんかより、他にすることがあるんじゃない? ねね、神楽ちゃんだって、聞きたいこといっぱいあるもんねー?」

 はつらつとした問いかけに神楽は少し考え込んだが何も浮かばず、小さく首を横に振った。何をどう聞いたらいいのか――そもそも、何から聞いていいのかすら分からない。


「あれ。なんにもないの? 私はいっぱいあるけどなぁ」

「あんなぁ、すみれさん……」


 部屋が微妙な空気に包まれたことにも気づかず、テンポ良く彼女は話を続ける。


「自己紹介まだだったね? あたし、あなたのお父さんの姉で、珀篠はくしょうすみれ。そこに突っ立ってるのが御当主と私の息子で慎太郎。御当主の愁ちゃん…愁一郎は一応、マサのお兄さんかな」


 庭での一件を知らないすみれは慎太郎のことも教えてくれた。

 しかし神楽の頭の中は混沌としたままで、与えられた情報に対して処理が追いつかない。


 目の前にいるこの綺麗な女性が、名前しか知らない父の姉。先程から“妖の世”と呼ばれるこの異界で、人間であるはずの父の名や母の名が出てくることが不思議でならなかった。


 それ以前に、このすみれという女性はどう見ても二十台にしか見えず、顔は見たことは無いが、16歳の娘を持つ、将宗の姉には見えなかった。

「って言ってもね、マサと愁ちゃんは血が繋がってるけど、あたしと愁ちゃんは繋がってないんだけどねー」

 すみれの言葉は、更に混乱を呼んだ。


 すみれは、将宗の姉。将宗の兄であり、当然すみれの兄でもあるのだろう“愁一郎”という人は、将宗とは血が繋がっているがすみれとは血が繋がっておらず、その上慎太郎が――


 複雑すぎる内容に、神楽は頭を抱えるしかなかった。


「…すみれ。気持ちは分かるけどその辺にしてあげて。妖のことも“一族”のこともまともに分かんないのに、いきなり複雑なこと言われても混乱するだけでしょ。ただでさえ参ってんのにさ」


 神楽の気持ちを代弁するかのように、空哉が言った。


「順を追って説明しましょう。時間は、まだありますからね」

 はっ、と息をついたすみれに苦笑を漏らし、隼人はそっと神楽を見つめる。


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