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弐 護り手たち

 まばゆい閃光が、神楽を包み込んだ。


 驚いて目を瞑った瞬間、酷い目眩に襲われる。体が激しく揺れるような感覚に襲われ、吐き気が込み上げた。体が、上下左右に引っ張られる。耳鳴りのような高い音が聞こえ、空気が歪んだように変わった。いつも感じていたのとは違う、肌を焼くような空気が神楽の体に纏わりつく。


「大丈夫?」

 すぐ側から案ずるような空哉の声が聞こえる。気がついた時には、足元がふらつくものの地面に足が着いていた。いつの間に、降ろされたのだろう。


「怖くないから。目、開いて」

 恐る恐る目を開くと、目の前に二つの人影。二人は安堵するように微笑んだ。


 そして――辺り一面に広がる緑に、目を見開く。

 相変わらず嫌な空気だったが、空は霞むほどに高く青く、同じように背の高い木々の間を風が揺らしていった。緑の匂いを吸い込む。葉が、宙に踊った。


 目の間にずっと遠く先まで続いていくような、長い道。五角形の石が地面に埋め込まれ、それのおかげでやっと道らしく見えるようなものだ。その先には、小さく家らしきものも見える。


 灰色のビルが多い尽くす神楽の住んでいた街では、目にすることもできなかったのどかな景色。しかし、どこか違和感がある。どこが、とははっきり言えないが、ところどころに違いが見える、気がした。


 そして――感じる懐かしさ。違和感と、懐かしさ。その古めかしい景色がそう思わせるだけなのだろうが、定かではない。


 きょろきょろと周りを見回して狼狽する神楽を、目の前に立つ二人は苦笑を浮かべて見つめた。


「びっくりしたやろ? すまんかった。せや、自己紹介、遅れたな」

 そう言うと、奏は右手を差し出す。ごつごつと筋張った、大きな手だ。


白霧しらぎりかなで。――妖の一族、大蛇おろちや」

「あや……」

 不思議そうに見つめるだけで、神楽は一向に差し出された奏の手を取ろうとしない。握手をするという感覚が、彼女には無いのだ。予想していなかった対応に、手のやり場に困った奏は、そのまま頭の後ろを掻く。


 それを見た空哉がふっと苦笑を漏らし、優しく説明を始める。


「僕たちは、あやかし、って、呼ばれてる。妖怪って言ったほうが、分かりやすいかもね」

「人の格好しとるだけで、人間やないんや、俺らは」


――人間じゃ、ない。


 どくん、と心臓が跳ねた。


 人間ではない、何か。それらの気配は、常に神楽の側にいた。好奇、侮蔑。時に殺意さえ孕んでくるその気配は、神楽にとって恐怖の対象でしかなかった。


 今までも、そして今現在も。


「い……や…」

 二人に向けられる視線から逃れるように、身を捩り、頭を抱える。


 人間は、信用してはいけない。だけど、目の前のこの“人外の者達”はもっと信用してはいけないだろう。この者達は、きっと神楽の身を傷つける。“人外の者達”は――妖達は、ずっと神楽を傷つけてきたではないか。


「神楽ちゃん? どうし…」

 四つの眼が、神楽の姿を捉える。奥に宿る、野蛮な獣の光。

 逃げようと後退するが、固まった体は言うことを聞かず、足がもつれてその場に倒れてしまった。


「…や……い、や…」

 倒れてもなお後ろへ下がろうとつま先で地を蹴り、手で土を掻く。神楽の服と指先は泥ですっかり汚れたが、それを気にする余裕はない。


 一歩一歩、地を踏みしめて近づいてくる大きな影から目を離すこともできず、ただ必死に逃げた。

「ほんまに、どうしたんや」

「い……」

 ごつんと何かが背中に当たる。

 それは、太い木の幹だった。これ以上後退できない。顔が、青ざめた。


 伸ばされる、手。その手が、神楽を掴もうとしたとき。


「奏!」

 鋭い声が、制止した。

「なんや、おっかない顔して」

「いいから、早くその手引っ込めて後ろ向いて」

「なんでそないなこと…」

「早く」

 空哉の怒号に、奏は怯んで言われるとおりにした。空哉は既に神楽に背を向け、しゃがみこんでいた。神楽との距離は、幾ばくもない。奏は訝しく思いながらも空哉にならった。


「ごめんね、怖がらせちゃって。混乱してるよね」

 優しく、ゆっくりと紡がれる言葉。神楽が特に警戒する、男性の声色よりは比較的高い声に、次第に落ち着きを取り戻す。それを見計らったかのように、空哉は言葉を続けた。


「いっぱい、話さなきゃならないことがある。こっちで生きていくために、知りたくなくても、知ってもらわないといけない」


 彼はそこで言葉を切り、ためらいがちに伸ばされたのは、手。神楽は一瞬怯んだが、その手が温かさで包まれていることを感じ、そっと心を落ち着けた。


「君は、人間も妖も信じられないかもしれない。ただ――今だけでいい。僕を信じて? 僕は…僕たちは、君に危害を加えたりしない。君を、護るためにきたんだから」


 神楽はたじろいだ。


 彼を信じてみたいという気持ちと過去の記憶が、胸の内で争う。また、傷つけられることになるのかもしれない。人間相手なら、今までだったら。信じる信じない云々の前に、関わることすらしなかった。だが――ここでは、勝手が違う。彼らの助けがなければ、生きていくことはできないだろう。


 寸前まで迷い――神楽は気づいた。空哉が、神楽に背を向けていることの理由。彼は、気づいていたのか。神楽が無意識に獣の光を宿す眼を見て奏を恐れ、妖という存在自体を否定したことを。それを知った上で、信じてくれと言っている。ならば――彼に、賭けたい。


 神楽は震える手を押さえるように浅く深呼吸し、差し出された空哉の手に触れた。その手はあまり男らしくはなかったが、とても温かい。


 空哉はちらと後ろを振り返って微笑むと立ち上がり、神楽の手を握って立ち上がらせた。神楽の服や、体に付いた泥を落とす。

「それでいい」

 泥をすべて落とし終わると自分の服の裾で手を拭き、彼女の頭を撫でる。たったそれだけなのに、神楽は警戒して体を強張らせた。

「今はまだ、それでいいよ」

 こわごわと顔を上げ、いぶかしむように見る神楽を、空哉は複雑な気持ちで見つめていた。




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