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   【四】

 どこか春の匂いを纏い、冷たい北風に晒されていた神楽を優しく包み込む、風。小鳥の囀りや、花の匂いが今にも漂ってきそうだ。


 しばらくすると、風は名残惜しげに神楽を手放し、百目のいる方向に駆けて行く。そして神楽にしたように優しく百目を包みこみ――


「……僕は別に嫌いじゃないけどね。彼女、護んなきゃいけないみたいだからさ……悪く思わないでよ」

 空哉の言葉に答えるかのように、更に激しく強く吹き荒れた。


 そして。


 神楽が瞬きをする間。その一瞬で、全てが終わっていた。


 百目は目玉の一つまで綺麗さっぱりなくなり、後には雪に散った血痕と、幾つかの肉片だけだった。何が起こったかと狼狽する神楽に、そっと奏が近づき、耳元で囁く。それは僅かに嫌悪感を孕んでおり、神楽にはやはり、いまいち状況が飲み込めなかった。


「これな、俺が唯一あの野郎の攻撃で許せる奴や」

「……嫌がる化け物無理やり閉じ込めて浄土に連れ去るんだから、ものすごく残酷なんだけど」

 悪戯っぽく笑う空哉を、奏は何故か今にも殴り倒しそうな勢いで睨んでいた。


「まぁ、元が人間やからな。残んのはしゃーない」

 神楽が必死に目の前のそれらから目を逸らしていると、苦々しく言う声が聞こえる。


「にん、げん…」

「死んでるよ。見れば分かるだろうけど」

「あんたが切り刻んだりするからや」

体内(なか)に入った時点で僕にはもう無理。そもそも人間助ける筋合いないし」

「……そりゃそうやけどな。神楽ちゃん、大丈夫か? 気分悪ない?」


 急に話の矛先を向けられ、うろたえる。ころころと変わる会話の内容を目が回る思いで聞いていた神楽にとっては、唐突以外の何者でもなかった。どうやらこの二人の会話は予測不可能なよう。


 視線をずらそうとも考えたが無理らしい。心配そうに覗き込む顔に、小さく頷いてだけおいた。

「ほんなら、よかったわ」


 柔和に微笑む奏とは対照的に、空哉は難しい顔をしていた。ここで起きた出来事を、誰にも見られなかったのは不幸中の幸いだ。こちらの人間達がどう片付けるかは知らないが、とりあえず本来の目的を果たさなければいけない。


「人通り少ないところでよかった。奏、ここで“門”開ける?」

「朝飯前や。任しとき!」

「……っていうか、そのためだけに連れて来たんだけど」


 ぶんぶんと両腕を振って答える奏に心底面倒そうな顔を向け、空哉はそのまま神楽に向き直る。

「最低限必要なものはあっちに用意してあるはずだから。申し訳ないんだけど君の家にはもう戻れそうにないからさ、欲しいものとか、取りに戻りたいものある? あるなら行くよ」

「……特に、ない、です」


 なんども移り変えている家に戻りたいとは思わないし、別段物に愛着もない。


 家に戻れないだとか、“あっち”だとか、“門”だとか。いきなりのことに酷く戸惑ったが、神楽はそれすらもどこか人事のように感じていた。

 さっきの一件のこともあるが、非現実なことが起こりすぎている。だから麻痺しているのかも知れない。


 自分のことなのに、どうでもいいとさえ思っていた。


「そっか、なら良かった。……質問あったら、あとでいくらでも聞くから。今は黙って付いてきて?」

 あまりにも身勝手な内容にも、神楽はすんなりと応じていた。首が自然と縦に動く。空哉の口から苦笑が漏れた。


「…抵抗されるのも嫌だけどさ。物分りが良すぎるのも考えものだよね」


 自分が未知の世界に連れ去られるというのに、神楽は冷静すぎる。

 想像していたものとは三百六十度正反対の少女に、空哉は困惑するしかなかった。努めて平静を装っても。何が彼女をそこまで追い詰めたのか―――


「どや。できたで」

 空哉が思考をめぐらせ始めたとき、奏の呑気な声が背後から呼びかけた。その能天気な声に苛立ち、空哉は知らずに悪態を付く。


「なんやねん。人が折角……」

「あーはいはい。ごめん」

 答えるのも面倒になって適当にあしらうと、奏は不満げに反論しようと口を開く。

「そんなことより、することあるでしょ。――はい」

 とん、と背中を押されて神楽が前に進み出ると、そこには先程までにはなかったものが立っていた。


 ぴん、と、空気が張り詰める。宙に空間に僅かな歪みが生じ、じりじりと広がっていく感覚が、人知れず神楽を襲った。


 思わず、目を見開く。

「こいつは、“門”や」

 得意げに説明する、奏が指差したもの。

 それは、門と呼ぶにはあまりにもお粗末だった。しかし門の他になんと呼べばいいのかも思いつかない。


 今にも崩れそうな古びた木製の柱が三本、神社の鳥居のように組まれており、ところどころ――ペンキの剥げた後だろうか。赤いものが付着している。

 横に渡された木には白い紙のようなものが巻き付いていて、風が吹くたびにふらふらと頼りなく揺れた。奥に、寂れた路地の続きが見える。


 高さもそれほど高くなく、小柄な神楽がやっと潜れそうな程度だった。長身の奏は、どうやって潜るのだろう。そう、考えたとき。


「……いこうか?」

「―――ひ」

 叫び声を上げる間も無く、景色が反転した。目に映るのは、どんよりと曇った、気が重くなるような空の色。

 膝の裏と背中から感じる、手のぬくもり。恐る恐る首を逸らすと、そこには悪戯っぽい笑みが。

 これは、俗にいう――

「お姫様抱っこやん!」

 神楽の思考を引き継ぐように、奏の怒号が聞こえてきた。

「このアマァ…。放せセクハラ! ド変態! 触るんやない!」

「変態はそっちでしょ」

 

「あの……」

 降ろしてくれとも言えずに神楽が躊躇していると、空哉が静かに微笑んだ。

「あっちについて、バラバラになったら危ないからね」

 そういうことか。と神楽は納得すると同時に、自分の置かれている状況に気づく。体が硬直し、自然、顔が火照った。


 赤面する顔を冷やすように空を見上げると、もう雪は止んでいた。

 雪に舞う回雪が、ひらひら、ひらひら……

 

 

 

奏と空哉の絡みは書いてて楽しいです。

でも奏のエセ関西弁がめんど……っごほん。いや、楽しいです。はい。

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