【四】
なんの子供だましだ。男達はそう呟きながら、苛立った様子で歩いてくる。
――警鐘が、高鳴る。隼人は確かに、すぐに効果は切れると言った。彼のことだから、それを見越して使ったんだと思った。
神楽はそっと、隼人の顔を盗み見る。その顔は蒼白で、額には汗すら浮かんでいた。
苦境に立たされたような、苦い表情。まるで、失敗した、とでも言わんばかりの表情だ。
「お前、本当はたいした奴じゃねえのな」
絶望は消えうせ、嘲笑すら浮かぶ下卑た表情。
すぐに、他の方法を思いつくだろう。
でも、違った。彼は一向に動かない。不安ばかりが降り積もっていく。神楽は震える指を組み、ぎゅっ、と握った。
「死ねぇっ!!」
そう叫びながら、男の一人が、刀を振り上げる。
隼人は動かない。
神楽は目を閉じた。次に起こる惨劇を、予測したのかもしれない。ただ単に、恐怖を感じただけだったかもしれない。神楽は、臆病だから。どうであれ、神楽は目を閉じた。目を閉じて、耳を塞いで。逃げる。
ただ、耳を塞ぐことはかなわなかった。耳を塞ごうと手を持っていきかけたとき、ザク、と肉を切るような音が間近で聞こえた。笑い声と、呻き声。
温かい何かが、神楽の頬に降りかかったような気がした。
―――ああ。遠くで、男達の高笑いが聞こえる。それはまるで、勝利の雄たけびのような。
隼人の熱を纏ったままの、羽織が、温かい。
まさか、そんな。ぎゅっ、と拳を握りなおした神楽の耳元で、優しい声が聞こえた。
きっと聞こえるはずのない声。ただ、少しの希望を託して、目を開けると、希望は一瞬で打ち砕かれた。そこに広がっていたのは冷たすぎる―――隼人の体が、地面に向かって倒れていくところだった。
「いっ――」
真っ赤な血が、地面に染みていく。
一秒が、ひどく長く感じた。
耳の奥にこだまする、男達の笑い声。空哉と奏が切り倒した敵たちと同じように。彼は、こんなにも、呆気なく――
ひゅんと耳元で何かが鳴った。
「死ぬわけ、ないでしょう?」
幻聴かと、思った。
しかし――事切れたはずの、隼人の体は、地面につく寸前で消えうせた。訳の分からないといった表情の、男たちと神楽の面前で。それはもう、幻のように。
「は、は……」
「ごめんなさい。でも…敵を騙すにはまず味方からって、言うでしょう? 妖狐は、幻術が得意なんですよ」
少し苦そうに笑う顔は、上にあった。とん、と屋根の上から飛び降り、神楽の目前に、彼は綺麗に着地する。
男達は、急なことに気が動転したようで、隼人と、先程切り倒したはずの隼人――の幻が消えた場所を、交互に見比べている。先程までの高揚感は消え失せたのか、青ざめた表情をして。
――それはあまりにも滑稽で。隼人は薄く笑った。
「あまり、危険なことを、したくなかったものですから」
トントン、と二回、自分の足元に広がる足元に広がる―薄く輝く円のようなものを叩いた。
神楽には判読出来ない文字がびっしりと書き連ねられている。
それはするすると神楽の足元に移動し、彼女を守るかのように五角形の障壁を築き上げた。「陣です。そこから離れないでください」と小さく囁く声が耳朶に届いた。
「――問いましょう。引く気は、ありませんか」
「ない」
「…それでは、仕方ありませんね」
隼人は楽しくて仕方ないといったような笑みを浮かべ――両の手をかざす。その内側から小さな青い炎が生まれ、瞬く間に巨大な炎の塊となって解き放たれた。
吸い込まれそうなほど美しい、いくつもの青い筋。それはまるで弾丸のように空を切り風を諌め、ただ対象へ向かって真っ直ぐに飛んでいく。
狂ったように叫び声を挙げながら、男たちがその炎を切り裂こうと、刀を振りかざした。それを最後に。
――光とともに轟音が、辺りに響き渡る。
全ての感覚が奪われるかのような、轟音。暴風。
後に訪れるのは、ただ静寂。
砂煙が静まったとき、その場に、白魔の男達の姿はなかった。
ただ、白い粉のようなものが、風に吹かれて流れていく。雪の、ように。一瞬の出来事に、呆然と佇む神楽の傍らに隼人は立つ。そして言う。悲しげに。
「妖は、切ない生き物です。死んでも亡骸は残らない――死ねばその体は灰になり、ただ風に吹かれる」
雪になった白魔はまた降り積もり、輪廻するのだろうか。
「ごめんなさい。心配、かけましたね」
今日、何度目かの、隼人の“ごめんなさい”。
声が耳に届いたとき、憔悴しきった神楽を目眩が襲い、よろめく。その体を、隼人が支えた。線は細いが、優しい腕。うるさい警鐘が収まり、安堵が心の中を埋め尽くす。
「よかった」
生きていて、良かった。
神楽は、隼人の腕に縋った。緊張の糸が、急に切れたからなのかもしれない。
隼人が生きていたからなのかもしれない。ただ純粋に嬉しかったのかもしれない。自分でも何がなんだか分からないままに、温かさに触れたいと思った。隼人は優しく、その体を抱きとめる。
「怖かった、ですね」
常時ならば恐怖しか抱かないはずの男性の手が、異常なほど優しく感じる。まるで、見たこともない父親に抱きしめられているような、懐かしく安心する心地。
――そして。
気を失う直前、神楽は“紅い影”をその目で見た。
空虚な白の上に、悲しみの色を滲ませたような、悲壮的な影。
しかし確認する間も無く、温かさに包まれたまま神楽はゆっくりと、深い眠りへ落ちていった―――
――◆◇◆―――◆◇◆――
「隼人、ずるい」
「何がですか?」
隼人は腕の中で眠る少女を抱き上げ、柔らかに微笑んだ。」
「せやで。空哉と隼人ばっか。俺にも――」
「駄目」
「なんでや」
「目覚めたとき、奏だったら神楽びっくりして脱走するでしょ?」
う、っと奏は言葉に詰まった。心当たりが――ありすぎる。
「っちゅーか。あんだけの術使っといて、攻撃は苦手ーとか。ありえへんやろ」
少し怒ったように言う奏と、困ったように笑う隼人を見比べ――空哉はそっと、その顔から笑顔を消す。
「そういえばさ……アイツ、来てたよね」
「驚きました。白魔と手を組んだとは考えられませんか?」
不安げに、隼人は眉を顰める。
「それはありえへんやろ。なんたってあいつは………」
神楽と出会ってから、初めて敵と相対したこの日。三人は、それぞれもう一人の男の影を見つけていた。
燃えるような赤髪を持つ、異形の男。隠されたもう一人の、護手の姿を。もう二度と合間見えることはないと思った、あの男が。
「元興凛磨。……あいつには、気をつけたほうがいい」
空哉の放った名は、夕焼けに溶けて消えた。その名を、口に出すなとでも言うように。
逢魔が時。昼と夜が遷ろう時。
見上げた空は、血のように紅く染まっていた。
勝手ながら、護り手達【四】を改定しました。
今後のことに大きく関わってくる大事な改定なので、面倒ですが読み返していただけるとありがたいです。
大事なとこなのに何やってるんでしょうか私は………
そして展開が早すぎる……
迷惑をかけます。本当にすみません;;
2012.2.16




