EGOIST
ワンルームのアパートは適度な防音が施されているとはいうものの、やはり近所迷惑を考えれば静かにすることに越したことはない。
だから初めに喉を潰した。
薄闇の中、彼はぎらぎらとした眼差しを僕に向ける。殺してやる、と言わんばかりの敵意には気付いているつもりだ。手足を拘束され、みっともなく床に転がる姿を、僕は椅子の背もたれを前に座って眺める。彼は口元にこびりついた血を拭わせてもくれない。触れようとすれば、噛み付くように威嚇される。そりゃあそうだろう。僕が彼の立場なら、同じように思うはずだ。嫌われたものだなあと嘆息する。
ああ神様。どうして僕達は憎しみあわなければならないのでしょうか。
彼が僕の部屋へ訪ねてきたのが昨日の昼頃の話。出したコーヒーに一服盛ったあと、口論になって彼が倒れたのが昼過ぎの話。その彼を拘束して喉を潰したのが夕方になりかけた頃の話。彼が目覚めたのが一番星が輝き始めた頃の話。それから今まで膠着状態が続いている。カーテンの向こうから忍び込む二度目の夜。丸一日だ。彼は眠くないのだろうか。いや、怒りと興奮で眠気どころではないのだろう。僕はそろそろ、少し疲れた。
彼とは友人でいたかった。正義感が強く、実直で、嘘のつけない彼は僕から見てとても眩しかった。輝かしい友人は僕の誇りでもあった。それなのに、こんなことになるなんて。
僕のミスだ。通りすがりの女を殺した後だった。いつものように死体を処理するところを彼に見られてしまった。慣れというのは人を油断させる。油断、した。
真夜中、遠目に彼の姿を認めた時は心臓が縮み上がるかと思った。お互いに目が合った瞬間、冗談だろと心の内で叫んだ。その日はそのまま別れたが、結局彼は僕を見逃してはくれなかった。それでも、義理堅い彼は通報しようとはしなかった。自首しろと僕に勧めた人の良さは間違いなく彼の美点だ。
その美点を煩わしいと感じる程度には、僕の倫理観は既に壊れていた。止められないのだ。生き物がただの物体へと不可逆的な変化を遂げる、あの快楽を知ってしまったからには。壊して、壊して、壊して。そこでやっと僕は安心して人を愛せる。やっと相手の魂に触れられる気がするのだ。ひかりを失った瞳、鮮やかな血液の赤、血の気の引いた肌――僕なりの愛情表現はしかし、世間には到底受け入れられないことも分かっている。一方的に害すること。害されること。それは愛とは呼べないと、かすかに残った理性が囁く。欲望が理性を凌駕する。
壊れている、と彼は言った。狂っているとも。そう、僕は狂人だ。だから、その狂人を説得しようとしたのは彼のミスだ。互いにミスをした結果の今だ。彼とは友人でいたかった。友人でいたかったが――今、目の前にいる彼は僕の愛しい獲物だ。
「どうしてこうなっちゃったんだろうね」
彼は低く唸る。血走った目に、僕はどう映っているのだろうか。
僕は立ち上がると、僅かにひしゃげた金属バットを掴み、彼のすねの辺りへと無造作に振り下ろした。骨の折れる嫌な感触と共に、声にならない絶叫が部屋中にこだまする。




