第一章 2
「…うん。初めて組んだ割にはよく出来た方ですね。ミスはところどころありましたが、…まぁ、こんなものでしょう。空野さん。合格です。」
「あ、ありがとうございます!」
…よく出来た方?…こんなものでしょう?……っざっけんじゃねえぇ!!俺の指揮だぞ?そこそこの出来そこないでもトップに導く指揮だ!それがこんな妥協感満載な評価であっていいはずねえぇ!!
「ありがと!緋月くん!こんなに褒めてもらったの、あたし初めてかも♪」
ステージからはけた後、空野がこんなセリフを投げかける。…当然だが、俺の神経を逆なでするだけだ。
「…ざけんな…。」
「え?」
「っざっけんな!!いいか!?俺は、トランクィット(静かに)にアダジェット(ややゆるやかに)にっつったはずだぞ!?なにフォルテ(強く)で始めやがる!?」
「あ、いや、ゴメンゴメン。」
「曲調についてもだ!『悪戯好きな夜風の戯れ』は、優雅さと妖艶さの行き来を、時に気ままに、時に狡猾に奏でる楽曲だ!お前は、気ままさと狡猾さのタイミングを完全にずらしてやがる!」
「えっと、…そう、だね…これからは…」
「そもそも、お前は楽曲の背景気にしてんのか!?適当に弾きやがって…」
「あの…」
「音大生ならそんなこと説明せずとも分かるだろうが!もっと真剣に音楽と向き合えってんだ!」
「……。」
「大体…っ!ぐふぁあ!!」
何だ!?何が起きた!?…なぜ俺はうずくまってる!?…っつうか…マジかよ!?
「テメっ!…空野ぉ!!初対面の人間のみぞおちぶん殴るやつがあるかぁっ!?」
「うるさい!!せっかくお礼言ってるのに、その態度は何さ!」
「お前がまともに弾かねぇからだろうが!!そもそも、音大生なら…」
「だからっ…」
「あたしだって好きで音楽やってないんだよ!!」
と、叫ぶだけ叫んで、空野は去って行きやがった。…っつうか、恩人ぶん殴っといて、誤りもしねぇで帰るやつがあるか!?なんだあいつ!?嵐か!?台風か!?天災なのか!?…もう、絶対ぇ関わらねえぇぇっ!!