序章3
多目的魔法堂に着いたのは、あたしの番のほんのちょっと前だった。
「ご、ごめっ…理、戸…」
ゼッ、ゼッと肩で息をしながら、あたしは目の前のパートナーに手を合わせた。
…いや、いくら体育会系だって、道筋常時全力疾走ってのはきついって。
「はい。…もう、合わせる時間もないですよ…」
と、渋い顔で困り果てた言葉を口にしている、黒髪セミショートストレートで幼い顔立ちの青年は、あたしの指揮者。越野理戸。
「幻奏曲」っていうのは、指揮者と1~複数人の奏者によって行う高等魔法術。奏者が魔力の源となり、旋律を奏で、指揮者は、その旋律の音程・音階・音量・発動背景などの調律を行う。その奏者であるあたしのパートナーが理戸ってわけ。
理戸は魔法音楽名家「越野家」の出身で、成績もすこぶる良好。そんな理戸が、なんで落ちこぼれのあたしのパートナーなのかってのは、謎なんだけどね。
「ほんと、ごめん!…でも、絶対上手くやるからさ!」
「…空野さん。」
「はい!」
まだ理戸は不安げだけど、…なんとかなるよね!
翠の嬉遊曲『青き群れ鳥の舞』。
鳥の姿の風の精が、味方に気力と力を与える、風属性の楽曲。情緒豊かに、朗々と歌うように、ね。頭では分かってるんだよね。
ステージに立ちフゥと一息。演奏を始める。
「…もっとアレグロ(快速に・陽気に)。…カンタービレ(歌うように、表情豊かに)…」
始まって即座に訂正が。
「う、うん。」
「…そこはアダージョ(ゆるやかに)。…もっとアニマート(生き生きと)!」
…ああ、審査員の先生がしかめっ面してる。…って!あの、赤髪セミロング、帰ろうとしてるし!…見てろよぉ…
「…っ!奏さん!そこはピアニッシモ(とても弱く)です!」
「え?…あ、あっ!」
「…もういい。…奏くん。」
溜息と共に一言。
えっ…。途中で?…はぁ…
「…ごめん。理戸。」
「…はい。」
「あたしにしては、よく出来た方なんだけどさ…」
「知ってます…」
理戸も不機嫌そう。…って、言うか、このままじゃ指揮してもらってる理戸の成績にも影響でちゃうかも…
「でも!…明日こそは、さ!絶対上手くやるから!」
「……。」