20.
「エレナ嬢のパートナーは、ランベルトに決まった」
「ラン、ベルト……?」
大事なことをあまりにもさらりと告げられたことにより、思わず聞き返してしまった私に、リベリオ殿下は怪訝そうな顔で返す。
「そうだけど、何か問題でも?」
「いえ、そういうわけでは、ないのだけれど……」
(エレナが、ランベルトを選んだ)
つまり、エレナはランベルトルートに進んだということ。
また、イレギュラーが発生しない限り、ルートが変更になることはありえない。
ということは、ランベルトルートの既存のエンドのどれに進んだとしても、私はともかくリベリオ殿下の死が確定してしまうため、彼の死を避けるには私が足掻いて他のエンドを開拓するしかない―――
その現実を改めて突きつけられたことで、驚きと焦り、不安が押し寄せるのは分かる。けれど、なぜ……。
「ロザリア?」
「!」
思考の海に沈みそうになったところを、リベリオ殿下に引き上げられる。
そんな私に向かって、リベリオ殿下は訝しそうに尋ねた。
「……この前も思ったことだけど。君はどうして、エレナ嬢のパートナーのことについてそんなに考え込むの? 過保護だから?」
「か、過保護ではないわ」
「じゃあどうして、そんな顔をしているんだ」
「……っ」
確かに、物思いに耽りすぎて、リベリオ殿下がわざわざエレナのパートナーを伝えにきてくれたというのに、上の空で回答してしまった。
全ては、ゲームの内容を知っているがために、私がこの先ラスボス化してしまった際、貴方を殺す可能性があることについて考えていたから……。
(なんて、言えるわけがない……!)
なんとか言い訳を、と考えている間に、リベリオ殿下の口から思いがけない言葉が飛び出す。
「……もしかして、パートナーはランベルトが良かった、とか?」
「……え?」
全く考えてもいなかったことを言われ、一瞬思考が停止する。
それを是と捉えたのか、リベリオ殿下は不意に私に近付いて……。
「駄目だよ」
「……っ」
距離を詰めたリベリオ殿下が、箒を持っていた私の手を上から握る。
私の手がおさまってしまうほどに大きく、温かくて硬いその手に、否応なく心臓が高鳴るけれど……。
「僕と君は婚約者なのだから、交流会にもパートナーとして参加しないと」
「あ…………」
『僕と君は婚約者なのだから』
リベリオ殿下のその一言で、騒がしかった鼓動が一転、ズキリと針で刺されたかのように痛み、急激に温度が失われていく。
(そうよね、リベリオ殿下は婚約者としての体裁を保つために、私を誘ってくれたのよね……)
なぜ、そんな分かりきったことに今更傷ついているのか。
訳が分からなくて、今すぐにでも逃げ出したくなってしまう衝動に駆られる私に、今度はリベリオ殿下の方が焦り出す。
「そうじゃない、違う、婚約者だからじゃなくて……、その」
「……?」
何か言いたいことがあるのだろうか、とじっと彼を見つめて待つ私に、リベリオ殿下は何を思ったか、包み込んでいた私の左手をそっと持ち上げ……。
「〜〜〜!?」
チュ、という軽いリップ音と手に触れた柔らかな感触に驚き、息を呑む。
思わず彼を凝視してしまう私の視線を受け、彼もまた見たことのないほどに真っ赤な顔をして紡いだ言葉は。
「君じゃなきゃ、嫌だ。君以外のパートナーは考えられない」
「ぇ……?」
リベリオ殿下の発言、態度、表情。
その全てが信じられなくて、頭が真っ白になる。
そんな私を逃がさないとばかりに、彼は私の手を握る手に力を込めた。
「返事は?」
決して強制などではない優しい声音。むしろ、恐る恐ると言った風に尋ねられているのに、甘やかな視線に囚われ、繋がれた手から伝わる彼の熱に浮かされるように、私は、気が付けば返事をしていた。
「……はい」
気の利いた言葉も言えず、たった一言返すだけで精一杯だったというのに、リベリオ殿下はそれでも、花が咲いたように顔を綻ばせたのだった。
夜。
(眠れない……)
ベッドに入り、眠ろうと目を瞑る度に思い出すのは、リベリオ殿下のこと。
『エレナ嬢のパートナーは、ランベルトに決まった』
『僕と君は婚約者なのだから、交流会にもパートナーとして参加しないと』
『君じゃなきゃ、嫌だ。パートナーは君以外に考えられない』
その言葉の数々を口にした時の表情、仕草、そして、手に触れた感触……。
「あ〜〜〜っ」
意味もなく声を上げ、両足をバタつかせる行為は、淑女にあるまじきはしたない行為だと分かっていても、せずにはいられない。
(駄目よ。私は、悪役令嬢。それも、彼を殺してしまう可能性のあるラスボス。それなのに……)
気付いてしまった。
エレナのパートナーがランベルトだと聞いた時、真っ先に抱いた感情は“安堵”だった。
それは、彼女がリベリオ殿下を選ばなかったことに対してのものだということにも。
「……だから、駄目なのよ……」
エレナがリベリオ殿下ルートを選ぶこと。それが最善の選択に違いなかった。
だけど、彼女はランベルトを選んだ。それを悪役令嬢である私が喜ぶのはお門違いであり、何より、私自身が彼を殺してしまう可能性が高まってしまったのだから……。
「……一体私は、どうすれば良いの……?」
誰も答えてはくれないと分かっていても、口にせずにはいられなくて。
やり場のない気持ちが、瞳から零れ落ちるのが悔しくて、押さえつけるように腕で目元を覆った。




