19.
「開幕演出においての社交ダンスは、男女一対一となるから、私とエレナはそれぞれこの中でパートナーとなる男性を決めなければいけない。というわけで……、エレナ、貴女はどなたとパートナーになりたい?」
「……!」
私が尋ねたことにより、エレナと私が見つめ合う形で、部屋の中は静寂に包まれる。
(本当は私も、ゲーム通りとなるこの言葉を尋ねたくはなかったし、この後彼女の口から飛び出ることになるだろう名前を聞くのが怖い)
でも、ここで私が逃げるわけにはいかなかった。
だって、エレナの口から紡がれた名前次第で、ラスボス化してしまうかもしれない私の、今後の身の振り方を改めて考えなければならないから。
(ベストなのは、リベリオ殿下。でも、彼は私の婚約者だし、それに……)
知らず知らずのうちに、皆から見えない教壇の下、膝に置いた手に力が籠る。
そうしているうちに、エレナはおずおずと口を開いた。
「私、は……」
「…………」
エレナは戸惑ったように視線を彷徨わせる。
攻略対象者達の視線を一身に受けつつ、そんな彼らを順に見返す目は、戸惑いと迷いが隠せないでいるようで。
(…………あら?)
待てど暮らせど、その口から紡がれることはない。
(い、いくら何でも熟考する時間が長すぎないかしら? あまり長く待たせ過ぎると、攻略対象者である彼らの好感度が下がってしまうのでは)
焦りを覚えて何か助け舟を出した方が良いだろうかと思う私の代わりに、静寂を破ったのはランベルトだった。
「そんなことを急に尋ねられても、エレナ嬢が困ってしまいますよ」
ランベルトの言うことは尤もで、私も事を急かすつもりはない。けれど。
「でも、出来るだけ早く決めないと、ダンスの練習や役割分担もあることだし」
「まあまあ。今日のところは一旦持ち帰って要検討ということで。あ、エレナ嬢は今回初めての参加で何の話をされているか分からないと思うので、俺でよければ教えますよ」
ランベルトの言葉に少し考えてから、小さく息を吐くと口にした。
「……そうね。エレナ、急に話を進めてしまってごめんなさいね」
「い、いえ……」
まずはエレナに謝ると、エレナは首を横に振ってから俯く。その反応を見て困らせてしまったことに罪悪感を抱きながら、今度はエレナのサポートを申し出てくれたランベルトに向かって声ををかけた。
「ランベルト、エレナに説明を任せるわ」
「承知しました。お任せください」
ランベルトは胸に手を当てお辞儀をしてから、エレナと向き合い二人で話し始める。
私はその二人以外の委員に仕事の相談をしながら、頭の片隅では、エレナの戸惑ったような、困ったような表情が離れずにいたのだった。
(……彼女は誰の手を取るのかしら)
あれから早三日程が経つ今日も、エレナからパートナーを決めたという報告はなかった。
それに、あんなことがあってからでは、何となく私からは聞きにくく、だからと言って攻略対象者達に聞くのも探りを入れるようで変だ、という結論に至り、結局何も出来ずじまいで。
(出来れば、一刻も早くエレナがどのルートに進むのかを知りたいところだけれど……)
「また思い詰めた顔で掃除してる」
「っ!!」
声をかけてきたのと同時に、ボーッとしていた私の視界に飛び込んできたリベリオ殿下の顔の近さに驚き、息を呑み後ろに飛び退いた。
「ごめん、驚かせた?」
「えぇ、とても……」
なんで心臓に悪い、と箒を持つ手に力を込めながら、こちらを見つめる彼を盗み見て思う。
(それに……、何か変。リベリオ殿下の態度が、今までと違う気がする……)
三日前も、風紀委員会の皆の前でありながら、時折素を垣間見せていた。
けれど、確かにその素の中に、以前は“演技”だったはずの私への接し方……、婚約者に優しく接しようとする外面だけだったはずの部分が、入り交じって見えて……。
「……ロザリア」
「は、はい」
ボーッと彼の顔を見入ってしまっていた私の名を呼んだ彼が、少し頬を赤らめながら口を開いた。
「そんなに見つめられると、照れるんだけど」
「ご、ごめんなさい!」
「いや、謝って欲しいわけではなくて」
「そ、そうよね、ごめんなさい」
「だから謝らなくて良いんだって」
「は、はい……」
「「…………」」
ぎこちない会話の末、再び訪れる無言。今度はお互いに視線を逸らし、なんとも言えない空気が流れるのを感じた私は、意味もなく埃ひとつない床を履きながら、慌てて話題を探す。
「……ところで、どうしてここに? 何か用事でもあったの?」
私の問いかけに、リベリオ殿下は少しの間の後から答えた。
「うん。エレナ嬢のパートナーについての報告をしに」
「決まったの!?」
その言葉に反射的に顔を上げれば、リベリオ殿下は驚いたように目を丸くした。
「は、反射神経が凄いんだけど。そんなに驚くこと?」
「エレナを追い詰める形になってしまったかもと思っていたところだから、つい」
(嘘は言っていない。けれど、それだけでなく私には役目がある)
ラスボス化を回避しつつ、最悪に備えて行動する。
皆を、何より、目の前にいる彼を守るために。
だから、たとえエレナが彼……リベリオ殿下を選んだとしても祝福しよう。
それに、その選択こそが最善だと、私も思うから。
「では、教えてくれる? エレナがパートナーに選んだお相手を」
自身の鼓動が大きく高鳴り速まるのを押さえ込むように発した私の言葉に、リベリオ殿下は頷くと、運命の分かれ道となるその名を口にした。
「エレナ嬢のパートナーは、ランベルトに決まったよ」




