01.
自室療養期間を目一杯自身の現状把握に費やしつつ、休息も十分に取ることが出来た私は、目の前に聳え立つ学園を見据えながら、学園の設定を振り返る。
王立ベルテ魔法学園。
この国、ベルテ王国の王家が魔法使い育成のために創立した学園である。
魔法使いの多くが貴族の出身だが、稀に生まれる平民出の魔法使いも在籍している、15〜18歳の魔法使いを集めた三年制の学園である。
それにしても。
「……本当に綺麗な校舎……」
今月で第二学年を迎えた私には、きちんと“ロザリア・ガレッティ”としての記憶があるけれど、前世の記憶を思い出した今、この建物だけでなく映るもの全てが異世界に見える。だって……。
(これが世に言う“聖地巡礼”、というものよね)
乙女ゲームの世界に転生したと分かった今、いつもと変わらないその景色に親近感を覚えるのと同時に、なんだか不思議な心地がして、時間を忘れてその建物を見上げてしまっていると。
「ロザリア」
「!」
ハッと振り返れば、印象的な翠色の双眸と目が合う。
「……リベリオ殿下」
リベリオ・ベルテ。第二学年、15歳。
この国ベルテ王国の第一王子にして、次期国王と呼び声高い、容姿、性格、品格、文武両道、どれをとっても完璧と謳われる王子。
前世でも一番人気を誇るキャラクターである彼だけれど、その彼には一つだけ欠点がある。それこそが“私”……、悪役令嬢兼ラスボスである“ロザリア・ガレッティ”が彼の婚約者であることだ。
「君が倒れた時は驚きすぎて心臓が止まるかと思った。もう通学してきて大丈夫なの?」
柔らかく甘やかな、私の身を案じているのが伝わってくる声。その声は、私が前世聞いていたボイスとは少し種類が違う、甘さを大いに含んだものとして、前世の記憶が蘇った私の耳に届く。
だけど、それに勘違いなんてしないし、してはいけない。
だって、彼の本性を知っている私は、その言葉が本心からではないと分かるから。
だから私も、当たり障りのない言葉を返す。
「えぇ。おかげさまで、この通り元気になったわ。迷惑をかけた分、今日から風紀委員会の仕事も頑張るわね」
「迷惑だなんて! 君はいつも頑張りすぎなくらい皆のために頑張ってくれているのだから、いつでも私達を頼ってほしい」
「……リベリオ殿下」
そう言って微笑むリベリオ殿下の表情に思わず見惚れてしまっていると。
「キャー! リベリオ殿下とロザリア様がイチャイチャしているわ!」
「なんて麗しい……!」
そんな生徒達の声がしたことで、私達が今本校舎の目の前という公衆の面前でリベリオ殿下と見つめ合っていたことに気が付き、慌てて視線を逸らすと……。
「……チッ」
「え?」
「ん?」
何? という視線を私に向けるリベリオ殿下の姿に、私は曖昧に笑ってから思う。
(今、間違いなく舌打ちしたわよね……!?)
彼の本性を知っているとはいえ、いざ目の当たりにすると、男性にしては中性的な顔立ちをしているから余計に似つかわしくない。それは偏見よね、と思いつつも、本性を知らなかったら間違いなく彼のものだとは思わなかっただろうなどと考えてしまう頭を振り払うように、自身の鞄を近くにある棚に置き、玄関の前に彼と共に並び立つ。そして。
「おはようございます」
通学してくる生徒に向かって、朝の日課であり風紀委員の仕事である挨拶運動を始めたのだった。
『運命を握る少女』の世界に転生してきたことを思い出したとはいえ、自身のラスボス化阻止のために今すぐ行動に移せるかと言われるとそうはいかない。
なぜなら、“ロザリア・ガレッティ”である私に与えられた仕事量が、乙女ゲーム上の設定にあった“悪役令嬢”という一言で片付けられるものではなかったから。
そしてまさに、昼休みである今も、風紀委員会を取りまとめる委員長としての仕事と向き合っていた。
「アルノルド、ランベルト、セスト。貴方達は朝の挨拶運動に、遅刻どころか参加しないとは一体どういうつもり?」
その言葉に、彼らは一様に声を上げた。
「今日は魔法の特訓をしていた」
無表情で悪びれもせずそう言いのけたのは、水色の髪に同色の瞳を持つ、ロンバルディ公爵家の嫡男、アルノルド。
「うわあ。ロザリアってばやっぱりバカマジメ〜」
冷やかすように人の神経を逆撫でしてくるのは、銀色の長い髪に紫の瞳を持つ、ヴィルガ公爵家三男、ランベルト。
「朝はやるべきことが沢山ある。忙しいんだ、俺は」
こちらも俺様な口調でふんぞり返っているのは、赤褐色の髪に紅色の瞳を持つ、ランツァ辺境伯家次男、セスト。
こうして集まると、全員が全員、憎たらしいほどの美形揃いに加え、高貴な身分という天は二物を与えすぎている状況なのは、正真正銘彼らが『運命を握る少女』中の攻略対象者。
つまり、この風紀委員会こそが、ヒロインと攻略対象者達が出会い、愛を育む場なのだ。
……などとこの状況下で乙女ゲームの設定を思い出し、現実逃避したくなるのも無理はないと思う。
だって彼らは、私が前世でプレイしていた乙女ゲーム中にいた彼らとは全くの別人。
というのも、彼らのあの乙女ゲームの仕様は全て“愛されヒロイン”限定。
つまり。
(彼らの本性は、対愛されヒロイン仕様とは真逆で、風紀委員という仕事に対しても、私への扱いも雑ということ……!)
「……貴方達、もしかしなくても私がお休みしている間に、風紀委員の仕事を真面目にやっていなかったわね……?」
私がわなわなと拳を振るわせていた横で、私と真面目に仕事をしていたリベリオ殿下が口を開く。
「そんなことはないよ。君がいない分も頑張るんだと張り切っていた子がいたし。……今日はその頑張りが空回りしたっぽいけど」
そうリベリオ殿下が呟くように言ったのと彼が示した“張り切っていた子”が扉を開け放ったのはほぼ同時だった。
「お、遅くなってすみません……!」
はあ、はあと息を切らしながら入ってきたのは。
「……エレナ」
桃色の髪を揺らし、金色の瞳を持つ少女……、『運命を握る少女』のヒロインである彼女だった。




