15.
私の杖から溢れ出た眩いばかりの光は、やがて私とリベリオ殿下を中心に、半径5メートルほどのドーム状になって、光の壁を作る。
「凄い…………」
リベリオ殿下の心底驚いたような声が耳に届いたけれど、私も負けじと驚き、自身の杖を見つめた。
(私って、こんなに光属性の魔法が強かったの……!?)
いえ、ロザリアとして生きてきた記憶の中に光属性の魔法を練習していた記憶があるけれど、その時とは比べ物にならないほど強くなっている。
(これなら、倒せるかもしれない!)
「リベリオ殿下! 攻撃魔法を!!」
「ッ、了解!」
リベリオ殿下が杖を噴水に向ける。
そして。
「水よ。我が命に応えよ」
「……!」
リベリオ殿下が呪文を唱えたことで、空気中に含まれる水分までもが呼応するかのように、空気が震え、噴水の水が踊るように彼の杖に集結し、やがて剣の形を模っていく……。
その魔法を見てハッとした。
(リベリオ殿下が今使おうとしている魔法は、ゲームでも同じドラゴンを相手にした時に使った魔法だわ!)
王家が代々受け継いでいる強力な攻撃魔法の一つだと、リベリオ殿下はゲーム中で語っていた。
それが今、目の前で見て、肌でその威力を感じられている、美しい光景に目が離せないでいる私の前で、リベリオ殿下は願いを唱えた。
「愛する者達を守る剣となり、害を為す敵を貫け!!」
リベリオ殿下の強力な願いに応えるように、杖から放出された水の剣は、一直線にドラゴン目掛けて飛んでいき……。
『その程度か』
「!?」
先ほど脳裏に響いた声の主と同じ声が、私の頭に痛いほどに響き渡ったかと思うと……。
「ッ、まさか!」
「!!」
リベリオ殿下の焦ったような声がこだました刹那、ドラゴンがまるで嘲笑うかのように、大きな翼をはためかせる。
それにより、ドラゴンを目掛けていたはずの殿下による攻撃魔法が、跳ね返るようにしてこちらに目掛けて飛んできて……。
「ロザリア!」
リベリオ殿下が私の名を呼んだのと同時に、光魔法の壁にリベリオ殿下が放った水の剣が衝突する。
「くっ……!」
(防ぎきれない!!)
光属性は闇属性に最も効果的な魔法であるため、他の属性に対して効果を発揮するには、それ以上の力をもってして防ぐしかない。
そのため、私が扱える光属性魔法では、殿下が放った最高峰の水属性の攻撃魔法を完全に防ぎ切ることは出来ず、光の壁が壊れ、大量の水がこちら目掛けて流れ込んでくる……その視界に飛び込んできたのは、リベリオ殿下だった。
「ごめん」
(え……っ)
小さく呟かれた声に驚く間もなく、殿下が私を抱きしめる力強さと温もりを感じた瞬間、激流に飲み込まれる。
何が起きているのか分からない、ただ息が苦しく、水の勢いに流され……、やがて強い衝撃が身体を襲うけれど、痛みはなくて。
(……止まった……?)
恐る恐る目を開けた私は……、信じられない光景を目にする。
「え…………」
私の目に映ったのは、血の気がなく、印象的な翠色の双眸が固く瞑った瞼に閉ざされている、壁に身を預けるようにぐったりとした様子のリベリオ殿下の姿だった。
「リ、リベ、リオ、でんか……?」
呂律が回らない。頭が働かない。
それは、目の前の光景を把握したくない自身の拒絶反応だった。
そして、その彼は意識がない今も、私をまるで守るかのように、私の背中に腕が回っていて……。
「あ…………」
(まさか、私を、庇って……?)
『哀れだな、ロザリア』
「ッ……!?」
どこからともなく聞こえてくる声。
私にしか聞こえない、耳を塞いでも流れ込んでくるこの声は、確かに先ほども聞こえてきた、正体不明の声。
『お前が殺したんだ』
(……違う)
『違わなくない。見てみろ、その男を。お前を庇っている』
(…………違う)
私じゃない。私じゃ……。
……。
「……私なの?」
こうならないようにするために、動いていたはずなのに。
一番、守らなければいけない人を、私が、傷つけて……。
(……私のせいだ)
私が、攻撃を塞ぎきれなかったから……。
自身の感情が、黒く塗りつぶされる。
自分の不甲斐なさが辛く、苦しく、痛いくらいに身体中を暴れ回るような、そんなおぞましいほどの無力感に苛まれて……。
「……ロザリア」
「……ッ」
その名をよく知る声に呼ばれたことで、暗かった視界が、パァッと明かりが差したように開けて……、そこで初めて、自分が地面にへたり込んでしまっていること、それから、私の前にリベリオ殿下が立膝をついて顔を覗き込んでいることに気が付く。
「僕が誰だか分かる?」
「……リベリオ、殿下……」
「うん、正解」
「なぜ、そんなことを……、っ」
質問の続きは最後まで言わせてもらえなかった。
それは、リベリオ殿下に強く、痛いくらいに抱きしめられたから。
「……ごめん。怖い思いをさせた」
「……ッ」
違う。リベリオ殿下を守りきれなかった私が悪くて、リベリオ殿下は、私を庇ってくれたのだから、謝るべきなのは私の方で……。
思考が上手くまとまらず、声になる代わりに涙となって瞳から零れ落ちた、その時。
「グワァァァァアアアア!!!!!」
「「!!」」
ドラゴンの咆哮が耳をつんざき、その姿を現す。
体力を消耗してしまった今、防御壁を張るほどの魔力は残っておらず、それは殿下も同じようで。
私を庇うように抱きしめる腕に力が籠ったのと同時に、ドラゴンが禍々しい闇魔法を口から放とうとした、その時。
「やめてーーーーー!!!!!」
(あ……)
私が知る、高い鈴の音のような声が、今日は悲痛に満ちた声音で辺りに響き渡る。
それと同時に、視界が一瞬にして真っ白に覆われて……。
(……この、温かな心地は)
見なくても分かる。
ヒロインであるエレナが、このイベントにおいて通る道は、どのルートでも共通しているのだから。
導き出した結論に、安堵する自分と……。
(やはり、ゲーム通りに進むのね……)
助けてもらっているのに、そんなことを考えてしまう自分はやはり真の悪役令嬢だ、などと考えてしまいながら。
私は深い深い眠りの底に、意識を手放してしまうのだった。




