13.
「リベリオ殿下……」
そこで初めて、リベリオ殿下の箒に二人で乗ってしまっていることに気が付く。
「い、いけない、二人乗りは校則で禁止され」
「今は緊急事態なんだからそれどころじゃないでしょう!?」
「!」
リベリオ殿下の焦ったような怒りに、私は自分も焦っていたことに気が付き、ハッとして謝る。
「取り乱してしまってごめんなさい。助けてくれてありがとう」
「……どういたしまして。怪我は? 痛いところはない?」
「おかげさまで、どこも痛めていないわ」
「そう。それは良かった。でもまさか、飛行魔法が得意な君が落ちるとは思わなくて驚いたよ。何かあった? 体調が悪い?」
「……ッ」
リベリオ殿下の言葉に、先ほどの声が脳裏に蘇る。
『ようやく見つけた。もう逃さない……』
「……顔色が悪いけど、本当に大丈夫? 今日の見回りはここで終わりにさせてもらおうか?」
「……いいえ、後もう少しだから続けさせて」
「でも」
「お願い」
じっとリベリオ殿下を見つめる。
彼は息を呑むと、視線を落として言った。
「……君の箒、折れてしまっているけど」
「あ……」
私達が飛んでいる建物の屋根の上空から、私の箒が折れた状態で地面に転がっているのが目視出来る。
(魔法使いが使う箒は、術者の魔力を時間をかけて丁寧に込める必要がある。一度壊れてしまった箒もまた、修復するのに時間を要する。とてもではないけれど、今は使えないわ)
箒を見て落ち込んでいると、不意に箒が光に包まれたと思えば、一瞬にして消えていた。
え、と驚き振り返れば、リベリオ殿下が杖をしまいながら言う。
「とりあえず、僕が回収しておいた。後で返す」
「凄い……」
収納魔法は三年生で扱う高度な魔法。それも、今いる場所からは遠く離れたものを一瞬で、と心底驚き思わず呟いた私に、リベリオ殿下は咳払いしてから言った。
「別に、これくらい大したことはない。それよりも箒を持っていない今、巡回を続けるとなるとこのまま二人乗りで行くか、それとも、二人で地上に降りて巡回するか、になるけど?」
「!」
改めてそう言われたことで、ようやく自分が今彼の箒に乗ったままでいることに気が付く。しかも。
(きょ、距離が近……っ)
「ロザリア?」
私の名前を心配そうに呼びながら、彼が私の顔を覗き込んだことで距離がより一層近くなって……。
「委員長!」
「!」
別の方角から呼ばれて振り返った先にいたのは。
「ランベルト……、アルノルドにセストまで。巡回は?」
「先生に断って一瞬抜けてきた! そんなことよりもさっき凄い勢いで落ちてなかった!? 大丈夫なの!?」
「み、見ていたの?」
まさか見られていたとは思わず声を上げれば、アルノルドとセストが頷き口を開いた。
「うん。偶然だったけど、びっくりした」
「殿下がいるから大丈夫だとは思っていたが。……その様子を見るに、箒は壊れたんだな?」
二人の言葉に小さく頷くと、セストが珍しく気遣わしげに尋ねる。
「仕事は続けられそうか?」
「えぇ。後もう少しだから」
私はそう返すと、後ろを振り返って言う。
「リベリオ殿下。申し訳ないけれど、貴方の箒にこのまま乗せていただいても良い?」
その言葉に、リベリオ殿下だけでなく他の皆が息を呑む。
(え、私何かまずいことを言ったかしら?)
なんとも言えない空気が流れる中で、リベリオ殿下が尋ねる。
「僕は大丈夫だけど……、二人乗りでも君は良いの?」
「校則で禁止されているけれど、やむを得ない事態だと思うから。貴方の魔力が持つのであれば、このまま乗せていただいた方が任務を遂行出来ると思って」
「やむを得ない事態、任務……」
リベリオ殿下がそれだけ呟いて黙りこくる。
なおも様子がおかしい彼に首を傾げた私に、ランベルトが耐え切れないと言ったふうに笑う。
「あはは! さすがロゼリア、使命感が強すぎて鈍感なの面白い」
「ランベルト、余計なことを言うな」
「はーい」
ランベルトがなぜだかニヤニヤしているのが気になるけれど、リベリオ殿下まで爽やかな笑みを浮かべて言った。
「良いよ。僕も飛行魔法は得意だし。だけど、二人乗りの横向きは危ないから、君も箒を跨いで座ってくれる?」
「え、えぇ」
確かに助けてもらったままの体制では危ないわよね、と言われた通りに座り直す。
念のため乗馬服用のズボンを履いてきて良かった、と安堵したのも束の間、不意に腰に腕が回り、グッと引き寄せられる。
「えっ……!?」
驚いて後ろを振り返れば、先ほどよりもずっと近い距離にリベリオ殿下の端正なお顔が間近にあって。
(わ、わわわわわ)
慌てふためく私に、リベリオ殿下もまたほんのりと顔を赤らめ、明後日の方向を向いて言う。
「……二人乗りが校則で禁止されているのは、魔力の問題と密着度の問題だよ。風紀が乱れる恐れがあるという理由らしい」
「たっ、確かにそれはそうね!? この距離感は普通じゃないわ! えぇ!」
「ちょっと、大丈夫? 君が言い出したことでしょう? もう一つの乗り方としては、君が後ろに乗り、君が僕のお腹に腕を回す方法もあるけど……、また落ちたら困るし我慢して」
(要するに、後ろに乗ったら私からリベリオ殿下に抱きつく姿勢になるということ!? む、無理! でもこの体制も本当に恥ずかしい……!!)
ゲーム中に二人乗りをする描写がなかったから知らなかったけれど、確かに乗馬する際も似たような姿勢になるのだから、箒なんてもっと不安定な乗り物ではこうなるわよね……!?
と焦る私の耳元で、リベリオ殿下が言う。
「君は気付いていなかったみたいだけど、二人乗りをしたいと言ったら、こういうことになるから。間違えても僕以外の男に頼んだりしないでね?」
「は、はい……!」
(分かった! 分かったから! お願いだから耳元で囁かないで!!)
羞恥に身悶える私に、リベリオ殿下は何を思ったか、小さく笑って口にする。
「ふふ、可愛い」
「……ッ!?」
(い、今、なんて……!?)
空耳……、空耳よね!?
と悪役令嬢である自分には相応しくない言葉をかけられた気がした、その時。
――グワァァァァアアアア!!!!!
聞いたことのない大きな咆哮が耳をつんざく。
「この声は……!」
リベリオ殿下もその正体に気が付いたのだろう。
私は声を張り上げ、口にした。
「魔物が出たわ! 南の方角よ!」




