11.
城下視察当日。
「皆、準備は良い?」
私の言葉に風紀委員の面々が頷いたのを見て、私も頷きを返すと、箒にまたがる。
「では、行きましょう」
私の言葉を合図に、私達五人は、雲ひとつない青空へと向かって飛び立った。
城下視察において、私達風紀委員は目的地までは空を飛んで移動し、その後は二手に分かれて巡回することになっている。
魔力が特段強い私とリベリオ殿下は主に空からの警戒を、ランベルト、アルベルト、セストの三人は、第一学年の生徒達がいる地上を担当することになっている。
ここまでは、ゲームと同じ。
そして、問題はこの後。
(ゲームの内容通りであれば、私が下見をしたあの場所に魔物が現れる)
今でも思い出すと、緊張で身体が強張る。
私の気のせいだったら……、そう願わずにはいられないほど、あの場所だけは流れる空気が違うような気がした。
(……怖気付いている場合ではない。このことを知っているのは私だけなのだから、私がしっかりしなければ)
「何百面相してるの?」
「!」
先ほどまで後ろにいたはずのリベリオ殿下が、いつの間にか私の斜め前に回り込み、わざわざ振り返りながらそう尋ねると、言葉を続けた。
「面白い顔」
「っ、口を開けばいつも悪口を言うのやめてくれる!?」
「一人黙り込んで変な顔をしてる君が悪い。……下見の時から思っていたけど、最近の君、ずっと変に気を張っている感じだし」
(思い切りバレてるわ……)
なぜよりにもよってリベリオ殿下に、と思ってしまう私に、彼は私の隣に移動してきて言う。
「そんなにエレナ嬢のことが心配なの?」
「……それはそうでしょう」
「過保護すぎると思うけどね」
「良いでしょう、別に過保護でも」
その言葉は他の風紀委員から散々言われたわ、とため息を吐く私に、リベリオ殿下は鋭い言葉をかけた。
「何か僕に隠していることがある?」
「え……?」
思いがけない言葉につい反応し、リベリオ殿下を見た私に向かって、彼は静かに言った。
「君は何でも抱えるから。言いたくないことは無理に聞かないけど、何か聞いて欲しいことがあればいつでも言って。……君の力になれることがあるかもしれないから」
「……リベリオ殿下」
リベリオ殿下が微笑む。二人きりの時では余計に見せないその笑みに息を呑むと、リベリオ殿下は後ろからついてきている三人に向かって声をかけた。
「もうすぐ城下に着く。ここから先は手筈通りに」
リベリオ殿下の言葉に、アルノルドとセストは頷くと、まだ生徒達の姿が見えない街へと降り立って行く。
こういう時に余計な一言を言うのが、言わずもがなランベルトだ。
「二人とも、喧嘩しないように。今日こそ仲良く飛行デート楽しんでね〜」
「遊びじゃないのよ、ランベルト!」
「わ〜、委員長こわ〜い」
(……後で覚えていらっしゃい!)
内心能天気な声に苛立ちを覚えながら、下降していく彼らの背中を目で追う。
私達の仕事は、生徒達が先生方と共に瞬間移動魔法で転移してくるより前に、普段と街の様子に変わりがないかを確認するところから始まる。
(本当に、風紀委員って大変な仕事よね)
忙しさで言ったら生徒会の方がきっと忙しい。けれど、活動内容然り、学園の顔として華々しい活躍の場がある生徒会に比べ、風紀委員会は裏方の手伝いや学園の風紀を取り締まるのが仕事。私が気付かないだけで、私のことを嫌っている生徒も少なからずいるはず。
(それを思えば、風紀委員のメンバーはよくやめないでいてくれるわよね)
下見だって、私が仕事を増やしたも同然だし……と、彼らが作ってくれた地図が入った上着のポケットに、そっと手を置く。
(だからこそ、彼らを危険な目に遭わせたくない)
攻略対象者である彼らが強いことは知っている。ゲームの中でも、彼らが苦戦していたのは、悪役令嬢である私がラスボス化した時だけだったから。今日現れるかもしれない魔物はあまり強くはないはずだけれど、エレナの魔法が覚醒していない今用心しなければならない。
(何が何でも、全員私が守らなければ)
「ほら、また眉間に皺が寄ってるよ?」
「!」
指摘されて顔を上げれば、先ほどよりも近い距離にリベリオ殿下の姿があって。
「わっ!?」
「何、人を化け物みたいに」
「だ、だって……」
「気負いすぎ。力を抜いて。……僕達だって仲間なんだから」
「……リベリオ殿下」
言うだけ言って、リベリオ殿下はそっぽを向く。その耳が少し赤いことに気が付き、彼なりの不器用な優しさを感じて思わず笑みを溢す。
それが聞こえてしまったようで、リベリオ殿下はこちらを横目で見て尋ねた。
「何かおかしいことを言った?」
「いいえ」
(そうよね、リベリオ殿下の言う通り、少し力みすぎていたのかも)
必ずしも、ゲーム通りの展開になるとは限らない。
それに、もしそうなったとしても、私には頼もしい仲間達がいる。
(彼らとは委員会でしか関わることは少なかったかもしれないけれど、それでも、素の彼らを知っているくらい彼らを見てきたんだもの。私が信じなくてどうするの)
そう思うだけで、胸の内に温かな心地と勇気が湧いてきて……。
「リベリオ殿下……、いえ、リオ。頼りにしているわ」
彼に向かって笑みを乗せてそう口にしてから、青空の下に広がる街並みに目を向けた。




