10.
「なぜ、ランベルトがここに?」
この場所にいるとは思ってもみなかった人物の登場に驚きながら尋ねれば、ランベルトもまた焦ったように返す。
「それはこちらの台詞! なぜリベリオと離れてこんなところにいるんだ!」
「!」
いつもの軽薄な姿からは想像もつかない剣幕に息を呑む私に、ランベルトもハッとしたように私の腕から手を離すと、前髪をかきあげ、ため息交じりに言葉を続けた。
「……リベリオから大体のことは聞いた。何があろうと、一人にするリベリオも悪いけど、その場から離れる君も悪い。何のために今日、リベリオだけでなく俺達がここにいると思っているんだ」
「何のため……?」
「君のためだよ」
「!」
思いがけない言葉に目を瞬かせれば、ランベルトはかきあげた髪をガシガシと乱暴にかきながら言う。
「『息抜きをさせてあげたい』ってリベリオが言ったんだ。俺達も君に頼りきりな部分が多いのは事実だし、君は一人で何でもやりがちだから、今日くらいは息抜きをさせてあげようって。リベリオを筆頭に計画を練って、役割分担までして街を周っていたのに」
そう言ってランベルトが見せてくれた地図には、確かに沢山の仔細な書き込みがあった。
「……ごめんなさい」
知らなかった。私が『下見をしたい』と言ったせいで、皆を巻き込んでいたなんて。
しかもその筆頭が、リベリオ殿下だったなんて……。
「謝罪と礼を言うならリベリオに。それから、差し出がましいようだけど一応言っておく。毒見の件、俺がリベリオの立場だったとしても怒る」
「え……」
なぜ、と尋ねようとしたけれど、先回りでそれを阻止するように額にデコピンされる。
「痛っ!?」
「俺に聞かないでね? 君達は素直じゃなさすぎる上、言葉が圧倒的に足りなさすぎるんだから、もっときちんと話し合ったほうが良い。振り回されるこっちの身にもなって」
行くよ、と頭の後ろで手を組み歩き出すその背中を呼び止める。
「ランベルト!」
「ん?」
「ありがとう」
そう礼を述べると、ランベルトはいつもの調子でヒラヒラと手を振り笑うのだった。
「ロザリア!」
ランベルトに連れられて向かった先は、先ほど私とリベリオ殿下が分かれた場所で。
(あ……、ランベルトの言う通り、風紀委員の皆がいる)
謝らないと、と彼らに近付く私の姿を捉えたリベリオ殿下が、いち早く私の元へ走り寄ってきたかと思うと……。
「!?」
刹那、訪れたのは、私を包む高い体温と、背中越しに回った腕の力強さ。それから、目の前に広がる硬い胸から伝わる鼓動の速さと仄かな香水の香り……って。
(こ、こんなことを考えるなんて変態じゃない!)
「リベ……リオ、皆が見て」
「ごめん!!」
「!」
(……リベリオ殿下、泣いている?)
耳元で紡がれた声が掠れ、彼の肩が震えていることに気付いた私が戸惑っていると、セストとアルノルドが肩をすくめながら口を開く。
「心配していたんだ、今だけは許してやれ」
「……この世の終わりみたいな顔をしてた」
「余計なことは、言わなくて良い」
二人の言葉に、リベリオ殿下が私を抱きしめたまま、鼻声でそう言い返す。
(こんなリベリオ殿下、見たことがないかも)
思わずそんなことを考えてしまいながら、私は言おうと思っていた謝罪の言葉を心から口にした。
「ごめんなさい」
「!」
リベリオ殿下がハッと息を呑む。
私は恐る恐るその背中に腕を回し、控えめに抱きしめ返して言葉を続けた。
「ランベルトから聞いたわ。今日、私と街を歩いてくれたのは、私を息抜きさせてくれるためだったって」
「……ランベルトめ」
「怒らないであげて。私、それを聞いてとても嬉しかった。知ることが出来て良かった。ありがとう、リオ」
「……っ」
「それから、毒見のこと。無神経な発言をしてしまったと思っている」
私の姿を見つけて走り寄ってきた、一瞬見えたリベリオ殿下の姿は泣きそうな表情をしていた。
そして、今もなお私を離そうとしない彼が、婚約者として、私のことを心配し、大事にしてくれているのだと気付いて初めて、私の発言になぜ彼が怒ったのかを理解した。
だから。
「それでも、私も譲ることが出来ないわ。私も同様に、婚約者として貴方のことが大事で、心配なの。毒見が許されないのなら、せめてもう少し慎重に行動して」
「「「ッ!!」」」
私の言葉に吹き出した声が聞こえるけれど、こちらは大真面目だ。
私はじっと言葉の続きを待つと。
「……分かった」
「!」
リベリオ殿下の返答に、私は嬉しくなり笑みを溢す。
「では、これで仲直りということで良いかしら?」
「待って」
リベリオ殿下は私の両肩を優しく掴むと、今度は顔を覗き込むようにして身体を離した。
(う、わ……)
ドキリ、と心臓が大きく跳ねる。
こんなに至近距離で彼の顔を……、それも、涙で潤んだ綺麗な翠色の瞳を見たのは、ゲームのスチルでもなかった気がして、思わず息を呑んだ私に、彼は小さく言葉を発した。
「約束して。もう二度と、僕から離れないって」
「……え?」
「常に、僕の見えるところにいて」
「…………!」
冗談を、言っているのだろうか。
でも、とてもではないけれど、笑い飛ばせるような空気ではなくて……。
「……それは、無理ではないかしら」
「え?」
「お互いに、私生活があるもの」
「……っ」
恐る恐る返答した私に、彼の顔が赤く染まっていったかと思うと……。
「〜〜〜っ、この鈍感!!」
「いきなり悪口!?」
「もう良いよ! 許す! 結局こうなることは分かってた!」
「お、怒っているわよね?」
「怒ってない!」
いや、怒っているでしょう、と内心突っ込む私に背を向けると、リベリオ殿下は泣きつくように風紀委員の皆の元へ行く。
それを見て、ギュッと胸の前で手を握る。
(だって、まさか、そんなはずがない。勘違いしては駄目。だって私は……)
―――普通の令嬢などではない、この先の未来が絶望的な悪役令嬢なのだから。




