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友人の彼氏が(物理的に)可哀想すぎる件

作者: 夜凪アリス
掲載日:2025/10/31

休日の昼下がり、ベッドの上で読みかけの看護の教科書をめくっていた私のスマホが、軽快な着信音を鳴らした。

画面には「玲佳」。

こんな時間に、どうしたんだろう。


「はい、もしもし、明日香だけど」


『あ、明日香? おっひるー。今、大丈夫?』


電話の向こうから聞こえてきたのは、親友の玲佳の、やけに弾んだ声だった。


「ん、玲佳。大丈夫だよ、ちょうど一息ついてたとこ。どうしたの、声、なんか機嫌良さそうだね?」


『えー、そう? 別に普通だけど? ただ、ちょっと聞いてほしいことがあってさー。もう、うちの彼氏がさー!』


出た。玲佳のその前置きは、大抵の場合、愚痴という名のノロケか、あるいは本気の説教か、どちらかだ。

でも、今日の声色は、怒っているというより、なんだか心底楽しそうに聞こえる。


「また何かやらかしたの? 玲佳の彼氏くん、いつも真面目そうで優しいのにね」


『それがさ! 見かけによらないっていうか、男ってどうしてこう、肝心なところでやらかすかね!』

『昨日、サークルの飲み会だったのよ、あいつ』


「あ、言ってたね。遅くなるかもって」


『そう! でね、一応、私も「飲みすぎるなよ」「終電までには帰ってきてね。日付変わるくらいには」って約束してたわけ』

『私、昨日バイト上がりで疲れてたから、先に寝てるかもだけど、ちゃんと帰ってきたら顔見せてねって、それはもう、健気な彼女みたいに言っといたの』


「うんうん、健気じゃん、玲佳」


『でしょ? なのにさ、12時過ぎても連絡ひとつないの。まあ、盛り上がっててスマホ見てないのかなーって、最初は我慢したよ?』

『看護実習のレポートまとめながら待ってたわけ』


「えらいね、私だったら彼氏待ってる間は動画見てるだけだよ」


『あはは、明日香の彼氏は幸せもんだね。でさ、1時になっても連絡ない。2時になってもない』

『さすがにこれはおかしくない? もしかして、酔っ払って道端で寝てるとか、最悪、事故にでも遭ったかと思って、こっちから鬼電よ!』


「うわ、それは心配になるね……。大丈夫だったの?」


『そしたらさ! 何回かコールしてやっと出たと思ったら、ベッロベロに酔っ払った、ふにゃふにゃの声でなんて言ったと思う?』


「……えー、何? 『ごめーん、今起きた』とか?」


『ブッブー。もっと最悪!』

『「あー、れーか? ごめーん、終電逃したわー。なんか、盛り上がっちゃって。このまま朝まで漫喫まんきつで時間潰して、始発で帰るからー。じゃあねー」だって!』


「うわぁ……それは……かなり酷いね」


『ありえなくない!? 連絡ひとつよこさないで、こっちはどれだけ心配したと思ってるの!』

『しかも、まだ駅前の広場でサークルの友達ともとダベってる最中だったのよ! 信じられる!?』


電話口の向こうで、玲佳が「もう!」と、怒っているはずなのに、どこか楽しそうに息巻いているのが伝わってくる。


「え、じゃあどうしたの? まさか、『わかった』って許したわけじゃないでしょ?」


『当たり前じゃん! 「は? どこにいんの? 駅? 漫喫? どこの駅前広場?」って問い詰めて、パジャマの上からコート羽織って、速攻で車出したよね』


「え!? 迎えに行ったの!? 深夜2時過ぎに!?」


『行ったよー。深夜2時半の駅前ロータリーに、鬼の形相で乗り付けたよね』

『サークルの友達らしき子たちが、「え、あれ彼女さん?」「やべっ」みたいな顔してたけど、知ったこっちゃない』

『助手席に無理やり押し込んでさ、家まで連れて帰ったわけよ』


「ひえー、修羅場だ……。彼氏くん、大丈夫だったの? 相当飲んでたんでしょ」


『それがさ、車降りた途端に「うっ、気持ち悪い……」とか言い出して、家の前でリバース寸前!』


「最悪じゃん! 介抱したの、玲佳が?」


『したよー。もう、しょうがないから。玄関まで肩貸して、トイレに直行させて』

『でも、うまく吐けないっぽくてさー、うーうー唸ってるだけなの』


「あー、飲んでるとね……。感覚が麻痺しちゃって」


『そう! だからさ、私、コップに水持ってきて、とりあえず飲ませて』

『「いい? 吐いた方が楽になるから。私、看護学生よ? 任せなさい」って言って、やったわ』


「……やったって、何を?」


『喉、指突っ込んで、介助して吐かせた』


「……え、ガチじゃん」


『当たり前じゃん。喀痰かくたん吸引の演習とはわけが違うけど、基本は一緒よ』

『気道確保して、誤嚥ごえんさせないように、上手ーくね』

『あー、看護の勉強しといてよかったーって、心から思ったね。おかげでスッキリしたみたいよ?』


玲佳がケラケラと笑う。

いや、笑い事じゃないと思うんだけど……。

っていうか、彼氏くん、彼女にそこまでさせて、もう頭が上がらないだろうな。

私だったら、自分の彼氏にそこまでできるだろうか。

いや、するだろうけど、玲佳みたいに楽しそうには絶対にできない。


「……お疲れ様。本当に大変だったね」


『ほんとよー。で、全部吐き出させて、うがいさせて、水飲ませて。ベッドまで運んでさ』

『さすがにその状態じゃ、お説教もできないでしょ?』


「まあ、そうだね。まずは寝かせないと」


『だから、耳元でこう囁いといたの』

『「こんなに具合悪そうなのに、お仕置きするのはさすがに可哀想だから、明日にしてあげるね。ちゃーんと、ぜーんぶ、まとめて、利子つけてお仕置きしてあげるから、覚悟しといてね」って』


「こっわ! 悪魔の囁きじゃん!」


『ふふふ。そしたら、青い顔して「はい……」だって。で、今朝よ』


「今朝」


『うん、今朝。当然、二日酔いよね。頭痛いーとか、水欲しいーとか言ってるわけ』

『だから、とりあえず水だけあげて、リビングに正座させた』


「あ、やっぱり正座から入るんだ。王道だね」


『基本でしょ? で、私はその目の前のソファに座って、足を組んで……あ、違う』

『最初は私も床に座って、彼の太ももの上に乗ったんだった』


「え、乗ったの? 正座してる太ももに?」


『うん。こう、がっつり。で、そのままグリグリ踏みつけながら、お説教タイムね』

『「昨日のこと、反省してますかー?」って。そしたら、「はい、してます……」って蚊の鳴くような声で言うから、「何したか、わかってますかー?」ってね』


「……えげつない。なんて言ったの? 彼氏くん」


『「連絡もなしに、約束の時間破りました」「飲み過ぎました」って、ちゃんと言えたから、そこは褒めてあげた』

『でも、「それで? 私がどれだけ心配したかわかってる?」「お酒くさい」「二日酔いの男、マジでキモい」って、追加で畳み掛けといた』


「容赦ない……」


『そしたら泣きそうな顔しちゃってさー』

『「しかもさー、今日、何の日か忘れた?」って言ったの。明日香、今日私たち、何する予定だったと思う?』


「え、なんかあったっけ? 課題の提出日?」


『違う違う! 彼と、新しくできたアウトレットにショッピングデートの予定だったの!』

『朝イチで行こうねって、先月からずーっと約束してたのに!』


「あー……それは最悪だ。タイミング最悪」


『でしょ!? 「こんな二日酔いでグロッキーな男と、アウトレットなんか行けるわけないじゃん! どうしてくれんの!」って言ったら、もう平謝りよ』

『「ごめんなさい」「俺が全部悪いです」って』


「まあ、自業自得だね、それは」


『だから、「今日の予定はキャンセルね。まあ、もともとデートはデートだけど、予定変更」って言ったの』


「予定変更?」


『「今日はおうちデート、かな? ううん。違うね。**お仕置きデート**にしよっか」って』


「……おしおき、デート」


電話口の向こうで、玲佳が「ふふっ」と、本当に楽しそうに笑う気配がする。

玲佳の彼氏くん、いつもレポートとか手つだってくれる、あの温厚で優しい彼氏くんの姿が、脳裏でぐったりと青ざめているのが見えるようだ。

ちょっとだけ、可哀想。


『そう。で、まずは第一弾』


「だいいちだん」


『私の膝の上に、うつ伏せでどうぞって。いわゆる、膝枕の逆バージョン?』


「はいはい、想像つくよ」


『で、パジャマのズボン、ちょっとだけ捲り上げさせてもらって』


「……まさかとは思うけど」


『お尻ぺんぺん』


「やっぱり! 大学3年生にもなって!」


『今回はねー、反省の色が濃いーから、ちょっとサービスしてあげた』


「サービス?」


『**お尻百叩き**』


「ひゃく!? 叩きすぎじゃない!?」


『そう、ひゃく。もちろん、一気にじゃないよ?』

『10回叩いたら、「何が悪かったですか?」って尋問タイム。で、ちゃんと答えられたら、「よろしい」って言って、また10回』

『だんだん答えがしどろもどろになってくるのが、また可愛くてさー』


ダメだ、明日香、笑っちゃダメだ。

玲佳の彼氏くん、可哀想すぎる。

……可哀想すぎるんだけど、玲佳があんまりにも生き生きと、楽しそうに話すから、こっちまで変な気分になってくる。


「ぜ、全部やったの? 百回も」


『やったよー。後半とか、もう涙目になっちゃってさ』

『「ごめんなさい」「もうしません」「玲佳が一番好きです」とか、色々言ってた。ふふっ、可愛いよね』


「……うん、まあ、可愛い、のかなあ。玲佳にとっては」


『で、百回終わって、真っ赤になったお尻をよしよしーって撫でてあげて。そしたら安心して寝ちゃいそうだったから、「まだ終わってないよ?」って』


「まだあんの!? もう許してあげなよ!」


『当たり前じゃん! 説教と百叩きで許すほど、私は甘くないの』

『で、今はね、リビングの壁に向かって正座させてる』


「……え、今も?」


『そう、今も。反省タイム。で、私はその横でソファに座って、こうやって明日香に電話してるわけ』


「えええ!? いいの? 彼氏くん、横にいるの?」


『うん、いるよー。「反省してる間は、口聞いちゃダメ。音も立てちゃダメ。微動だにせず、自分がどれだけ愚かなことをしたか、よーく反省すること」って言ってあるから、大丈夫』

『めっちゃ静か。あ、今ちょっと動いたから、足つねっといた』


「ひどい! 鬼だ!」


『うるさいなー。あ、暇だから電話したってのもあるんだけどね。彼が反省してる間、私、暇なんだもん』


「そ、そっか……。で、その反省タイムはいつまで続くの?」


『んー、あと1時間くらいかな。私がこのカフェオレ飲み終わって、録画したドラマの先週分を見終わるくらいまで』

『あ、でも明日香と電話してるから、ドラマは後回しでもいっか』


「なるほど……」


『で、それが終わったら、第二弾ね』


「まだあるんだ……。もう十分でしょ……」


『もちろん。1時間も正座してたら、足も痺れて感覚なくなってるでしょ?』


「まあ、そうだね。血流悪くなって」


『だから、もう一回、お尻ペンペンする』


「ええ!? また!? 理由がわかんない!」


『今度は、さっきより優しくね? 血行良くしてあげないと。看護学生として、褥瘡じょくそう予防は基本でしょ?』

末梢まっしょうの循環を促してあげないと』


「その知識、そこで使う!? 絶対間違ってるよ!」


『ふふふ。で、それが終わったら、いよいよ「お仕置きデート」の本番』


「本番……? まだ何かするの?」


『うん。駅前のデパート、あるじゃない?』


「うん、あるね。よく服とか見に行くところ」


『あそこの雑貨フロアにさ、なんかちょっと変わった健康グッズとか置いてるコーナーあるの、知ってる?』


「え? あー、なんかマッサージ器具とか、アロマとか、バスソルトとか置いてるとこ?」


『そうそう! あそこね、最近リニューアルして、ちょっと面白いことになってるのよ』


「面白いこと?」


『なんかね、「パートナーと楽しむコミュニケーションツール」みたいな、ちょっとオトナ向けの……』


「え、何それ、聞いたことないけど」


『うふふ。「お仕置きグッズコーナー」って、私は呼んでるんだけど』

『なんか、こう、手触りのいい皮のパドルとか、ちょっと変わった形の定規とか……』


「ちょ、玲佳!? それ、本気で言ってる? デパートの雑貨フロアにそんなものが?」


『本気だよー? 今日はデート潰されちゃったお詫びに、そこで新しいグッズを買ってもらう約束なの』

『もちろん、彼のお金でね。どれにしようかなー、今から楽しみ!』


私は、開いた口が塞がらなかった。

玲佳の彼氏くん、いつもは本当に穏やかで、優しくて、玲佳の尻に敷かれてる感はあったけど、ここまでとは……。

いや、これはもう、敷かれてるとかいうレベルじゃない。

玲佳の手のひらの上で、完璧に転がされて、いや、調教されている。

あの真面目な彼が、今、壁に向かって正座させられ、これから二度目のお尻ペンペンをくらい、挙句の果てに「お仕置きグッズ」を買わされにデパートへ連れて行かれるのか。


「……なんか、玲佳の彼氏くんが、本気でちょっと可哀想になってきた」


『えー、そう? 私はすっごい楽しいけどな』

『あ、そろそろ1時間経つかも。いい反省時間だったでしょ』

『じゃあ、私、そろそろ第二弾の準備と、お出かけの準備するから』


「あ、うん。わかった。あの、あんまりイジメすぎないようにね……?」


『大丈夫だって! 愛情表現の一環よ。こういうメリハリが大事なの』

『それじゃ、また今度、今日の戦利品、見せてあげるね!』


「え、いや、それは丁重にお断りするよ……」


『じゃあねー!』


ツーツー、と無機質な音が響く。

私は、手の中のスマホを見つめたまま、しばらく呆然としていた。


……玲佳の彼氏くん。

なんだか、私の彼氏が、約束の時間にちょっと遅れるくらいで文句を言っている自分が、ひどくまともに思えてきた。

いや、まともっていうか、玲佳が規格外なだけか。


私は、飲みかけのままぬるくなっていたお茶を一気に飲み干した。

……今度、玲佳の彼氏くんに会ったら、そっと栄養ドリンクでも差し入れしてあげよう。

そう心に誓った、平和なはずの休日の昼下がりだった。

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